8.スクルート、宿で魔女に襲われる
その夜は、空気がひんやりとしていた。
スクルートは宿の部屋で自己鍛錬をしていた。
騎士団の一般応募で受かるために鍛錬は欠かせない。
いい感じに汗が滲んできたので休憩しようと思う。
ふと見上げると、カラフルな蝋燭が目についた。
キホテールがスクルートに贈ってくれたものだ。
(……火魔法の練習など、無駄な時間を使ったものだ)
スクルートが苦笑いしていると、突然、キホテールからの連絡用魔道具が鳴った。
キホテールは遅刻が多く、行き先も告げずに行方不明になることが多い。
彼と連絡を取る為に、スクルートが血の涙を流して買ったのである。
(あいつが連絡をきちんと取れるやつなら、買わなくて良かったのに! 無駄な出費をさせる男だ)
キホテールは、大きな鞄の中に連絡用魔道具を放り込んでいた。そのまま忘れていそうだった。
彼との連絡は、もっぱらスクルートからである。
鳴り響く音に、スクルートは嫌な予感がした。
スクルートが丸い連絡用魔道具を手に取ってボタンを押すと、キホテールの叫び声が聞こえた。
『スクルート! 今すぐ何処かに隠れて宿から絶対に出てくるなよ』
怒鳴りつけるような声が聞こえ、すぐにブツッと連絡が切れた。
(キホテール……! 何の為にそうするのか言わないと分からんではないか!)
イライラする気持ちを押さえて、スクルートはすぐに部屋の灯りを消して机の下に隠れた。理由が分からないので、不安が募ってくる。
(もしこれが何かの冗談だったりしたら、絶対に許さんぞ)
眉間に皺を寄せながら、待つ事数分……。
ドーン! パラパラパラ……
「アーハヒハハ!」
宿の上の方から、爆音と、聞き覚えのある女性の高笑いが聞こえてきた。空気が焼ける感じがする。
「スクルートー……どーこーだー。ギャハハ」
魔塔の魔女フラムの声だった。
スクルートが集金に行った時に、彼を金貨の山に沈めた恐怖の対象である。
彼の胃のあたりが、きゅっと縮み上がる気がした。
「酔っ払いやがって! 誰だ、あいつの目のつく所に酒瓶置き忘れた奴は! 止まれフラム!」
上からキホテールの焦った声がした。
「弱いキホテールの言うことなんて聞かないよーだ。最近手抜きだよねー。つまんない。どうして魔法使うの手抜きするのー?」
「手抜きじゃねえよ。ペース配分して寝込まないようにしろって注意されるんだよ」
スクルートは、キホテールにそう注意していた事を思い出した。
「つまんなーい! キホテールの友達を揶揄ったら、キホテールは本気で遊んでくれるよね!」
「一般人に手を出したらルール違反だろ。ああもう、皆勝手すぎるよな。力を調整しろだの、能力が弱くなってつまらないだの。どうしろって言うんだよ!」
宿の上で激しい音が聞こえ、窓の隙間から光が明滅するのが分かる。
どうやら宿の上で魔女フラムが酔って魔法を撃ち、キホテールが止めているらしい。
スクルートがフラムに見つかったら、魔法の的になるだろう。
(キホテールからの連絡は、これだったのか)
スクルートは目を瞑り、フラムが諦めて去ることを祈った。
空の轟音に驚いたイブリッドは、窓を開けて驚いた。
「歩く火薬庫」の二つ名をもつ魔女フラムが、空で大きな火魔法を繰り広げているのた。
ドーン! パパパパ……
安全な所から見るならば、美しい魔法である。
しかし、今は宿の真上で繰り広げられている。
イブリッドは真っ青になって叫んだ。
「やめてー! ここは僕の唯一の財産なんだよ! 宿を燃やさないで!」
ドンドンドン! パパパーン……
イブリッドの叫びも虚しく、色鮮やかに火魔法が次々と打ち上げられていた。
キホテールは、火魔法が下の民家に及ばないように結界をはり、フラムを説得している。
「帰るぞ。フラム!」
「ヤダヤダヤダヤダ! キホテールの馬鹿ぁ!!」
「……うわっ」
ドスッ
宿の庭に重い何かが落ちる音がした。
「キホテールさん!」
イブリッドの悲鳴のような声が響き渡った。
キホテールが空から落下して、地面に叩きつけられた音だった。
それがわかった時、スクルートはビクッと震えた。
(まさか……いや、出ては危険だ……)
気がつくと、スクルートは外へ走りだしていた。
(……何を走っているんだ、私は。魔女の標的は私だ。外に出ても事態悪化ではないか! ……しかし、あの高さから落ちたら怪我しているかもしれん!)
