10.ワルプルギスの夜
「本当に配達するだけで、前払いで金貨一枚と銅貨一枚貰えるんだな!?」
「ええ。そのまま帰っていいですよ。今夜はお祭りですからね」
スクルートは、上機嫌で商業ギルドからの仕事を受けた。
お祭り用の食材を、ブロッケン山の麓に届けるだけだいいらしい。危険な魔塔ではなく、ただの山の麓だ。なんの問題もない。こんなに効率の良い仕事は、そうは無い。
ウキウキと荷物を受け取って出ていくスクルートを、ギルドの職人は、彼の背中を見ながら囁く。
「スクルートさんと会うのも、これが最後かもな」
「報酬に色付けして、銅貨一枚増やしてあげたよ」
「今度こそ無事じゃすまないだろうな……」
スクルートは配達の時間まで余裕があるので、いったんノア亭に立ち寄ることにした。
ノア亭では、キホテールが宿の主人に携帯食を頼んでいた。
「助かるよ、イブリッドさん」
「お疲れ様です。今夜は祭りの見回りをされるんですね」
「春を迎える祭りだからね。一番鶏が鳴くまで大騒ぎだろうな」
スクルートは彼らに声をかけた。
「今夜は仕事か」
「ああ。スクルートも仕事か。お疲れさん」
「私は配達の仕事をすれば終わりだ」
「スクルートさん、今夜は春を迎えるお祭りなんです。よかったら一緒に見てまわりませんか。楽しいですよ」
「申し出はありがたい。しかし、祭りに行けば余計な出費をしてしまう。合理的ではない。私は部屋で帳簿をつけたい」
稼いだ金貨一枚と銅貨一枚を帳簿につけるのだ。
スクルートは今日の結果にワクワクしていた。
イブリッドは少し残念そうに答える。
「そうですか…。私は出かけます。頼みたい宿の仕事がありましたら、帰ってから受けます」
「分かった」
スクルートが指定されたブロッケン山の麓に着くと、そこは魔女(スクルートの天敵)達が春の到来を祝って騒ぐ魔境と化していた。
大きな焚き火が幾つも焚かれ、火の周りを魔女達が囲んでいる。
老いも若きも、皆が飲んで歌って踊り騒いでいた。
スクルートは、恐怖で真っ青になった。
右を向いても左を向いても、魔女・魔女・魔女……
(……混沌だ)
ブロッケン山の麓は、魔女達が春を迎える祭をする場所だったのだ。
魔女達は、スクルートを見ると駆け寄ってきた。
「待ちくたびれたよ!」
「酒と食べ物がなけりゃ、祭りといえないからね!」
スクルートが運んできた荷物の中に、バナナやリンゴ、マシュマロ、サツマイモやベーコン、ソーセージや枝巻きパンなどが大量に入っていた。
魔女達は、それらを手早く焚き火にかざしていく。
食べ物が火に炙られる、いい匂いが漂ってきた。
スクルートは仕事が終わったとみなして、素早く撤退しようとした。
……だが遅かった。
魔女フラムが、スクルートを見つけた飛んできた。
彼女はすでに酔っていた。
「スクルートぉ……。ノリが悪いぞー。踊れー笑えぇぇ、キャハハ」
スクルートの体が、勝手に動き出す。
魔法をかけられたらしい。
口が勝手に笑い出す。
スクルートは、魔女達に混ざって踊り出してしまったのだ。
(まさか、あの破格の報酬は魔女達の宴への配達だったからか……!)
その通りである。
ブロッケン山の麓は、魔女達専用の会場なのだ。
無礼講で酔って遊ぶ魔女達の祭典、“ワルプルギスの夜”
一般人は恐れをなして、近づきたがらなかった。
(そうだ。キホテールがいれば……助けてもらえるはずだ)
見回したが、キホテールの姿は見当たらなかった。
彼が宿で言っていた言葉を思い出す。
(今夜は、祭りの見回りの仕事でいないんだった……)
スクルートは酔った魔女達と、大声で笑いながら踊り続けた。
「あはは! あはははは!」
(怖い! 誰か助けてくれ!)
