章扉
その年、狄族との和平の証として、
神祇官一人を狄族族長の令孫のもとへ嫁がせた。
少女は、国の平和のため、
涙を流すことなく旅立ったという。
しかし、その婚姻は長くは続かなかった。
その少女がその後どうなったのかは記されていない。
少女の名は、その後の記録に出てくることはなかった。
——『帝記』より
◇
雪が、舞っていた。
花びらのように、ひらひらと。
静かだった。音がなかった。
少年は、焼け野原の中に立っていた。
昨日まで、ここに村があった。
人がいた。声があった。飯の匂いがあった。
爺さんが毎朝、同じ場所で煙草を吸っていた。
隣の家の女が、いつも同じ歌を口ずさんでいた。
子供たちが走り回って、犬が吠えて、誰かが笑っていた。
今は何もない。
黒い地面が、どこまでも続いている。
雪が降りてくる。地面に触れて、すぐに消える。
少年はしゃがんで、地面に触れた。
まだ、少しだけ温かかった。
温かいのに、何もない。
それが一番、おかしかった。
立ち上がろうとして、できなかった。
足が動かないのではない。
どこへ向かえばいいのか、分からなかった。
呼びたい名前があった。いくつも、あった。
だが声を出せば、返事がないことを知っている。
知っているから、呼べなかった。
(俺たちが、何をしたというのだろう)
答えは、どこにもなかった。
空を見上げた。
雪が、降り続けていた。
花びらのように。桜のように。
何も知らない顔で、ただ静かに、降り続けていた。
雪は誰かを選ばない。
焼けた地にも、死んだ者の上にも、
生き残った者の肩にも、等しく降る。
それがひどく、腹立たしかった。
泣けなかった。泣き方を、忘れていた。