スクルートが庭への扉を開けると、キホテールが起きあがろうとしていた。頭から血が流れている。
「キホテール! 血が流れている!」
「かすり傷だよ。隠れていろって言っただろう」
フラムの笑い声が天空から聞こえた。
「みーつーけーたぁあ! キホテールの友達ぃ!」
「「友達じゃない」」
スクルートとキホテールの声が重なった。
フラムは、赤い顔をしてニィッと笑っている。
「おまえを守る為に、キホテールは私と本気で遊ぶ!」
「だからなあ……そういう問題じゃなく……」
キホテールは疲れた声で答える。
スクルートは、彼のその姿を見て頭の中が真っ白になった。胸の奥がムカムカしてたまらない。
「やってやれよ。キホテール」
「スクルート?」
「魔法の使い過ぎで倒れたら、私が面倒を見る。この騒ぎの後片付けも全部引き受ける。責任は私が持つ。だから……ここで終わらせろ」
キホテールは驚いた顔をした。
そして、ふてぶてしく笑った。
「面白いじゃん」
キホテールは流れてくる血を腕でぬぐうと、フワリと空へ浮かび上がって行った。
三体の精霊が、彼を守るように寄り添って輝いていた。
夜の闇の中に、光る魔法陣が3つ浮かび上がる。
キホテールの精霊達が、それぞれ違う色の光を強く放ち出した。さらに精霊達は光の尾を放ちながら、魔女の周りをぐるぐると周るように飛び回り出した。
フラムは、いつのまにか薄い光の箱の中に閉じ込められていた。
「アハハハ! やっと本気出したー」
笑いながら爆炎で箱を破ろうとする。
しかし、箱を破ることが出来なかった。
箱は三重になっていて、箱を破る度に新しい箱が出き続けたのだ。
「キャハハハ!!」
どこまでも楽しそうに、フラムは火魔法で箱を破り続けた。玩具に夢中になっている子どものようである。
バン!
と、音がした。
フラムが気がついた時、簀巻きにされて紐でぐるぐる巻きになっていた。魔法もうまく出せない。
フラムが箱に夢中になっている間に、魔法を封じる魔法を重ねがけされたらしい。
ゆっくりと彼女は地上に落ちていく。
それが愉快でたまらない。
「キホテールはこうでなくちゃ! またやろうね!」
キホテールは、落ちるように地面に転がり落ちた。
「後でお仕置きだ……あとは頼んだ……スクルー……」
キホテールは気絶した。顔色は真っ青だ。
スクルートは空で繰り広げられる光景を、……理解が追いつかない。
だが、それでも――美しいと思った。理解できなかった。ただ、美しいと思った。
彼はキホテールを抱き抱えると、宿の中に運んで休ませた。
イブリッドにキホテールのことを頼み、騒ぎを聞きつけて集まってきた近隣住民や警備の者達への対応に向かった。
遅れて、魔塔からフラムの迎えがきた。
簀巻きにされたフラムを、小さなゴーレムが抱えていったのだった。
イブリッドは、寝ているキホテールの様子を見ていた。
(……空中魔法戦、カッコよかった。昔学校で見たものよりも何倍も凄かった)
イブリッドは、空中戦のキホテールの真似をして体を動かしてみた。キホテールは魔法と精霊魔法の組み合わせたオリジナルだ。真似できるわけがない。
(キホテールさんもあっち側の人だ)
そう思うと胸の奥がドス黒く軋む。
(あんな風に魔法が使えたら、きっと気持ちがいいだろうな)
ほっ、はっと腕を動かしてみた。
「イブリッド……さん……。そこ違う……から」
顔色の悪いキホテールが、イブリッドを見つめていた。
「キホテールさん! 目が覚めたんですね。甘くて暖かい飲み物を用意できてますよ。スクルートさんは、外で警備員達に説明しています」
「そっか。ありがと…。いただきます」
キホテールは渡された飲み物を、ゆっくりと口に含むように飲みこむ。
「イブリッドさんは、見ただけで魔法術を理解して覚えられるんだな。それは才能だよ」
「え? 僕に才能が……?」
「うん。だけど、もう少しだけ整えるといいよ……。うう、気持ち悪い……。今日はもう無理…………」
キホテールはそう言うと、また目を閉じてしまった。
息も苦しそうで眉間に皺がよっている。
「ゆっくり寝てください。後でまた様子を見にきます。……あの、宿を守ってくださって、ありがとうございました」
キホテールは力無く笑うと、また眠りについた。
静かに部屋を出て、イブリッドは思った。
(僕は、勝手に憧れて勝手に失望して嫉妬していた。
あんなに苦しむまで頑張ったことなかった)
イブリッドは苦笑しながら歩いた。
(……才能があったって、諦めた時から技術は落ちていく。続けられることが才能なんだな)
もしも、魔法の勉強を続けていたらと思う。
(もっと、いろいろな事ができたはずだった)
美しい魔法戦を見て、まだ胸は高鳴っている。
しかし、イブリッドの足取りは重かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
フラムの二つ名を「歩く火薬庫」に訂正しました。




