9.スクルートと魔法な食べ物
コポコポと熱いお湯が黒い粉に注がれていく。
香ばしくコクのある香りが部屋に広がり、深く息を吸った時のような気持ちにさせてくれる。
「……これが珈琲というものか」
「ああ、いい香りだろう。フラムからのお詫びの品だとさ。チョコレートと謝罪の手紙もある。後で目を通しておけよ」
「さあさあ、淹れたてをお飲みください! 珈琲とチョコなんて、この国では高級品なんですよ!」
イブリッドが、嬉しそうに声をかけた。
白いカップに香り豊かな飲み物が、湯気を立てていて美味しそうである。
「うむ、いただこう」
「私もご相伴に預かって申し訳ありませんね」
「いいんですよ。フラムから爆発騒ぎのお詫びをと預かってきたんです。皆で飲みましょう」
ふくよかな香りと、少し酸味のある苦味を口に含む。
この国では高級品である。
スクルートは初めて飲んだ。
深くリラックスして頭が冴え、気持ちが落ち着いた。
チョコも、一つ食べた。
ほろ苦い甘さは、朗らかな高揚をもたらしてくれる。
チョコもこの国では高級品だ。貴族の食べ物といわれている。
(あの魔女も反省したらしい。良い傾向だな)
スクルートは、何度も深く頷いて満足していた。
……なんでも出来そうな気がしてきた。
スクルートは、宿の掃除と修理、そして帳簿付けまでテキパキとこなした。
さらに冒険者ギルドに行き、仕事を複数受けた。
精力的にこなしていく。
(素晴らしい。なんという効率の良さだ。これも珈琲とチョコレートのおかげか!)
夜になっても、スクルートは仕事を持ち帰って、こなし続けた。効率が落ちると、自分で珈琲を淹れて飲みチョコレートを食べた。
朝になっても、頭がスッキリしていた。
スクルートは喜んだ。
(いくらでも働けるぞ! 稼げる! 最高だ!)
スクルートは働いた。
宿の帳簿の無駄遣いを指摘してあげた。
文字が汚すぎて読めなかった看板を作り直してやった。
おかげで、宿の食堂に人が訪れるようになった。
冒険者ギルドのランクもDランクに上がることが出来た。これで、もう少し収入が高い仕事をとれようになれた。
スクルートは少しでも効率が下がると、珈琲を飲んでチョコレートを食べた。
フラムからのお詫びの品は、どんどん無くなっていく。
(これが無くなったら困るな。買うには高価すぎる。それに少し胃が痛いような気がする……? だが、調子の良い時に努力するのが効率というものだ!)
スクルートはとにかく頑張った。
調子が悪くなっても、珈琲とチョコレートを口にすれば良くなった。
たまに手が震え、寝不足で視界ぼやけたが、気にしなかった。
(まだやれる)
彼はそう思った。
頭痛がしても手足が痺れても胃がいつも痛くても、珈琲とチョコレートがあれば大丈夫だった。
……ある日のことだった。
冒険者ギルドで、仕事の手伝いをしていたスクルートの手が止まった。彼は世界が急に暗転したように感じた。
スクルートが倒れた。
口から血を吐いて気絶したと、ノア亭に連絡があったのだ。
冒険者ギルドで手当てを受けられたが、高額の医療費を請求された。数ヶ月分の稼ぎが消えたのだ。
不健康な体になって、騎士団の夢が遠のいた。
スクルートは、ノア亭で寝込みながら落ち込んだ。
今までの稼ぎが医療費でとんだのである。
しかも体調が悪く、しばらくは働けそうにない。
(どこで何を間違えたんだ……?)
目から熱い汗が流れた。
(体が動かなくなった時は悲しかった。このまま終わるかと思った……)
夜に、キホテールが見舞いに来てくれた。
「働きすぎて倒れたんだって?」
「……うむ。珈琲とチョコレートを食べれば、また働けるようになるだろう」
「ちょっと待てよ。もう残ってないぞ?」
キホテールが慌てた。
「それでだな。ものは相談なんだが……フラム殿からまた格安の値段で手に入れられないか聞いてほしいんだ……」
「待て待て待てって! 絶対体に悪い飲み方してると思うぞ。手紙に何か書いてねえかな」
キホテールは、箱に添えてあったフラムのメッセージを見る。
そこには、最後にとても小さな可愛い字でこう書いてあった。
『珈琲とチョコはとっても美味しいでしょ。魔法な食べ物でオススメだよ。また食べたくなったら魔塔まで来てね。キホテールと私達と遊びましょ♡」
キホテールは手を額に当てて呆れかえった。
「やられた……」
どう見ても、わざとである。
スクルートを巻き込んで遊びたいのだ。
スクルートは、また食べたくて仕方なさそうだった。
「スクルート。珈琲とチョコは依存性がある。食べたかったら魔塔に来いと書いてあるぞ」
スクルートは呆然として悩んだ。
魔女は反省などしていなかったのだ。
魔女への恐怖と、珈琲とチョコレートの魅力が、彼の中で秤にかけられて、せめぎ合った。
スクルートは苦悩した末に決断した。
珈琲とチョコレートを諦めたのだ。
どんなに効率的に働けても、体を壊して医療費を取られたら意味がない。
体を壊したら、騎士団入団の夢も絶たれてしまう。
その後起き上がれるようになったスクルートは、禁断症状に悩まされた。
それにしても不思議である。
なぜ一緒に食べたキホテールやイブリッドは、平気だったのだろうか。
彼はイブリッドに聞いてみた。
「珈琲とチョコレートの依存性は存じ上げています。学生時代に飲みすぎてお腹を壊した貴族がいたのです。でも美味しいですから、たまに羽目を外して飲みたくなります。スクルートさんも、たまには一緒に飲みましょう。私はまだ持ってますから。有料ですが、お安くします」
「……たまになら……良いな。ありがとう」
今度はキホテールに聞いてみた。
キホテールは答えた。
「俺は、魔塔で刺激的なものを口にする事多いんだよ。だから別に飲み続けたいと思わなかった」
どうも高級な物を食べる機会が多いらしい。
スクルートは疑問を口にしてみた。
「おまえ、貯金はあるのか?」
「そんなものは無い」
「…………そうか」
あっけらかんと答えるキホテールに、スクルートは魔女と同じ危うさを感じた。
(——どこまで行っても、止まらない人間達か)
イヤな冷や汗が、そっと彼の背中を流れた。
そして、ほんの一瞬だけ思った。
(自分も、同じ顔をしていなかったか?)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




