7.スクルート、魔塔へ集金に行く
冒険者ギルドの掲示板に、破格の仕事が貼り出されていた。
『魔塔の魔女フラム様から金貨200枚を集金して、商業ギルドに届けること。成功報酬は金貨一枚。冒険者ランクは問わず』
スクルートはその募集を掲示板から剥がすと、急いで受付で手続きを行った。
(集金して届けるだけで金貨一枚! なんという効率だ!)
頬をほんのり染めてギルドを飛び出すスクルートだった。
そんな彼を見て、冒険者達はざわめいていた。
「『歩く火薬庫』フラム様への集金だと……!」
「なんて命知らずな奴なんだ」
「まただよ。商業ギルドも酷いことしやがる……」
スクルートは、地図を見ながら歩いて魔塔へ着いた。
魔塔はおかしな建物だった。奇妙に歪んだ建物。
カラフルな壁の色。
変な形の扉を潜ると、そこは混沌の国だった。
本が浮かび、階段はシーソーをしていて、フクロウが飛び交う。暖炉の中には赤いトカゲが寝そべり、黒猫が高い所から見下ろしている。
塔の真ん中は、上の方まで吹き抜けている。
壁一面に棚があり、本や器具や薬草が乱雑に詰め込まれていた
スクルートは呆然とした。
「なんだ!? ち、秩序はどこだ……? 全てが不測に動いている。気持ち悪い」
見渡せば見渡すほど、平衡感覚がおかしくなる。
不安がジワジワと足元から這い上がってくる。
出直そうと思ったが、金貨一枚の報酬を思い出した。
(金貨一枚貰えたら、9割貯金にまわして、ほんの少しだけ贅沢をしよう。そうだ。酒場で酒を二杯頼んでもいい)
スクルートは受付らしき場所を探して見渡した。
だが、見つからなかった。
「受付はどこだ……? 魔女フラム殿は何処にいるんだ?」
寝そべっていたトカゲが、のそりと起き上がるとペタペタと歩きだして、スクルートの近くで彼を見上げた。
「な、なんだ!?」
スクルートは、トカゲを踏み潰さないように後ろに下がった。
フクロウや黒猫も、興味深そうにスクルートを見つめている。
スクルートはそれが恐ろしくなった。
スクルートは真っ直ぐなものや数字が大好きだ。
ここには、それがない。
「フラム殿! フラム殿はおられぬか! 商業ギルドより集金に来ました!」
スクルートは不安を振り払おうと、大声で叫んだ。
「キャーハハハ!」
突然、甲高い悲鳴が響き渡った。
上の方から赤い髪の魔女が、落下してきた。
「危ない!」
スクルートが受け止めようとすると、赤髪の魔女は空中で静止した。
「なんだ、おまえ。金が好きな男か」
魔女は赤い瞳を見開いて、彼を見つめた。
魂を吸い取られそうな錯覚を覚える。
スクルートは驚いて、ひっくり返った。
頭の奥で何かが警告を発している。
「魔女フラム殿を知らないか。彼女に商業ギルドからの集金にきたのだ」
その魔女はゲタゲタと大笑いした。
「金が好きー。そんな男を金の中に埋めたら、何が咲くかな」
魔女がパチンと手を鳴らすと、何もない空間から金貨がスクルートめがけて降ってきた。
金貨はスクルートの体に当たり、体の周りを埋め尽くしていく。
「あ、ああ……!」
スクルートはお金が好きだが、今は恐ろしさしか感じなかった。
この奇妙な世界で出された金貨も、魔法の一部のように思えて本物かどうか分からない。
(これは本物の金なのか!?)
スクルートはよろけて倒れた。
金貨は、そんなスクルートの体の上に容赦なく降り注ぐ。金貨の重みで胸が圧迫されて息がつまる。怖い。苦しい。
金貨のジャラジャラという音と魔女の高笑いだけが聞こえた。
「アーハヒハハ! 早く芽を出さないかなあ」
スクルートは、だんだん気が遠くなっていった。
「おい! スクルート! しっかりしろ!」
……スクルートが聞き慣れた声がした。
キホテールは、ボンヤリしているスクルートの体を金貨の山から引きずりだした。
金貨は、ジャラジャラとまだ少し動き回っている。
「キホテール……か」
聞き慣れた声に、スクルートはほっとした。
「ああ、そうだよ。集金に来たんだろう。いくら必要なんだ」
「……金貨200枚……を商業ギルドに……」
「わかったよ。ほら、ちゃんと“数えて”袋に入れたからな。入り口まで送ってやるよ」
キホテールはスクルートに金貨の入った袋を渡し、彼に肩を貸してくれた。
「助かった……」
「おまえの声が聞こえたから、様子を見に来たんだよ。ここは苦手だろう。次来る時は、俺に声をかけろよ」
スクルートは金貨で頭がいっぱいで、キホテールの事は忘れていたのだ。
「そうだな。ありがとう……」
「キホテールー。ソレ知りあい?」
「ああ。だから帰してやれ」
さっきの魔女がキホテールに声をかけてきた。彼を見る彼女の目は穏やかだった。
「……ん」
手のひらを差し出している。
キホテールは苦笑した。
「おまえな。食べ過ぎ」
「やーだー」
「しょうがないな。ほら、干しナツメでもかじってな」
「えへへ」
魔女はキホテールからもらった干しナツメを食べると、空中へ飛びあがる。
くるりとスクルートの方に向き直ると、口の動きだけで「次は燃やす?」と笑い、姿を消した。
山盛りだった金貨も、音だけを残して消えていた。
「今の魔女がフラム殿か……?」
「ああ。そうだよ」
「私は、彼女の機嫌を何か損ねたのだろうか……?」
さっきまでの扱いは、とても好意的とは思えなかった。
「おまえを揶揄ってただけだよ。機嫌が悪かったら、火魔法2、3発お見舞いして扉から叩き出してるさ」
「そ、そうなのか……。受付が見つからなくてな。困ったんだ……」
「フクロウとトカゲと黒猫がいただろう。あいつらが受付してる」
「はあっ!? 人外とどうコミュニケーションするんだ?」
「あいつらの気分次第。ここは魔塔だからな」
「彼らが気にいらなかったら、どうなるんだ?」
「………………うん、まあ。無事で良かったよ」
キホテールは視線を逸らした。
スクルートは、それ以上聞けなかった。
キホテールや赤いトカゲ達に見送られて、スクルートは魔塔から出た。足元がしばらくふらついた。
彼は、もう2度と魔塔に関わり合いになりたくないと心から思ったのだった。
スクルートが商業ギルドに金貨を届けると、大騒ぎで出迎えてくれた。
スクルートが怪我をしていなかったので、ギルドの人達は感心していた。
そして、次からの集金もお願いされてしまった。
……スクルートは悩んだ。断ろうと思った。
正直にいって、もう関わりたくなかった。
しかし、子どもの小遣いレベルの仕事しか貰えない現在、金貨一枚の仕事は涙が出る程ありがたいのだ。
……背に腹は変えられないと思い直した。
引き受けることにしたのだ。
スクルートは報酬の金貨で、キホテールに差し入れをしようと心に固く誓った。
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