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剣理無頼 ~転生した老宗家は、落ち武者の躰で人外の骨を断つ~  作者: 綿毛隕石


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第7話 煤煙の炉辺、夕暮れの堀端

鍛冶場の軒先からは、焼けた鉄と硫黄の混ざり合う濃厚な煤煙が立ち上っていた。

土壁は黒く燻り、引き戸は取り払われている。


土間の奥に据えられた炭炉が、ふいごの唸りとともに橙色の熱気を吐き出していた。

叩き台の周囲には、穂先のねじ曲がった槍、刃こぼれした鉈、ひしゃげた鍬や鋤が山と積まれている。いずれも高坂の合戦で破損したか、避難民が自衛のために持ち寄った無骨な鉄屑ばかりだった。


カン、カン、と乾いた鎚(つち)の音が響く。


打っているのは、太い二の腕を露わにした老人だった。白髪交じりの頭に手ぬぐいを巻き、顔半分を煤で汚している。右の目蓋が火傷のケロイドで引き攣れ、口元をへの字に結んで熱した鉄片を睨みつけていた。


「……何の用だ、小倅」


鎚を振り下ろす手を止めず、鍛冶師は濁った声で吐き捨てた。


「鍬の打ち直しなら明日以降だ。武具の繕いなら、陣屋の役人に掛け合ってから来な。見ての通り、手も炭も回りゃしねえ」


宗玄は土間の手前で足を止め、鼻腔をくすぐる火床(ひどこ)の匂いを静かに吸い込んだ。

前世の現代でも、日本刀の保存会や作刀の現場に何度も足を運んでいた。炭の燃え方、立ち上る炎の色合いを見れば、その炉が鉄を鍛えるに足る熱量を得ているか否かは一目で知れる。


「手入れの手を借りに来たわけではない。……ただ、この刃の歪みを見てもらいたくてな」


宗玄は腰の無銘の打刀を鞘ごと抜き、両手で水平に掲げた。

鍛冶師は煙管の煙を吐くように短く鼻を鳴らし、打刀を横目で一瞥した。だが、宗玄の掲げ方が武家の礼に則り、切っ先をわずかも相手へ向けぬ隙のない所作であることに気づくと、打つ手を緩めて鎚を金床に置いた。


「見せてみろ」


鍛冶師の節くれ立った手が柄を掴み、擦れた音とともに刃を四寸ばかり抜き放つ。

曇った白刃に炉の赤光が反射した。


「……ふん。安物の数打ち(かずうち)だな。刃こぼれを小石で擦って誤魔化しちゃいるが、こんなもん、次の一撃でへし折れるぞ」

「うむ。心鉄(しんてつ)が柔らかすぎる割に、皮鉄(かわてつ)の焼き入れが雑で均一ではない。鍔元から五寸のあたり、わずかに右へ反りが捩れておる。前の持ち主が無理な打ち込みをしたのだろう」


宗玄が淡々と告げた言葉に、鍛冶師の隻眼が大きく見開かれた。

男は抜き身を鼻先まで掲げ、刃筋を透かして見る。


「……貴様、刀鍛冶の弟子か何処かの研ぎ師か? ただの足軽の小倅が見抜ける歪みじゃねえぞ」

「刀を振るうことだけに八十年――いや、幼少より刀剣の手入れに親しんできた武者よ。この身は九十九弥十郎と申す」


宗玄は自嘲を呑み込み、懐から青銅銭七枚を取り出して金床の端へ並べた。


「路銀はこれだけだ。研ぎ直せとは言わぬ。炉の端の鑢(やすり)と炭粉(すみこ)、油を一晩借り受けたい。自分で歪みを叩き出し、刃筋を整えたいのだ」


鍛冶師は並べられた銭を見下ろし、乾いた笑いを漏らした。


「銭七枚だと? 笑わせるな。いまや山から木炭を運ぶ炭焼きどもはマガツモノに喰い殺され、炭俵一つが銀の粒と化してやがる。こんな銅銭じゃ、火床の灰をひと掬い買い取るのが関の山だ。いくら目利きが利こうと、銭のねえ奴に火は貸せねえよ」


突き放す言葉。だが、その声には単なる門前払いではない、物資の枯渇に対する職人特有の苛立ちが滲んでいた。

宗玄は動じず、鍛冶師の視線を受け止めた。


「ならば、銭以外の対価はどうだ」

「あ?」

「陣屋の牢人から聞いた。夜になれば外郭の空堀にマガツモノが這い上がると。……奴らの体躯には、通常の鋼よりも硬質な骨や、武具を取り込んで変質した特異な鉄片が混ざっているのではないか?」


