第十六話 黒幕、追い詰められる
広間に並ぶ貴族たちの視線が一斉に昊夜へと注がれた。
「彼は、如月暗殺事件の容疑者でもあります」
貴族たちの中から、不審げな声が上がる。
「証拠はあるのか」
問われた昊夜は、表情を変えずに淡々と返した。
「如月殿が亡くなった場所に、首飾りの玉が落ちていました。深黎が首元に下げていた首飾りの玉と、同じ細工のものです」
「それが深黎のものだと、どうして分かる」
「あの夜、現場で揉み合いになり深黎の首飾りが切れました。玉が散らばり、回収しきれず、一つだけ落としていったのを見つけました」
昊夜の視線が茉莉へ向くと、控えていた茉莉が静かに口を開いた。
「あの首飾りは私が作ったものです。深黎に首飾りの修復を頼まれたとき、確かに玉が一つ欠けておりました」
「その玉はどこにある」
貴族の追求に、昊夜が答える。
「深黎が桜桃姫から奪い返しています。証拠を消し去るために」
その言葉が呼び水となり、広間の声が再び動揺が広がった。
「そういえば、深黎は雲英を刺したな」
「青陽家の娘も刺したと聞いたぞ」
昊夜は静かに息を吐いた。
「では、次はその件について審議します」
その場がざわつきはじめたその時。
「申し上げます」
静かだが、非常によく通る声が場に響いた。
人垣が自然と左右へ分かれる。
紬に身体を支えられた花梨が、一歩一歩、評定の中央へ歩み出ていた。
いまだ顔色は白く、病み上がりの身体であることは一目で分かった。だが、その目は真っ直ぐに前を見据えていた。
「花梨……」
昊夜が呟いた。花梨は昊夜へ一度だけ視線を送り、小さく微笑んだ。
「来ました」
それだけを短く告げると、再び正面を向いた。
「聞いてしまった者として、申し上げなければならないことがあります」
花梨は言葉を区切り、毅然と言い放った。
「私は深黎様に刺されました」
誰もが息を呑み、広間がしんと静まり返る。
「雲英様も、同じように深黎様に刺されました。ですが、雲英様が深黎様に刺されたのは、自作自演です。深黎様にそう命じたのは、雲英様ご自身に他なりません」
貴族たちの間で、驚きと戸惑いの声が幾重にも重なった。
「雲英殿が自作自演とは、一体どういうことだ」
「あまりにも飛躍しすぎではないか」
「雲英殿は被害者でしょうに」
花梨は騒ぎに怯むことなく、静かに返した。
「雲英様が自分を刺させたのには、明確な理由があります」
「理由とはなんだ」
「動くためです。……雲英様は動きたかった。けれど、桜桃姫は真相に近づきつつあった。そのまま雲英様が動けば、自らに疑いの目が向く。だから、あえて自分を被害者にしたのです。深黎様に自身を刺させることで、周囲の疑いを完全に逸らしたかったのです」
場が深く静まり返った。花梨はさらに続けた。
「私は、深黎様に刺される直前、雲英様の声を聞きました。それはいつもと変わらない、穏やかな声でした。その穏やかな声で、深黎様にこう言っていたのです」
花梨は一度だけ目を伏せ、当時の記憶をなぞるように言った。
「『時間を稼げ』と。それが、下された命令でした。深黎様は、命じられるがままに動いていた。黒幕は、深黎様ではありません」
重い沈黙が広間に落ち、誰も次の言葉を発することができない。貴族たちの視線が、自然と雲英へと集まっていく。
雲英は、周囲の視線を浴びながらも、相変わらず穏やかな顔で佇んでいた。その手には、扇が静かに開かれている。
「花梨様、私を陥れようとしているのですか」
「陥れてなどいません。私は、あの場で見たこと、聞いたことをそのまま申し上げているだけです」
「その言葉だけでは、証拠にはなり得ませんね」
花梨は雲英を真っ直ぐに見つめた。
「では、雲英様。あなたはなぜ、あの時あの回廊にいらしたのですか」
「斎宮様と深黎が密かに会っていたことを知り、事情を問い質すためです」
「では、なぜ事情を問い質しに来たあなたが、深黎様に『時間を稼げ』と命じていたのですか」
「聞き違いではありませんか」
「では、深黎様に直接お尋ねになればよろしいでしょう」
花梨は一歩も退かなかった。
「あなたが何を命じたのか。なぜ命じたのか。深黎様ご本人にお答えいただけば、すべて分かることです」
視線が一斉に動き、その姿を探し始める。
「深黎はどこだ」
「深黎の姿が見えんぞ」
だが、深黎はまだこの場に姿を現していない。
「行方が分かっていません」
「本人がいないでは話にならない」
貴族たちが口々に不満を漏らす。
今度は昊夜が、静かにその場を引き継いだ。
「では、雲英殿、あなたに直接お聞きしましょう」
雲英が向き直り、口を開く。
「昊夜様、状況証拠を並べ立てたところで、断定はできませんね」
「そうですね。ですが雲英殿、一つだけ聞かせてください」
「なんでしょう」
「如月殿が亡くなった夜、深黎はどこにいましたか」
