第21話
皇帝奪還から、わずか一夜が明けた翌朝──。
帝都は異様な熱気と混乱に包まれ、誰もが浮き足立っていた。
軍務局から突如として発令された「皇帝陛下の重篤な御不例」の報せ、それに伴う「新皇帝戴冠式」の強行発表。
さらには、帝国の至宝たる皇冠の主石を紛失せしめた大罪人として、特務機関長ロザリア・エルンストの公開処刑が即日執り行われるという凶報が、街の隅々にまで駆け巡ったからであった。
帝都中央大広場は、物々しい警備と押し寄せた大群衆で埋め尽くされていた。
広場の中央に組まれた高い処刑台の上、ロザリア・エルンストは毅然とした佇まいで立っていた。
両手首は太い麻縄で背後に固く拘束されていたが、その紫紺の瞳には怯えの色など微塵もない。髪を朝風になびかせ、見下ろす冷徹な眼光は、取り囲む軍務局の役人たちを逆に呑み込んでいた。
広場を何重にも取り囲む近衛兵たちの表情は硬い。
彼らは軍務局の重鎮たちから「皇帝危篤」と告げられ、この場に動員されていた。あまりに急な戴冠式と処刑劇の裏にきな臭い謀略があることは薄々察していたが、幽閉された皇帝本人からの言葉が一切届かない以上、軍の規律として命令に従わざるを得ない状況に置かれていたのだ。
処刑台のすぐ隣に設けられた特設の戴冠壇上で、軍務局の重鎮である老貴族が、勝ち誇った笑みを浮かべて羊皮紙を広げた。
「──帝国建国の至宝たる『宝冠の主石』を私的に隠匿・紛失せしめ、皇帝陛下の御不例に乗じて国家統治を揺るがそうとした大罪人、ロザリア・エルンスト! 貴様の罪状は国家反逆罪に値する!」
老貴族の声が石畳に反響する。
傍らの台座には、急造された粗悪な模造石が嵌め込まれた皇帝冠が鎮座していた。主石紛失の罪をロザリアに擦り付けて処刑し、自らの傀儡たる新帝を即位させる──軍務局が描いた筋書きの、これが最終幕であった。
壇の脇で控えていた首席査察官が、嘲笑を浮かべてロザリアを見上げる。
だが、ロザリアは冷ややかに見下ろすのみだった。
「処刑を執行せよ!」
重鎮の手が振り下ろされ、大斧を手にした処刑人が歩み出た。
──その瞬間であった。
ズガァァァンッ!
広場の封鎖線を突き破り、轟音とともに白銀の重装馬車が乱入してきた。
四頭立ての軍馬が嘶き、石畳を火花とともに削りながら、処刑台の真正面へと強引に横付けされる。
「な、なんだ!? 何者が乱入した!」
騒然となる広場の中、重装馬車の鉄扉が内側から勢いよく蹴破られた。
真っ先に降り立ったのは、黒の野戦軍服を纏った巨漢──ヴォルフ・ガランド。
腰の長剣に手を添え、剥き出しの鋭い眼光だけで群がる警備兵たちを威圧する。
続いて馬車から降りてきたのは、白銀の重装甲を纏った近衛騎士団長、ブリギッタ・ハーゲンであった。
昨日まで離宮の守護に就いていたはずの最高幹部が、黒衣の死神と並び立ち、厳格な足取りで左右を警戒している。
そして──その二人に守られるようにして降り立った人物の姿に、広場中の息が止まった。
豪奢な上着を羽織り、悠然と笑みを浮かべる男。
危篤の床に伏せっているはずの、当代の皇帝その人であった。
「へ、陛下……!?」
「ご無事だったのか……!?」
近衛兵たちがざわめき、色を失う貴族たちを前に、皇帝は愉快そうに両手を広げてみせた。
「余が急病だと? 実に下らん冗談を弄してくれるではないか、反逆者諸君。誰の許しを得て、余の不在に余の忠臣を処刑しようとしているのだ?」
静まり返る広場。
首謀者である軍務局の重鎮は顔を真っ青に染め、激しい狼狽のあまり口元を痙攣させた。だが、ここで退けば己の破滅である。老貴族は錯乱したように処刑台を指差して絶叫した。
「だ、騙されるな! その者は皇帝の名を騙る偽物だ! 陛下は今も離宮で危篤の床におられる! 衛兵、構わん、その不届き者を斬り捨てよ!」
しかし、近衛兵たちは本物の皇帝が放つ圧倒的な威圧感に気圧され、誰一人として剣を抜くことができない。
その混乱の中、処刑台の上のロザリアが、凛とした声を広場全体へと響かせた。
