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狂桜華《きょうおうか》~亡国の姫は、名を捨て帝を目指す~  作者: 澪
第四章 地は割れ、刃となる【武州動乱編】

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章扉

 虚空帝治世二年。長雨により、武州の作柄は例年の六割に留まった。

 にもかかわらず、州府は例年と同額の税を課した。

 民はこれに耐えかね、睦月、農民が竹槍を携えて蜂起した。


 反乱軍は州府の外壁を突き破り、城内の兵糧蔵に火を放った。

 蓄えられていた米三万石は、一夜にして焼き尽くされた。


 火をつけた者の名は、記録にない。


――『武州動乱記 某年睦月の項』より


◇


 兄上はずるい、とずっと思っていた。何をやっても上手い。


 俺が一年かけることを、あの人は数ヶ月で終わらせる。悔しさや嫉妬ではなく、ただ追いつけない。


 それでも後ろを走り続けている。

 馬鹿みたいだが、やめたいとも思っていなかった。


 回廊を歩いていれば、聞こえてくるのは兄上の誉れ高い声ばかり。周囲の目も、いつも「あの人の弟」という影を映すだけだった。


 だから、誰にも見つからない薄暗い回廊の隅に逃げ込んだ。


 そんなときに出会ったのが、彼女だった。


「……なんでこんなところにいるの」


「俺は、誰にも必要とされていないから」


 自嘲する俺に、その子は首を傾けて真っ直ぐに言った。


「何言ってるの。あんたはあんたでしょ」


 彼女は誰の影でもない、ただの自分だけを見てくれた。


「私は、いま目の前にいるあんたと話してるの」


 そう言って、隣に勝手に座った。


 誰かと並んで座っていたのは、初めてだった。

 初めて、生まれの枠から外れて見つけてもらった気がした。


 大人になり立場が変わり、距離が開いても、

 俺をそのまま受け入れてくれたあの時の顔をずっと覚えている。


 彼女は何度言っても首を縦に振らない。

 それでもまた言いに行く。

 うまい言葉も段取りも分からないが、何度でも言い続ける。


 あの暗い場所で隣に座ってくれた彼女を、今度は俺が守りたいから。


 冬に花を探すのは難しかった。

 庭師に嫌な顔をされても頼み込んだ。

 白い花が見つかった時、少しだけ息ができた気がした。


 兄上ならもっと上手くやるのだろう。

 だが、俺は俺だ。不器用でもこれしかない。


 花束を抱え、俺は歩き出した。


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