雲英は少し間を置いた。開いた扇の動きが、再び止まる。
「さあ」
「覚えていませんか」
「深黎の行動を、私が逐一把握しているわけではありませんので」
「以前、あなたは深黎に直接聞いていましたね。──あの日どこにいたか、と」
深い沈黙が流れた。
「……桜桃姫」
雲英は静かにその名を呼んだ。
「聞いていたのですね」
「はい、聞いていました」
桜桃は毅然と返した。
それを見ていた貴族が反論の声を上げる。
「しかし、それでは雲英殿が深黎を怪しんでいたのではないのですか」
だが、昊夜が静かに遮った。
「二つの証言を並べてみてください。花梨が聞いたのは、雲英殿が深黎に『時間を稼げ』と命じていた言葉です。そして桜桃姫が聞いたのは、全く別の日、雲英殿が深黎に『如月殿が亡くなったとき、どこにいたか』と確認していた言葉です」
貴族たちの目が揺れ、周囲を見合わせた。
「二つの別々の事件において、雲英殿が深黎に命じ、そして後から確認を行っている。一度なら偶然と言えるかもしれない。ですが二度となれば、話は違います。雲英殿はあらかじめ深黎に指示を出し、後からその行動の首尾を確認していた。この二つの証言が示す事実は、それに他なりません」
雲英はしばらくの間、無言で昊夜を見つめていた。それから、手にしていた扇をゆっくりと閉じた。その静かな動きこそが、何よりの答えだった。
昊夜は射抜くような眼差しを雲英から一切外さなかった。
「雲英殿。あなたは深黎を使い、少なくとも二件の事件へ関与していた疑いがあります。……ですが」
昊夜は一歩、重々しく前へ踏み出す。
「他にもありませんか? これだけだったとは、到底思えません」
雲英は微動だにせず、ただ口を閉ざしたままだ。
「本当にこれだけですか?」
沈黙の中、桜桃がすっと静かに口を開いた。
「……五年前の狄族の反乱にも、この者が関与しています」
静かな、しかし確信に満ちた声だった。遮るもののない広い評定の間の隅々まで、その一言が明瞭に響き渡る。居並ぶ者たちの視線が一斉に桜桃へと集まった。
誰もが衝撃のあまり、声を出すことすらできない。
「反乱が起こる前、狄族のもとに、一通の密告書が届きました。そこには、『帝が狄族の殲滅を計画している』という内容が記されていた。それを信じ込んだ一部の狄族が反乱を起こし、結果としあの殲滅戦へと繋がってしまった」
桜桃はざわめく貴族たちを見据え、毅然と言い放つ。
「ですが、その密告書は、偽物でした」
貴族たちの間で、たまらず大きな動揺とざわめきが広がる。
「待て、そんな証拠がどこにある!」
貴族の一人が狼狽した声を上げた。
桜桃は傍らに控える清明に視線を送る。清明は深く頷き、静かに前へ歩み出ると、懐から二つの文書を取り出した。
「これが、その密告書と、宮中の記録から筆跡を照合した文書です」
清明は前へ向けて、二つの書面を分かりやすく広げた。
「密告書を書いた者と、宮中で特定の文書を記した者は同一人物です。特徴的な筆跡が完全に一致しています」
貴族たちが激しく色めき立つ。
「まさか、その密告書を書いたのが、雲英殿とでも言うのか」
詰め寄るような問いに、清明は昊夜へと視線を走らせると、昊夜は一拍の間のあと、「そのとおりです」と、頷いた。
桜桃は逃げ場のない雲英を真っ直ぐに見据え、さらに追撃するように言葉を継ぐ。
「雲英様。お答えください」
雲英が、ゆっくりと桜桃に視線を返す。
「あの密告書は、本当にあなたが書いたものですか」
雲英は答えない。ただ冷ややかに微笑を浮かべるのみだ。
「……お答えいただけませんか」
なおも沈黙を貫く雲英に対し、桜桃は懐からさらなる証拠を取り出した。
「では、こちらをご覧ください」
桜桃が一歩前へ歩み出て、一枚の紙を広げる。
「これは、如月様が密かに書き記し、隠していた系図です。かつてこの国には、ふたつの皇統が存在していました。ひとつは、現在の皇族の系譜。そしてもうひとつは――紫雲家の系譜です」
貴族たちが、一斉に息を呑み、評定の間からあらゆる音が消えた。
「紫雲家はあらゆる記録から消し去られています。如月様はそれを見つけたがゆえに、消された。紫雲家が消された経緯も、古い記録には残っています。かつて皇統を巡る争いの中で、時の権力によって排除された家柄です」
桜桃は、微動だにせず雲英を見据えた。
「雲英様、あなたはその紫雲家の末裔ですね」
集まった貴族たちの目が、一斉に雲英へと釘付けになる。だが、雲英は怯える様子もなく、静かにそこに立っていた。その顔は、極限の修羅場にあってもなお、いつもの穏やかな仮面を崩していない。
桜桃はさらに一歩歩み寄り、静かに問いかける。
「雲英様、否定なさいますか」
雲英はしばらくの間、まっすぐに桜桃の瞳を見つめ返していた。




