5.キホテール、魔法を教える
スクルートは、自分が魔法を習う日が来るとは思っていなかった。
ノア亭の中庭で、スクルートはキホテールから魔法を習うことになった。
キホテールは、真剣に教え方を考えた。
(そうだな。スクルートは火の魔力の気配がある。最初は火魔法がいいだろうな。何か楽しみがあるとやる気もでるし、魔法のイメージも作りやすいだろう。そうだ。芋を焼いてみるのがいいかもな。じゃあ魔法で焚き火の用意して芋を砂に埋めてと。簡単だよな)
「スクルート。お前には火魔法の才能がある」
「本当か!」
スクルートは喜んだ。
キホテールは彼のそんな様子を見て嬉しくなった。
「じゃあまず、この焚き火に爆炎魔法で火をつけて芋を焼いてみようか」
「……は?」
スクルートが固まった。
キホテールは不思議になった。
(何が不味かったんだろう。スクルートは芋が嫌いだったかな。いや、いつも食べてるよなあ。……焼き栗が良かったか? しかし、手持ちに栗はない)
「栗の用意はしてないんだ」
「なぜ栗が出てくる?」
(……芋が原因で固まったんじゃなかったのか?)
「栗でないとヤル気が出ないのかと思った」
「いや。栗とか芋の問題ではなく、まず火の魔法の出し方が分からないんだ」
スクルートは根気よく説明した。
キホテールは丁寧に魔法を説明する。
「世界には魔力の流れがある。自分の中にも。魔法はイメージを強くもって、それを魔力と接続するんだ」
「言っている意味が分からない」
「え!? 分からないのか……」
キホテールは苦悩した。生まれた時から息を吸うように魔法が身近にあった。母親も魔女だったから、魔法が分からない感覚が、彼には分からない。
(どうして分からないのか、本気で分からない……。どうしたらいいんだ、これは?)
彼は、スクルートにどう言えば分かってもらえるのか、それが分からなくて悩み出した。
そんなキホテールの近くを、鳥が飛んだ。
「あ、鳥だ」
(鳥が低く飛んでいるってことは虫が低い位置にきてるってことだ。虫が低い位置に移動するのは、雨が降る前兆かもしれない。今夜は雨か。もっと早く降るかも。スクルートの火魔法と雨は相性が悪い。早めに切り上げるか。しかし今やる気になってるのに、止めるのは成長によくないよなあ)
スクルートはイライラした。
「人の話を聞け!」
「聞いてるよ」
「聞いていない! なぜ話の途中で鳥が気になるんだ」
「お前の魔法の訓練だよ」
「絶対に違う!」
スクルートは、自分は真剣にやっているのに、キホテールはあっちこっちに興味がうつっているようにしか見えない。軽んじられているようで腹が立った。
宿屋の主人であるイブリッドが、その様子を見てハラハラしていた。彼はため息をついた。
(どっちが言ってることも、僕は理解出来るんだけどな。ちょっと教えてあげようかな)
イブリッドは中庭にでて、スクルートに話かける。
「鳥が低く飛ぶ時は雨が降るんですよ。火魔法の訓練に向かないので、キホテールさんは気になるんだと思います」
「……は?」
スクルートは驚いてキホテールを見た。
キホテールは、深く頷いている。
イブリッドは、さらに続けた。
「キホテールさん、スクルートさんは最後まで自分に集中して話してくれないと、無視された気がするんですよ」
「……へ? そうなの?」
「その通りだ。とても失礼だと感じた」
「あ、ごめん。俺、火魔法の訓練止めるか、お前のヤル気を優先するかで頭いっぱいだった」
「……そうか」
今にも喧嘩になりそうだった二人の雰囲気が、少しだけ柔らかくなった。
スクルートは、少しでも早く魔法を使えるようになりたかった。それにキホテールは魔塔の仕事もあるから、これから自由時間が減るだろう。次の訓練がいつになるか分からない。
「雨が降るまで、訓練を続けてもらいたい」
「ああ。分かった」
キホテールは、魔法のイメージをスクルートにどう教えるかで頭を悩ませている。
(魔法って、身についた感じの楽しいイメージが大事なんだよな。暗いイメージは萎縮しちまって魔法が出しにくいんだ)
「スクルートは、“火”で楽しい思い出は何がある?」
スクルートはまた話が飛んだと思ったが、真面目に答えた。
「そうだな。冬の訓練が終わった後に、団員達が火を起こそうとするんだが遅くてな。遅すぎるのは機能的じゃないと怒ったらすぐに火をつけたよ。それから、町で火の不始末で火事があった時に団員で消火してな、不始末起こした人を叱って、町の治安に貢献できた時は嬉しかったな」
「……うん。駄目だな」
(火魔法が起こせるような、明るく楽しい思い出じゃない。こいつ、頭が硬すぎるんだ。どうしよう……)
「……何が駄目なのか、言ってみろ!」
スクルートは、キホテールはまた人の話を聞かないと思った。
キホテールは、必死でスクルートから楽しい火の思い出を引き出そうと悩んでいる。
「……そうだ! 子どもの頃なら、楽しい火の思い出あるだろう?」
「人の話を……。子どもの頃も変わらない。うちは全員騎士だったからな。火の管理は厳重だった」
「マジか……」
スクルートもイライラしているが、キホテールも絶望してきた。
「頼む。何でもいい。楽しいことを思い出してくれ」
「く……、そうだな……年末の祭りで、綺麗な蝋燭を食卓で灯すんだ。あれは綺麗で楽しみだった」
スクルートの真一文字の唇がほんの少し上がった。
目元も少しだけ優しい。
「それだ!!」
