第18話
ヴォルフ達一行は帝都地下水路の暗がりをひたすら北西へと進む。
湿った冷気の中、背負った大剣を微かに鳴らしながら、ガゼルがヴォルフの背中に向けて不審そうに口を開く。
「なあ、デカブツ」
「何だ」
「前々から気になってたんだがよ……ロザリアのお嬢ちゃんは、帝国の貴族の中でも一番位が高いっていう『公爵家』の生まれなんだろ? なんでこんな大事になってんのに、実家の軍勢は助けに来ねえんだ? 公爵ってのは、自分の娘が牢屋に放り込まれても黙ってるような奴なのか」
率直な疑問に、隣を歩いていたレオンが視線をわずかに落とした。
ヴォルフは前を見据えたまま、歩調を緩めることなく答えた。
「お前にはまだ説明していなかったな。公爵家とは、つまり特務機関そのものなのだ」
「あ? どういうことだ?」
「閣下の生家であるエルンスト公爵家は、帝国建国以来、代々『皇帝戴冠式で用いられる宝冠の主石』の守護を司ってきた家系だ。皇帝家の刻印が刻まれたその至宝、帝国の最高権威を象徴する主石を帝都で直轄警護するために組織された精鋭部隊──それこそが、特務機関の前身であり母体なのだ」
ヴォルフの低く落ち着いた声が、水路の天井に反響する。
「故に、現在の公爵家には領地を守るための最低限の兵力しか残されていない。また、奥様は閣下を産み落とされた際に他界され、当代の公爵様は領地の屋敷にこもりきりと聞いている。今回も公爵家からの助言や兵力介入は一切期待できないだろうな」
「……引きこもりの親父ってわけかよ。娘が命の危機だってのに、頼りにならねえな」
ガゼルが吐き捨てるように鼻を鳴らす。
「当てにする必要はない」
ヴォルフは短く言い切った。
「主君の危機を救うのは、仕える我らの役目だ。皇帝陛下さえ奪還すれば、状況はすべて覆る」
「そうだね」
先頭を歩くヒルダが、肩越しに振り返りながら薄く笑った。
「門閥貴族も軍務局も、今頃は必死になってるはずだよ。皇帝を檻に入れただけじゃ、この国を奪い取ったことにはならないからね」
四つの足音は淀みなく、旧離宮の真下へと続く暗渠の奥へと吸い込まれていった。
◆
同時刻──軍務局本部、最下層の地下尋問室。
四方を分厚い花崗岩で囲まれた薄暗い部屋の中央、鉄製の椅子にロザリアは腰掛けていた。
両手首には重い鎖付きの手枷が嵌められていたが、背筋は寸分も曲がることなく、乱れのない姿勢を保っている。銀色の髪が冷たい空気の中に静かに垂れていた。
机を挟んだ向かい側で、軍務局の首席査察官が書類を整え、険しい面持ちで身を乗り出した。
「ロザリア・エルンスト。国家の非常時に際し、貴様にも公爵家の血を引く者としての分別があるはずだ。皇帝陛下が重篤な病に倒れられた今、帝国統治の空白を避けるためにも一刻も早く正統なる後継を立て、国難を乗り切らねばならん」
査察官はもっともらしく声を張り上げ、鋭い眼光を向ける。
「その重大な責務の時に、貴様は『宝冠の主石』をどこへやった! 公爵家の宝物庫にも、特務機関本部の金庫にも台座しかなかった。あれを管理しているのは貴様ただ一人のはずだ。帝国の安寧のため、直ちに主石の所在を明かせ!」
整えられた大義名分。だが、その声の底にある切迫した焦りを、ロザリアは見逃さなかった。
ロザリアは小さく息を吐き、静かに視線を返す。
「帝国の安寧のため、ですか。……大義名分を取り繕うのは結構ですが、貴殿らの真の狙いはやはりそこですか」
帝国において皇帝が正統な主権者として認められるためには、建国以来の儀礼である「戴冠式」を経なければならない。
そしてその儀式に不可欠なのが、皇帝家の刻印が刻まれ、代々公爵家が厳重に守護してきた正統なる「宝冠の主石」であった。
台座だけの冠を頭に乗せたところで、それはただの金細工に過ぎない。
「刻印入りの主石がなければ、正統な新帝の即位式を成立させられませんものね」
ロザリアは平然と言い放った。
「貴様……!」
「中央の門閥貴族だけならば、密室の談合と裏金の分配で誤魔化すこともできるでしょう。しかし、帝国外縁の総督や地方貴族たちはどうでしょうか?」
ロザリアは査察官の目をまっすぐに見据え、淡々と唇を動かした。
「正当性のない皇帝が中央に立ったならば、外縁の総督たちも好き勝手門閥貴族と手を組み、それぞれの皇帝を立てるでしょう。何しろ、中央が実に見事な手本を示してくださるのですから」
「な……!?」
「そうなれば帝国は四分五裂。せっかく命懸けで奪い取ったその権力も、各乱立した皇族の数で割ることになりますね。随分と割に合わない取引ではありませんか?」
痛烈な皮肉を突きつけられ、査察官は顔を真っ青に染めて絶句した。
「主石の所在を知る私が口を割らない限り、貴殿らの即位劇はただの児戯に過ぎず、クーデターは未完成のまま外縁からの反乱によって自壊する。……貴殿らは、すでに完全に手詰まりなのです」
「貴様……生意気な小娘が!」
激昂した査察官は机を蹴り上げた。
だが、ロザリアは動じることなく、冷ややかに微笑を浮かべてみせた。
「一つヒントを差し上げるならば、探し物は案外身近なところにあるかもしれませんね。幸せの青い鳥は、常に身近にいると言いますから」
「小娘が、舐めおって! 後悔するなよ……! 口を割らぬなら、力ずくで吐かせるまでのことだ!」
手を伸ばして胸倉を掴もうとする査察官に対し、ロザリアは微動だにせず言葉を発する。
「せいぜい気をつけることですね。私は見てのとおり、あの死神のように頑丈ではありませんから。──手加減を誤って壊してしまえば、主石の所在は永遠に失われますよ」
「くっ……!」
これ以上の脅迫が一切通用しないことを思い知らされ、査察官は屈辱に顔を歪めた。
逃げるように身を翻すと、乱暴に鉄の扉を開けて尋問室を飛び出していった。
重い鉄扉が閉ざされ、錠が下りる鈍い音が響く。
部屋には再び、冷たい静寂が戻っていた。
ロザリアは薄暗い天井を見上げた。
己がここで時間を稼いでいる間に、あの死神が何を成すべきかを見誤るはずがない。
救出などという目先の小事に囚われず、この歪んだ盤面を根底からひっくり返す唯一の手を、今まさに打ちに行っているはずなのだ。
(陛下を頼みましたよ、ヴォルフ)
信頼と確信を胸の奥に秘め、ロザリアは静かにその瞼を閉じた。
新作「アメリカをデブらせろ!〜もしファストフード店のワンオペ店長がジャンクフードを西部開拓時代に持ち込んだら〜」公開中!
https://ncode.syosetu.com/n5245ms/
こちらもぜひご覧ください




