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34.「君だけの守護天使になりたい」

 菫を先頭に、上條、月刊情報誌の記事書きである石田の三人はその場を離れた。

 祭りの参加者がすり替えられたご神体を掲げ、もと来た道を戻り、山車から神輿へと切り替えているあいだ、闇にまぎれて〆谷川の対岸を進んだ。


 神社に続くつづら折りの狭い石段があった。

 篝火で照らされた正規ルートの正面石段とは異なり、こちらは普段は利用されていないらしく、苔むして滑りやすいうえ、闇が取り巻いている。

 三人は対岸の連中に悟られないよう、用心しながら登った。


◆◆◆◆◆


 〆谷神社の本殿横に出た。

 幸いにして誰もいない。

 試しに上條は正面石段の下をのぞいてみた。

 眼下の河原沿いで、大勢の人間が山車から神輿に組み替えているところだった。

 誰も彼もが神事にのめり込み、まさか上條その人がいち早く神社に着いているとは夢にも思うまい。


「さ、早くこちらへ!」


 と、酒田 菫が本殿の扉を開けて言った。

 神事はこのあと、神輿で担がれたご神体を本殿の祭壇に安置し、神主が祝詞をあげる予定になっている。

 そうすることで、お民の生まれ変わりである町村 密の登場と相成り、神事は完遂するというのだ。

 したがって、前回、寒川に暴行を受けた直後、隠し扉が開かれ、和服姿の密が現れたように、その扉の向こうの階段をおりた部屋に、密は待機しているらしい。


 隠し扉をスライドし、三人は地下におりていった。

 寒々としたコンクリート打ちっぱなしの空間に、電球がひとつ備え付けられているだけだ。

 部屋の真ん中に白いワンピースを着た女が座っていた。ぺたんと尻をつけ、顔を伏せていた。


 女は気配を感じ、顔をあげた。憔悴の色が濃い。

 三人を見るなり、立ちあがった。

 花が咲くような笑顔を浮かべた。

 町村 密だった。




「もう会えないのかと思ってた」と、密はか細い声で言った。すぐに涙声となる。両腕を伸ばし、一歩、また一歩と前へ踏み出した。「充留みつるを巻き込みたくなかった。でも忘れることなんてできない。きっと追ってきてくれると信じてた」


「この日をどんなに待ってたか。――会いたかった」上條も腕を差しのべ、密に近づいた。「いくら海道に暗示をかけられてたからって、相談してくれてもよかったのに。どんな障害があったって、おれは助けてみせる。君を忘れることなんかできっこない」


 手をつないだ。

 上條は密の細い身体を引き寄せ、そして胸に閉じ込めた。たがいに抱きしめ合った。

 菫と石田は気を利かせることにした。なにも言わず、いったん上の本殿に戻ってしまったため、上條たちは知らないあいだに二人っきりになった。

 このまま石になってもいいと思うほど抱擁を続けた。


「離れ離れになって気づいた。もう自分に嘘はつけない。私を――ここから逃がして。いっしょにあなたと生きたい」


「もちろんだ」


「こんな私でもいいの?」


「なに言ってんだ。当たり前だろ」と、上條は密に頬ずりしながら言った。「密。おかしなことを聞く。――君は本当にお民の生まれ変わりって自覚があるのか?」


「ホントにおかしな質問。私たちは仕立てられたにすぎないの。長年、暗示をかけられてると、そんなふうに疑うこともあったけど、これは〆谷の住民たちの洗脳なの。強い気持ちを持たないと負けちゃう」


 密は男の肩にあごをあずけ、背中をさすった。


「ハッキリ言ってくれてありがたい」上條は髪に口づけした。「洗脳のせいかどうか。おれはさっき龍の池に沈められ、あいつらにとって死んだことになっている。それで神之助の代わりに祭りあげられた。ふしぎなことに、別の力が宿ったような気がするんだ。まるで神之助の怪力無双が具わったみたいに――」


「たとえあなたがそう言おうと、充留は充留だと思う。この感触と温もりは、まちがいなく以前のまま」


「ならよかった。この村の連中は、外部の人間を生け贄にして殺し、人工的な神を作ろうとしている」


「こんな山奥のちっぽけな集落の神にね。それも定期的に更新しないといけないと信じてるの。天変地異や、よくないことが起るたび、古くなった神を交換すれば、元通りになるなんて」


 密は上條の顔を正面からのぞき込んだ。


「誰が他人の神になるものか。ましてや強制的に仕立てあげられるだと?」上條は女の顔を両手ではさみ込み、見つめた。「密。おれが仮に死んだとしてたら、君の背後霊だか守り神だかになって、君を守ってやる。君にふりかかるあらゆる災いから救いたい。あいつらの神に祭りあげられるぐらいなら、いっそ君だけの守護天使になりたい」


「そんなたとえ話はやめて」密は首を振った。「私は生きた充留と結ばれたいの。今度こそ自由になって――今度こそ幸せになりたい。それがいけないこと?」


「いけないもんか。もうたとえ話はよそう。今度こそおれが君を導く。だから君もおれの光になってくれ」


「わかった」


「そのまえに――君を苦しめてきた張本人を、この手で始末をつけなきゃならない」


「でも、どうやって?」


「手荒いことをしなくちゃならないだろう」


「充留」密は真っ向からのぞき込んだ。もう涙はない。「死なないで。約束して。きっとよ」


「できるかぎり、約束は守る」


◆◆◆◆◆


 本殿の上がにわかに騒がしくなった。靴音が聞こえた。走ってくる。

 地下と本殿内とを塞ぐ扉が開かれた。スーツ姿があわただしくおりてきた。蔵の扉にかかっていた長い閂を手にしている。


「お二人さん、悪いが、ラブシーンはそこまでだ」と、石田は手すりにつかまり声をかけた。「〆谷の神輿が石段をのぼってる最中だ。それより先に、祭り関係者が大勢こっちへ向かってきてるんだ。逃げるなら早い方がいい」


 上條は密と抱き合ったまま、石田をふり返った。


「逃げはしない。おれは戦うつもりだ。たっぷりお返しをしないと」


「この状況でか? あの人権団体の美人さんも言ってたが、たかだか五、六人の助っ人しかいないんだぞ。分が悪すぎる」


「おれや彼女のためだけではない。こんな悪さをし続ける、あいつらのためにもならない。いままで多くの人が巻き添えを食った。なんの落ち度もない男たちが池に沈められ、人工的な神へと祭りあげられた。いずれ因果応報がくだるだろうって、他力本願にすがるべきじゃない。おれがこの手で、因果は巡るっていうことを教えてやる。――神の代行として」


「おいおい、本気か?」石田はあきれた口調で言い、上條に向って閂を放った。上條はそれを片手でキャッチした。「いくら三流の情報誌とはいえ、ここでのネタはガッツリ仕入れたい。おれはあくまで報道者として中立の立場を取る。……の、つもりだったんだが、あいにく肝心のカメラマンとははぐれちまった。どこかそのへんに隠れてて、無事であることを祈るばかりなんだが」


「別にあなたの援護など期待していない。だけどひとつ、頼みがある」


「なんだ。言ってみてくれ」


「神事が始まったらおれはここから奇襲をかける。密はしばらくこの部屋で隠れていてもらうが、もしあいつらの一味がここへおりてきて、人質に取られたら叶わない」


「お安い御用だ。せめておれが彼女を守ろう。それぐらいしても罰は当たるまい」

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