鍛冶師の眉がぴくりと動いた。

男は火箸を取り上げ、炉の奥を突いた。


「……知れた口を利くじゃねえか。あの『糸繰(イトクリ)』の吐く腱糸や、『錆甲冑』の関節に固着している黒鉄(くろがね)の塊はよ、炉に入れりゃ粘り強い芯鉄になる。だがよ、あれを持ち帰れる腕利きの武者なんぞ、この町には片手で足りるほどしか残っちゃいねえ」

「某(それがし)が今宵、外郭へ立つ」


宗玄は穏やかに、しかし芯の通った声で言い切った。


「素材を持ち帰れば、火と道具を使わせてもらえるか。それと、雨風を凌ぐ軒先も頼みたい」


鍛冶師は宗玄の顔をまじまじと見つめた。

痩せこけた青年の骨格。だが、泥塗れの着物の下にある構えは寸分の揺らぎもなく、両眼は深く澄み切っている。死にに行く者の悲壮感ではなく、朝の畑へ鍬を入れに行く農夫のような静けさ。


「……頑丈な面構えしやがって」


鍛冶師は唾を吐き捨て、金床の脇に転がっていた木切れを蹴飛ばした。


「吉蔵(きちぞう)だ。……生きて戻って、その黒鉄の塊をここに放り出せたら、親父の形見の荒砥と上等な油を使ってやるよ。裏の薪小屋に藁が敷いてある。荷物はそこに置いときな」

「恩に着る、吉蔵殿」


宗玄は頭を下げ、重い荷を薪小屋の隅へ下ろすと、身軽な姿で鍛冶場を後にした。


昼過ぎ、陣屋での防衛兵の登録はあっけなく済んだ。

身元の詮索などない。前線で肉の壁となる兵は幾人いても足りないのだ。配給されたのは、竹の皮に包まれた握り飯二つと、先端に赤錆の浮いた無骨な長槍一本。


夕刻。

空を覆っていた灰色の雲が、沈みゆく落日を呑み込んで赤黒い鉛色へと変わっていく。


黒石の南面、最も外側に位置する第一の空堀。

深さ二間、幅三間の巨大な溝の底には、先の尖った丸太が乱立している。堀の縁には、丸太を荒縄で結んだ胸壁(きょうへき)が築かれ、その裏に宗玄を含めた十数名の牢人や足軽が、一定の間隔を空けて配置されていた。


「おい、新入り」


三間ほど隣に立つ男が、震える手で煙管を吹かしながら声をかけてきた。胴丸の肩当てが外れた、草臥れた牢人だ。


「夜風が冷えてきたな。……日暮れから半刻もすれば、底から這い上がってきやがる。合図の銅鑼(どら)が鳴るまでは、絶対に堀を覗き込むなよ。糸繰の野郎に首を引っかけられて、底へ引きずり落とされるのがオチだ」

「承知した。忠告、痛み入る」


宗玄は槍を胸壁に立てかけ、腰の打刀の鯉口(こいぐち)を親指で小さく切った。


カチリ、と静かな音が鳴る。


サヨの膏薬が効いたのか、右肩の重みは完全に消えている。握り飯を腹に収めたことで、血の巡りも整っていた。


太陽が完全に山の端へ沈み、天地が濃密な藍色に染まり落ちた。

風が止まる。


堀の底、湿った枯れ葉と土の匂いに混ざり、生温かい腐臭が下から吹き上がってきた。


カチ、カチカチ。


金属と骨がぶつかり合う微細な乾いた音。

宗玄は胸壁の丸太に左手を置き、気配の波を肌で受け止めた。

一つや二つではない。堀の底、暗闇の泥濘の中で、無数の関節が軋み、何かが這いずり回る蠢動の波。


そして――。


キィン、と空気を切り裂くような甲高い叫び声とともに、堀の底から巨大な影が跳ね上がった。

乱世の夜が、再びその牙を剥き出しにしようとしていた。

お読みいただきありがとうございました。

頑固な鍛冶師・吉蔵との交渉を経て、ついに夜の防衛戦へと身を投じた宗玄。

堀の底から迫る異形の群れとの戦いが気になる方は、ぜひブックマーク登録や下部の【☆☆☆☆☆】での応援をよろしくお願いいたします!

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