「何がだ」
「その祭りの蝋燭の火をイメージするんだよ!」
「……はあ?」
スクルートは分けが分からない。そんなイメージで火魔法が使えるなら、誰だって魔法使いになれるはずである。
キホテールは熱っぽく続けた。熱く語れば、スクルートにイメージがより伝わる気がしたからだ。
「とにかく、そのイメージを頭の中に強く思い浮かべ続けるんだ。そうしたら、何か暖かいものが胸の中に湧いてくる。それを指先に移動させるイメージをするんだよ!」
「そんなもので……いや、とにかくやってみよう」
スクルートは理論的に説明できないものは苦手だった。しかし、今はキホテールが先生なのだ。納得できなくても従う義務がある。
スクルートは、蝋燭の火を思い浮かべ続けた。
……しばらく続けるが、何も感じない。
だんだん何が正しい感覚なのか分からなくなってきた。脂汗まで出てきたし、眉間に深い皺がよっている。
キホテールが困ったように呟いた。
「……なんで楽しい事を思い出して、眉間に皺よるんだ、おまえ……」
スクルートも困っているが、キホテールも困っていた。
イブリッドが優しく言葉をかける。
「スクルートさん、最初は感じにくいでしょう。楽しかった気持ちを思いだす感じでいいんですよ」
「む、そうか……」
スクルートは必死で楽しかった気持ちを思い出そうとした。
キホテールはイブリッドに感謝した。生まれた時から魔法が当たり前だったために、上手く言葉にできない自分を恥ずかしく思った。
「イブリッドさんは、魔法習った事あるんですね」
「ええ、昔魔法使いに憧れてね。キホテールさんみたいに優秀な魔法使いにはなれませんでしたが」
「俺は母が魔女だから、魔法が当たり前だっただけです」
「そうだったんですね。魔法に馴染みのない環境で育つと、魔法のイメージを掴むのは難しいんですよ」
「……そうみたいですね」
キホテールは、スクルートを見た。
時々、眉間に深い皺を寄せては真顔に戻るスクルート。彼が必死で魔法を学ぼうとしているのは伝わってくる。
いろいろ気になって口に出したくなるが、スクルートは最後まで自分を見ていてほしいのだ。だから、必死で黙っていた。それはもう、必死で黙った。
空が灰色の雲で覆われて、風が冷たくなってきた。
雨が降る気配が強くなってきた。
キホテールが、今日はもう諦めようと声をかけようとした時である。
……その時だった。
スクルートの指先に、マッチ一本分の火が灯った。
キホテールは嬉しくなって叫んだ。
「やったー!! やったじゃねえか、スクルート!」
「やりましたね、スクルートさん!」
次の瞬間、スクルートの火は消えた。
スクルートは黙って指先を見ている。
「……こんなものか」
(これが、私の限界か)
キホテールは嬉しくてたまらなくて、スクルートの背中を叩いた。
「最初はそんなもんだって! 大丈夫さ。最初は小さな火でも無限の可能性があるんだ。もっと強く自由に魔法をイメージできるようになれば、魔法は必ず答えてくれる! 魔法陣や魔道具と組み合わせれば、どこまでも深淵に幅広く世界を広げられるんだ! おまえは、その第一歩を踏み出したんだ。おめでとう! スクルート!」
中庭を小躍りしながら喜ぶキホテール。
三体の精霊達も、彼の周りを楽しそうに飛び回っていた。
スクルートは苦虫を噛んだような顔をしている。
「……苦労してこんなものか。私には価値がないのか」
「そんな事ありませんよ、スクルートさん。小さく見えても、あなたは一歩成長したんです」
「キホテールは、どうやって魔法を自由に使っているんだ」
「魔法は再現性が少ない技術です。キホテールさんは、どこまでも真っ直ぐに自由にイメージを広げられるんでしょう。魔法学校のエリート組がそうでしたから」
「……どこまでも真っ直ぐに自由にか」
「ええ」
それは、スクルートにはとても難しい事だった。
美しい蝋燭の思い出も、取り扱い厳重注意の貼り紙を一緒に思い出してしまうのだ。自由とは程遠かった。
(魔法剣士になって騎士団入団は、夢のまた夢だな)
ポツポツと冷たい雨粒が頬に当たった。
「本当に雨が降ってきたな……」
「スクルートさんもキホテールさんもお疲れ様です。暖かいお湯でも淹れましょうか。お茶やお酒は有料になりますが」
「ありがとう。イグリッドさん」
楽しそうに踊るキホテールを見ながら、スクルートはトボトボと宿の中へ入っていった。
しばらくしたある日の事、スクルートはキホテールからお祭り用の蝋燭をプレゼントされた。
それは、とてもカラフルで大きな蝋燭だった。
スクルートの趣味ではなかった。彼は合理的なモノトーンが好きなのだ。
キホテールは嬉しそうに笑って言う。
「初給料貰ったからさ。おまえの初魔法のお祝いに買ってきたんだ!」
「…………そうか。ありがとう」
スクルートにそう言われると、キホテールはもっと嬉しくなった。そして、風のように走っていった。
スクルートは、彼の自由さに呆れた。
(やれやれ、私の趣味じゃないんだが)
彼は一瞬、ゴミ箱が目に入った。
……しかし、思い直した。
いつも綺麗に掃除してある棚の上に置く。
モノトーンの彼の部屋に、そこだけ色があった。
「……なぜ捨てなかったのだろうな」
スクルートはそう言いながらも、毎日綺麗に蝋燭の埃を払うのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




