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狂桜華《きょうおうか》~亡国の姫は、名を捨て帝を目指す~  作者:
第一章 桜、散る夜に【帝都崩落編】

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第七話 再び宮廷へ


 帝都・天澄あますみは、かつての華やかさが嘘のように荒み果てていた。


 大火で焼け出され、住処を失った民が道端にうずくまり、うつろな目でこちらを見つめている。


 配給が滞っているせいか、あちこちから子供の泣き声や、男たちの殺気立った怒鳴り声が聞こえ、いつもなら巡回しているはずの衛兵の姿も満足にない。


 一歩路地に入れば、身ぐるみを剥がされかねないほどの、刺々しく危険な空気が帝都を覆っていた。


 そんな治安のどん底にある街にあって、宮廷の裏門だけは、朝の仕事始めに合わせて厳重に開かれる。


 「侍女の募集が出ている」という話は、街のどこへ行っても聞こえてくるほどだった。謀反の後処理で人手が足りない、あそこに行けば飯にありつけるのだと、誰もが藁をも掴む思いで噂し合っている。


 裏門の前には、泥に汚れた衣服をまとった女たちが、すがるような目をして長蛇の列を作っていた。


 桜桃は顔を隠すように深く頭衣かぶりものをまとい、その長い列の最後尾に静かに並んだ。


「次の方」


 女官が顔を上げずに声をかけた。桜桃は一歩前に出て頭衣を取る。


「名前は」


「六花と申します」


「読み書きは」


「少しできます」


 女官がようやく顔を上げた。桜桃を上から下まで見る。品定めをするような目だったが、嫌な感じはしない。ただ、必要なものを確認しているだけの目だった。


「少しって、どのくらい?」


「帳面の整理や、書類の仕分けならできると思います」


「ふうん」


 女官は桜桃の手を見た。少し荒れている。宿で働いていた痕跡が、まだ残っていた。


「……いいでしょう。明朝から来なさい」


 それだけだった。


 こんなに簡単に、入れるものか。桜桃は頭を下げながら、少しだけ拍子抜けした。それから、すぐに思い直す。人手が足りないというのは、本当のことなのだろう。


 門をくぐる。

 懐かしい匂いがした。石と、木と、水の匂い。ここには何度来ても、この匂いだけは変わらない。


 でも、以前とは違う場所に自分は立っている。

 桜桃は息を整えて、歩き出した。


***


侍女部屋は、八人が使う細長い部屋だった。

 案内してくれた女官は、部屋の前まで来るとそれだけで去っていった。説明も、挨拶もない。


(……忙しいのだろう)


 そう思うことにした。


 部屋の中には先客が二人いた。どちらも黙って自分の荷を整えている。目が合うと、片方が軽く頭を下げた。もう片方は見なかったふりをした。


 桜桃は空いている棚を見つけて、荷を置いた。

 部屋の隅に、使いかけの蝋燭が転がっていた。誰かが置き忘れたものだろう。片付けられていない。


 謀反の前の宮廷は、こんなではなかった。侍女部屋はいつも整えられていた。新しく入る者には必ず先輩の侍女がついて、部屋の使い方から仕事の順番まで丁寧に教えてくれた。今は、それをする余裕がないのだと分かる。


「新しく入ったの?」


 声がして振り返ると、小柄な侍女が立っていた。くるくるとした目をしている。警戒でも好奇心でもない、ただ確認するような目だった。


「はい。六花と申します」


「鈴。よろしく」


 鈴はそれだけ言って棚に荷を押し込んだ。


「固くならなくていいよ。みんな似たようなもんだから」


「似たような、とは」


「寄せ集め」


 あっさりと言う。


「謀反の後で人が足りなくなって、あちこちから集めた感じ。知り合いなんて誰もいないし、仕事のやり方もバラバラだし」


「そう……ですか」


「慣れればどうってことないけど、最初はびっくりするよね」


 鈴は部屋を見渡した。片付いていない棚。説明書きひとつない壁。誰のものか分からない荷が隅に積まれている。


「ここも片付いてないし、説明もないし。ちゃんと教えてくれる人もいないし」


「……前にいた方たちは」


 鈴の手が、少しだけ止まった。


「逃げた人もいるらしいよ」


 軽い声だったが、続く言葉は少し低くなる。


「捕まった人も、いるって話」


 桜桃は黙った。


「詳しくは知らないけど」


 鈴は荷を整えながら続ける。


「なんか、謀反に関わってたとか関わってなかったとか。そういう話でごちゃごちゃしてるみたい」


「……今も、捕まったままなんですか」


「さあ。そこまでは」


 鈴は肩をすくめた。


「あたしたちには関係ない話だし」


 関係ない、とは言えなかった。


 捕まった侍女たちの中に、知っている顔があるかもしれない。謀反に関わっていない者が、巻き込まれているかもしれない。生きているなら、解放されるべきだ。

 でも今の桜桃には、それを動かす力がない。名前も、立場も、何もない。


「……どうしたの?」


 鈴が覗き込んでくる。


「いいえ」


「顔色悪いよ」


「大丈夫です」


「ならいいけど」


 鈴はそれ以上聞かなかった。桜桃は棚に視線を戻した。


(必ず)


 まだ何もできない。でも、いつか必ず。

 その思いだけを、胸の奥にしまった。



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