英雄を目指す少女
街に朝日が差し込む。
けれどそれは、いつものように穏やかな希望を運ぶものではなかった。
静かな光が、無惨な現実を照らしていく。
石造りの家々は屋根を破られ、路地には粉々になった壁。
蠢く蔓がそこかしこに這いまわっている。
どこまでも伸びる巨大な蔓。
そのすべてが、一本の樹木に繋がっていた。
遠くからでも判る。
魔法ギルドの跡地から、巨大な幹が天へと聳え立っていた。
『嘆きの樹アムリエル』
その名を、再び呟く余裕もなかった。
リリィは崩れた路地を駆け抜ける途中、顔見知りの一団とすれ違った。
それは、かつての仲間だった者たちだ。
自分を「寄生虫」と罵り、ダンジョンに置き去りにした、あのパーテーィの面々。
彼らの顔には、ただ困惑と恐怖が張り付いていた。
その中のリーダー格に、リリィはミレイユの身体をそっと預ける。
「この子をお願い」
言葉は静かだった。
だが、視線が凍るように鋭かった。
「絶対に、彼女を守って、今度、見捨てたら」
「地の底までも追ってお前を殺してやる」
凄みに顔を引きつらせながら、男はコクコクと頷いた。
リリィはそのまま後ろを振り返らず、跳躍した。
瓦礫を蹴り、崩れかけた壁を踏み、屋根の上へと飛び乗る。
朝日がまぶしい。
だが、そこから見えた光景は、あまりにも現実離れしていた。
街全域に広がる、蔓の網。
石畳を引き裂き、建物を呑み、塔の上にも絡みついている。
中心に立つ巨樹は、以前アムリエルと戦った姿の、数倍以上。
空を裂くように立ち上がるその威容に、リリィの背がすっと冷えた。
(あ、これ無理、だ)
あれに勝てるはずがない。
邪眼も、炎も、斬撃も。
何も通用する気がしない。
アムリエルは、それほどの巨体であった。
屋根の上で膝をつく。
無力感が、胸を満たしたその時。
『ねえ、リリィ』
心の中に、柔らかな声が響いた。
それはリュミエールの声だった。
『リリィはさ、最初に火竜に寄生しちゃったとき、どうしようって思ったの?』
唐突な問いに、リリィは戸惑う。
けれど、頭の奥に眠る記憶を、ゆっくりと手繰り寄せた。
ダンジョンで火竜に飲み込まれたあの日。
彼女はただ、穏やかに暮らしたかった。
でも、魔物たちは受け入れてくれず。
逃げて、隠れて、踏み潰して、追われて、ただ生きていた。
「火竜になった事は、不思議と怖くはなかったんだ」
「だから静かに暮らそうって、思ってた」
「でも、ダメだった、モンスターたちは私を認めてくれなかった」
リュミエールは、くすっと笑った。
『それは君の性根が、モンスターたちと合わなかったからだよ』
『ダンジョンって、たぶん人間を拒絶してる』
『君はね、どんな姿になったとしても、きっと、ちゃんと“人間”のままだ』
リリィは、胸が熱くなるのを感じた。
鼻の奥が、つんとした。
目の前には、勝てるとは思えない巨大な敵がいる。
でも、誰かにそう言ってもらえただけで、不思議と立ち上がる力が湧いてくる。
(けど、じゃあ……どうする?)
彼女は、もう一度前を向いた。
「リュミエール……あれを、どう倒せばいいの?」
リュミエールは、少しの沈黙の後に、こう言った。
『大丈夫、倒す方法はもう見つけてるよ』
「……え?」
驚いた声が漏れる。
「本当に? そんな方法が」
『うん』
その声は、どこまでも明るく、力強かった。
『英雄の私が言うんだから、信じて!』
その言葉に、リリィの心は少しだけ軽くなった。
まだ希望はある。
信じてもいいのかもしれない。
その裏で。
リュミエールの意識が、静かに“決断”へ向かっていることなど。
まだ、誰も知らなかった。




