第10話 死客の点呼、暮れ泥む山路
陣屋の裏手、馬つなぎ場の土間には、初冬のような冷気が淀んでいた。
集められたのは、宗玄を含めて十二人。
煤けた麻布を巻いた無頼の徒、手枷の痕が生々しい盗賊上がりの男、そして借銭の帳消しを約束されたとおぼしき落ちぶれた牢人たち。いずれも視線は濁り、漂うのは汗と古傷が腐りかけた悪臭ばかり。
互いに言葉を交わす者はない。自らが「斬り込み隊」という名目の、ただの撒き餌であることを全員が悟っていた。
宗玄は壁際に背を預け、胡座をかいて静かに両目を閉じていた。
腹の底へ落とす呼吸。息を吸うたびに、吉蔵の鍛冶場で打ち直した打刀の鉄の匂いが微かに鼻先を掠める。
黒鉄を噛ませて鍛え直された刀身は、以前のような安物の軽さが消え、腰に差しただけで重心が丹田へと自然に落ちる。青年の未熟な筋骨を、道具の確かな重みが補正していた。
「……九十九様」
衣擦れの音とともに、細い影が宗玄の前に落ちた。
目を開けると、サヨが陣屋の監視の目を盗み、板壁の陰から身を滑り込ませていた。抱えた竹皮の小包みを、宗玄の膝元へそっと差し出す。
「これを。救護所の奥で、最も苦い乾燥草と毒消しの根を練り合わせた丸薬です。……瘴気を吸い込んで胸が塞がったとき、舌の裏で溶かしてください」
宗玄は小包みを受け取り、懐へと滑り込ませた。
「重畳。……だが、薬匠の娘がこのような死に損ないの溜まり場へ近づいては、役人に目をつけられるぞ」
「構いません」
サヨの指先が、宗玄の右肩の衣の上から、昨夜手当てした患部へそっと触れた。
「肩の腫れは引いています。……ですが、あの武者頭たちの目は、初めから皆様を生かして戻す気などありません。どうか、ご無理をなさらず……」
「案ずるな」
宗玄は老練な笑みを口元に浮かべ、刀の柄頭を軽く叩いた。
「儂の命は、神仏に一度拾われたものだ。そう易々と他人の都合で放り出すつもりはない」
サヨが息を呑み、何かを言いかけた刹那、土間の板戸が乱暴に蹴り開けられた。
「集まれ、死に損ないども!」
現れたのは、先刻の武者頭――名は鳥羽と名乗っていた――と、弓と長槍で武装した正規の番兵四人。
いずれも抜刀の構えを崩さず、土間の罪人たちを家畜を見るような冷徹な眼差しで見下ろす。サヨは小さく身を縮め、物陰を伝って素早く立ち去っていった。
鳥羽は腰から、朱色の封蝋が施された桐の小箱を取り出した。
「お前たちの役目は単純だ。山裾の鍾乳洞――『常世穴』の最深部に至り、この神札を祭壇の石柱へ打ち込め。それだけで穴は塞がり、マガツモノの湧き出しは止まる」
鳥羽の冷たい声が土間に響く。
「手柄を立てた者には、罪の減免と金五両を下賜する。ただし、道中で敵前に背を見せる者は、後詰めの我らが即座に背後から射殺す。心得よ」
(神札、か)
宗玄の目は、鳥羽が掲げた木箱の隙間から漏れ出る「気配」を逃さなかった。
神聖な祈祷の匂いなど微塵もない。むしろ、先ほど吉蔵の炉で焼いた黒鉄の塊と同じ、鼻をつく生温かい腐肉の臭気が漂っていた。
怪異を封じるための札ではない。おそらくは怪異を誘引する、血で染められた呪具の類。
黒石の代官は、この使い捨ての部隊を穴の奥へ突入させ、群がるマガツモノ諸共、洞窟の入口を崩落させて埋める腹積もりなのだ。
周囲の牢人たちも、武者頭の言葉を信じてはいない。だが、後ろには長槍と弓の列。前に進むしか生き残る道はなかった。
「出立だ。木戸を開けよ!」
暮れ泥む朱色の空は瞬く間に鉛色へ沈み、山あいに濃密な夜気が下りてきた。
黒石の外郭を抜け、一行は再びあの陰惨な山林へと踏み込んだ。
先頭を進むのは、使い捨ての兵十二人。その五間後方を、松明を掲げた鳥羽ら正規兵が、弓を引き絞ったまま無言で追尾してくる。
足元の腐葉土を踏みしだく音だけが、ザッ、ザッと不揃いに響く。
宗玄は隊列の最後尾、鳥羽たちの視線が最も突き刺さる位置を、静観流の摺り足で無音のまま歩いていた。
(足並みが乱れておるな)
宗玄は前を行く男たちの背中を値踏みするように観察した。
息が上がり、膝が震えている。恐怖で肩が吊り上がり、正中線が左右にブレている。これでは不意の奇襲に対し、一歩の反応も出せない。
そして――夜風が運んでくる「異変」。
雨上がりの山特有の草木の匂いが、徐々に薄れていた。
代わりに立ち込めるのは、湿った洞窟の奥から吹き出す、冷え切った地下水の匂い。そして、皮膚の産毛を逆撫でするような、無数の蟲が土の中で蠢く微細な震動。
チリン、……チリン。
遠くの谷底から、以前聞いた糸繰の鈴の音が微かに風に乗って届いた。
しかし、今宵の音は一つではない。
二つ、三つ。四方八方の闇の奥から、互いに呼び交わすように、無数の金属音が重なり合って近づいてくる。
「おい……聞こえるか?」
「鈴の音だ……化生だ、化生が囲んでやがる!」
先頭の牢人が怯えの声を上げ、足を止めた。
「止まるな! 進め!」
背後から鳥羽の冷酷な怒号が飛び、矢のつがえられた弦がギリリと軋む。
挟み撃ちの死線。
だが、宗玄は慌てず、腰の打刀の鯉口を親指で静かに弾いた。
カチリ。
澄んだ鉄の音が、宵闇に小さく響く。
吉蔵の手で鍛え直された黒鉄の白刃が、鞘の中で獲物の血を求めて静かに鳴動していた。
お読みいただきありがとうございました。
怪異の巣くう「常世穴」へと向かう使い捨て部隊。四方から迫る不気味な鈴の音に対し、宗玄の鍛え直された愛刀が真価を発揮する時が迫ります。
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