「大義名分の化けの皮が剥がれましたね。──言ったはずです、探し物は身近にあると」
ロザリアは冷然と老貴族を見据え、言い放った。
「私は主石を無くしてなどいません。今日陛下がいらっしゃる、今日この場に届くよう手配していたのみです」
「な、何を言っている……!?」
皇帝はロザリアの言葉に満足げに頷くと、隣に直立するヴォルフへと歩み寄った。
そして、無造作にヴォルフの腰の長剣へと手を伸ばす。
「余の宝物庫を預かっていてくれた礼を言うぞ」
皇帝が長剣の柄頭──重心を保つためのバランサーを軽く捻ると、カチリと精密な機構が外れた。
空洞となった柄頭の中から、皇帝の手のひらへと転がり落ちたのは、深紅の輝きを放ち、皇帝家の紋章が刻印された一つの巨大な宝石であった。
──正統なる『宝冠の主石』。
帝都で最も安全で、最も頑丈な金庫。すなわち特務機関最強の武人、ヴォルフ・ガランドが肌身離さず身につけていた長剣の中にこそ、至宝は秘匿されていたのだ。
太陽の光を浴びて燦然と輝く本物の主石に、広場中のすべての視線が釘付けとなった。
「ほ、本物の主石……!?」
老貴族も査察官も、あまりの衝撃に目を見開き、完全に硬直した。
その一瞬の隙を、影が駆け抜けた。
「いただき!」
壇上の兵が瞬きをした刹那、風のように現れたヒルダが、台座に置かれていた皇帝冠を鮮やかに奪い取った。
そのまま処刑台へと跳躍し、すれ違いざまに手にした刃物でロザリアを縛る麻縄を一閃の下に切り裂く。
「はい、お嬢さん、お迎えだよ」
「感謝します」
拘束から解き放たれたロザリアは優雅に髪を整えると、ヒルダから皇冠を受け取り、処刑台の階段をしなやかに降りて皇帝の御前へと進み出る。
深く膝を折り、両手で宝冠を高く掲げた。
「謹んで、正統なる帝権を御身へお返しいたします」
「うむ、大儀であった」
皇帝は笑みを浮かべ、手にしていた主石を皇冠の中央の窪みへと押し込んだ。
パチン、と心地よい金属音が響き、失われていた主石が完璧に台座と一体化する。
皇帝は迷うことなく、その正統なる宝冠を己の頭上へと戴冠した。
至高の権威を取り戻した最高権力者。
その威容に誰もが圧倒される中、皇帝は突如として身軽な動きを見せ、横付けされていた重装馬車の車輪に足をかけると、そのまま屋根の上へと颯爽とよじ登った。
「へ、陛下!?」
呆気にとられるロザリアとヒルダ。
馬車の屋根という最高峰の特等席に仁王立ちとなった皇帝は、広場を埋め尽くす群衆、立ち竦む近衛兵、そして完全に腰を抜かした反逆者たちを見下ろし、人生で最も痛快だと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
腹の底から響く、狂騒の大号令が広場を支配する。
「──余こそ、皇帝である! 近衛、そして特務機関よ! そこに並ぶ不届き者どもを一匹残らず捕らえよ!」
あまりの事態に近衛兵たちが一瞬の躊躇を見せたその時、白銀の鎧を纏ったブリギッタ・ハーゲンが、雷鳴のような一喝を叩きつけた。
「何をしている! 陛下直々のお下知に従えッ!」
団長の号令が響いた瞬間、迷いは完全に吹き飛んだ。
「「「ははっ!!!」」」
地鳴りのような応諾とともに、近衛兵たちが一斉に反転した。
ヴォルフが長剣を抜き放って壇上を制圧し、ガゼルが屋根から舞い降りて首謀者の退路を塞ぐ。近衛兵たちの槍衾が、青ざめた軍務局の重鎮と査察官の喉元へと一斉に突きつけられた。
「ま、待て……! 待ってくれ……!」
絶望の悲鳴を上げる反逆者たちを見下ろしながら、ロザリアは馬車の上で高笑いする皇帝へ向けて、静かに一礼した。
盤面のすべてが、完全な勝利で覆った瞬間であった。
新作「アメリカをデブらせろ!〜もしファストフード店のワンオペ店長がジャンクフードを西部開拓時代に持ち込んだら〜」公開中!
https://ncode.syosetu.com/n5245ms/
こちらもぜひご覧ください




