第七話 再び宮廷へ
帝都・天澄は、かつての華やかさが嘘のように荒み果てていた。
大火で焼け出され、住処を失った民が道端にうずくまり、うつろな目でこちらを見つめている。
配給が滞っているせいか、あちこちから子供の泣き声や、男たちの殺気立った怒鳴り声が聞こえ、いつもなら巡回しているはずの衛兵の姿も満足にない。
一歩路地に入れば、身ぐるみを剥がされかねないほどの、刺々しく危険な空気が帝都を覆っていた。
そんな治安のどん底にある街にあって、宮廷の裏門だけは、朝の仕事始めに合わせて厳重に開かれる。
「侍女の募集が出ている」という話は、街のどこへ行っても聞こえてくるほどだった。謀反の後処理で人手が足りない、あそこに行けば飯にありつけるのだと、誰もが藁をも掴む思いで噂し合っている。
裏門の前には、泥に汚れた衣服をまとった女たちが、すがるような目をして長蛇の列を作っていた。
桜桃は顔を隠すように深く頭衣をまとい、その長い列の最後尾に静かに並んだ。
「次の方」
女官が顔を上げずに声をかけた。桜桃は一歩前に出て頭衣を取る。
「名前は」
「六花と申します」
「読み書きは」
「少しできます」
女官がようやく顔を上げた。桜桃を上から下まで見る。品定めをするような目だったが、嫌な感じはしない。ただ、必要なものを確認しているだけの目だった。
「少しって、どのくらい?」
「帳面の整理や、書類の仕分けならできると思います」
「ふうん」
女官は桜桃の手を見た。少し荒れている。宿で働いていた痕跡が、まだ残っていた。
「……いいでしょう。明朝から来なさい」
それだけだった。
こんなに簡単に、入れるものか。桜桃は頭を下げながら、少しだけ拍子抜けした。それから、すぐに思い直す。人手が足りないというのは、本当のことなのだろう。
門をくぐる。
懐かしい匂いがした。石と、木と、水の匂い。ここには何度来ても、この匂いだけは変わらない。
でも、以前とは違う場所に自分は立っている。
桜桃は息を整えて、歩き出した。
***
侍女部屋は、八人が使う細長い部屋だった。
案内してくれた女官は、部屋の前まで来るとそれだけで去っていった。説明も、挨拶もない。
(……忙しいのだろう)
そう思うことにした。
部屋の中には先客が二人いた。どちらも黙って自分の荷を整えている。目が合うと、片方が軽く頭を下げた。もう片方は見なかったふりをした。
桜桃は空いている棚を見つけて、荷を置いた。
部屋の隅に、使いかけの蝋燭が転がっていた。誰かが置き忘れたものだろう。片付けられていない。
謀反の前の宮廷は、こんなではなかった。侍女部屋はいつも整えられていた。新しく入る者には必ず先輩の侍女がついて、部屋の使い方から仕事の順番まで丁寧に教えてくれた。今は、それをする余裕がないのだと分かる。
「新しく入ったの?」
声がして振り返ると、小柄な侍女が立っていた。くるくるとした目をしている。警戒でも好奇心でもない、ただ確認するような目だった。
「はい。六花と申します」
「鈴。よろしく」
鈴はそれだけ言って棚に荷を押し込んだ。
「固くならなくていいよ。みんな似たようなもんだから」
「似たような、とは」
「寄せ集め」
あっさりと言う。
「謀反の後で人が足りなくなって、あちこちから集めた感じ。知り合いなんて誰もいないし、仕事のやり方もバラバラだし」
「そう……ですか」
「慣れればどうってことないけど、最初はびっくりするよね」
鈴は部屋を見渡した。片付いていない棚。説明書きひとつない壁。誰のものか分からない荷が隅に積まれている。
「ここも片付いてないし、説明もないし。ちゃんと教えてくれる人もいないし」
「……前にいた方たちは」
鈴の手が、少しだけ止まった。
「逃げた人もいるらしいよ」
軽い声だったが、続く言葉は少し低くなる。
「捕まった人も、いるって話」
桜桃は黙った。
「詳しくは知らないけど」
鈴は荷を整えながら続ける。
「なんか、謀反に関わってたとか関わってなかったとか。そういう話でごちゃごちゃしてるみたい」
「……今も、捕まったままなんですか」
「さあ。そこまでは」
鈴は肩をすくめた。
「あたしたちには関係ない話だし」
関係ない、とは言えなかった。
捕まった侍女たちの中に、知っている顔があるかもしれない。謀反に関わっていない者が、巻き込まれているかもしれない。生きているなら、解放されるべきだ。
でも今の桜桃には、それを動かす力がない。名前も、立場も、何もない。
「……どうしたの?」
鈴が覗き込んでくる。
「いいえ」
「顔色悪いよ」
「大丈夫です」
「ならいいけど」
鈴はそれ以上聞かなかった。桜桃は棚に視線を戻した。
(必ず)
まだ何もできない。でも、いつか必ず。
その思いだけを、胸の奥にしまった。