フラムは酔っ払って、空に大型の花火を乱発して楽しんでいる。
彼女の友達らしき小柄な魔女が隣で踊っていた。緑の髪と琥珀色の瞳をしている。彼女が腕をふる度に、花々が咲き乱れた。植物系の魔法だ。
彼女は『踊る厄災』テッラ。
そして、もう1人の青い髪に青い瞳の魔女が2人に話かけた。その魔女が笑うと風が吹き荒れ、花びらが天空に舞う。国中に花びらが舞い散り、幻想的な美しさだった。
彼女は『飛ぶ天災』フルメン。
この国の“ワルプルギスの夜”は、国外からも沢山の観光客が訪れる華やかな祭りだ。
スクルートは自分の奇行に不安でいっぱいだった。そして次第に体が熱くなって、胸の奥が熱くなってきた。
生まれて初めての感覚である。
だんだん頭の中も真っ白になってきた。
「なんだこれは! なんだこれは!」
スクルートは、これも魔法にかけられたせいだと思った。魔女達と一緒に踊り続け汗が流れ、爽快感のようなものを感じる。
(これが魔法なのか……!)
喉が乾けば、酒瓶が飛んできて口に注がれる。
焼けたベーコンやパンが空中に浮いて、腹が減れば踊りながら食べられた。シナモンがかかった焼きリンゴやチョコと焼きマシュマロのクラッカーサンドは甘くて美味かった。
焼きバナナは食べにくかった。あれは、スプーンで救って食べるべきだとスクルートは思った。
不思議な高揚感に襲われ、スクルートは戸惑っていた。
……見回りをしていたキホテールが、祭りの現場にやってきた。
彼は、一般人が近づかないように見回り、羽目を外しすぎて体調を崩した魔女の介助要員だ。
フラムがキホテールを見つけて走ってくる。
他2人の魔女もやってきた。
「キホテールママ!」
「……だからな。俺は男だし、おまえ達みたいな大きな子どもがいる年じゃないんだよ」
「お世話をしてくれる人……ママ」
「ほら、口に食べカスついてるぞ。拭いてやるから、ちょっと待ってろ」
「やはりママでは?」
「たがら、違うって」
フラムもテッラもフルメンも、キホテールにくっついて笑った。
キホテールはスクルートを見つけると、眉をしかめた。
「おい、あれは魔法か?」
「とっくに魔法解けてる」
「……じゃあ。あれは自分で踊っているのか」
「「「うん」」」
キホテールはスクルートをもう一度見た。
「楽しそうだな」
キホテールは、そっと見守ることにした。スクルートも飽きたら止めるだろうと思ったのだ。
……スクルートは、一番鶏が鳴くまで踊り続けた。
祭りが終わった瞬間に、地面に倒れ込んだ。
疲れてもう動けなかった。
キホテールが静かに隣に座り込む。
「大丈夫か」
スクルートは夜明けの空を見ながら呟いた。
「……なんだったんだ。あれは…」
「まあ、お祭りだからなあ」
「……悪くはなかった……非合理的だが……」
キホテールは、その言葉に驚いて苦笑した。
「そっか。良かったじゃん」
「…おまえは踊らないのか?」
「うん。一般人が怪我しないように見回るのと、ふざけ過ぎて体調崩した魔女の介抱しないとな」
フラム達が、再びキホテールに飛びかかってきた。
「キホテールーママ!一緒に踊ろうー!!」
「こら。俺は男だってば」
「ギャハハハ」
「そーれー!」
特大の花火が上がり、花々が咲き誇り、風に巻き上げられていく。
スクルートはそれを見て、理由のない高揚に戸惑い、笑う。落ち着かない気分だった。
「楽しいのも悪くない……が、
これを認めたら、自分が崩れる気がする」
キホテールは笑った。
スクルートも少しだけ笑った。
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