4.スクルートの市場価値
この物語を訪ねてきてくださってありがとうございます。
“市場価値と自己価値のズレ”がテーマの回です。
よろしくお願いします。
スクルートとキホテールは、常宿も決まり、ようやく落ち着くことができた。
それぞれ仕事を見つけようと考えて、キホテールは魔塔へ、スクルートは騎士団へ向かった。
スクルートは騎士団の受付へ行き、入団したい旨を背筋を伸ばし礼儀正しく伝えた。
受付の男性は、困ったような顔をする。
「推薦状はありますか?」
スクルートは正直に答えた。
「いえ、持っておりません!」
彼は地元の騎士団をクビになったので、推薦状は貰えなかったのだ。
「それだと入団は、一年後の一般応募の時になります」
「えっ! そんな……せめて入団試験だけでも受けさせて下さい」
「すみませんねぇ。上が恐いお人なので、例外は認められないのです」
受付の人は、丁重に断った。
スクルートは唖然としたまま、騎士団の建物を出た。
(一年後の一般応募まで待てだと……! それまで、どう食いつなげというのだ。そうだ、冒険者ギルドに行って登録すれば、日雇いの仕事もあるはずだ)
毅然と歩きながらも、スクルートの心の中は絶望でいっぱいだった。
キホテールは、魔塔へ仕事を探しに来ていた。雑用でももらって最低限のお金を稼いで、あとは自由にやるつもりなのだ。
魔塔の受付で、臨時の仕事がないか聞いていた時だ。
派手な赤い髪と瞳の魔女がやってきた。ボサボサ頭で、瞳がキラキラしている。華奢で小柄だが迫力のある娘だ。
担当の人が青ざめて固まった。
魔女はキホテールに無言で手のひらを差し出した。
(ああ。お菓子が欲しいのかな。ポケットの中に甘いお菓子いれてあるもんな。この娘、千里眼持ちか空間認識能力のレベルが凄く高いんだろうな)
キホテールはポケットに手を突っ込むと、お菓子を掴んで魔女の手に載せてやる。
魔女はニッコリと笑うと、お菓子を口に入れて去っていった。
担当の人は、食い入るようにキホテールに質問してきた。
「……君は、彼女が言いたいことが分かったのか?」
「ええ。お腹空いてたんでしょう。凄く才能のある娘ですね。さすが魔塔だなあ」
キホテールはヘニャリと笑う。
「君! うちに就職したまえ! 君の部屋も用意しよう!」
「へ? 俺は小遣い稼ぎの雑用仕事でも貰えればいいんだけど……」
「そんな事言わないで! 頼むから! 言葉がなくても分かる……それは魔塔では何より貴重なんだ。
おーい! 期待の新人が来たぞー!!」
「「「おおおおお!!!」」」
奥から、たくさんの魔法使い達が雪崩れ込んできて、キホテールを囲む。
「うちに就職したまえ!」
「おやつもつけよう!」
「え? あの俺は……」
「「「頼む!!!!!」」」
キホテールは断りきれなかった。就職が決まり、部屋も用意してもらえることになった。
彼は謎展開に困ったが、面白くも感じていた。
一方、スクルートは冒険者ギルドで登録もすませて、仕事の紙が貼られている掲示板を眺めていた。自分ができる仕事の紙をとり、受付で申請して受理されれば、仕事になるのだ。彼の冒険者レベルはFランク。受けられる仕事も簡単なものばかりで報酬も低い。
そんな仕事の中に、『魔法剣士、常時募集。騎士団より』と書かれた紙が貼ってあった。
スクルートは思った。
(魔法が使えれば、すぐにでも騎士団に入団できるのか……)
しかし、スクルートは魔法が使えない。彼が知っている魔法使いは、彼が苦手なキホテールだけである。そして正式に魔法学校へ通って習うには、資金が心許なかった。
(どうしよう……)
掲示板の前で噂話をしているのが聞こえてくる。
「魔法剣士は高給取りらしいぜ。魔法使える奴はいいよなあ」
「市場価値が違うよな。羨ましいぜ」
(市場価値か……)
スクルートは手にした紙を強く握りしめた。指先が白くなるほどだった。
(私は間違っているのか……)
スクルートは胸の奥がムカムカして哀しくなってきた。どうして認められないんだと、悔しかった。
気分の悪さに悩みながら、子どもの小遣い稼ぎ程度の薬草集めの仕事を受けた。
夕方、二人は常宿のノア亭に戻ってきた。
宿の食堂で、主人のイブリッドが作ってくれた食事を食べながら報告をしあう。
「キホテールは、魔塔の就職が決まったのか!」
「ああ。なぜか、そうなったな。部屋も用意してくれるって。おかしな所だよなあ」
「そ、そうか……」
(部屋まで用意してもらえるだと!? 特別待遇ではないか!)
「大丈夫か? スクルート。顔色悪いぜ」
「あ、ああ。私は、もう休む」
「そうか。無理すんな」
「おやすみ」
スクルートは、不安でいっぱいになりながら部屋へ戻った。明日も冒険者ギルドで仕事を探さなくてはいけない。体調を万全にして、任務を遂行するのが騎士なのだ。
しかし、スクルートは、その夜あまり眠れなかった。
次の日、キホテールは魔塔へ行った。
空はどんよりと曇って風も冷たく、嵐がきそうな雰囲気である。
(落ち着かない天気だな。雷でもなったら、面白いんだが)
キホテールが、そう考えているとドーンと何処かで雷鳴が鳴った。魔塔の周りの森もざわめいている。
(魔力がなんか溜まってんなあ。さすが魔塔様ってか)
キホテールが魔塔に入ると、魔法使い達がやって来た。
「キホテールさん、来てくれたんですね!」
「朝早くからお待ちしていました!」
「さあ、お部屋へ案内しましょう!」
「え? あの……?」
キホテールは戸惑うが、部屋へ強引に連れていかれた。
彼の部屋は棟の一番上にあった。その階には四部屋あり、部屋の中も広く快適だった。
(おいおい、いくら何でも厚待遇すぎるだろう)
その時である。
「キャーハハハ」
「キヒヒヒヒ」
「うううーあいー」
楽しげな笑い声が聞こえてくる。
魔法使い達は、慌てて部屋の隅へ逃げ固まっている。
「おい! どうした?」
キホテールが心配して、魔法使い達に声をかける。
「キホテールー」
「覚えた」
「お菓子をくれた」
三人の魔女達が部屋に乱入してきたのだ。
昨日見かけた赤い髪に赤い瞳の魔女、それに青い髪に青い瞳の魔女と、緑の髪に琥珀色の瞳の魔女だった。
「遊ぼー」
「お菓子ー」
「ドーン」
魔女達は、突然三方向から魔法を仕掛けてきた。
「困った子達だな! やりすぎだっての!」
キホテールは三体の精霊達に願い、それぞれの魔法に対して防御魔法をはって防いだ。
「「「……無事だ」」」
「「「おおー」」」
魔法使いと魔女達の感嘆の声が響き渡る。
「あのー、俺、就職辞めていいっすか」
魔法使い同士は、ふざけて魔法をかける事がある。それは文化なので別に問題はない。
しかし、キホテールの危険察知能力が警告を鳴らしまくった。
この階の他の部屋は、おそらくこの魔女達の部屋だ。つまり、ここに就職すれば、24時間魔女っ子達が乱入してきて魔法を仕掛け、おやつをねだる未来が、ありありとうかんでくる。気の休まる時間などないだろう。
「そんな事、言わないで下さい!!」
「お願いします! お願いします!」
「「「キホテールー行かないでー」」」
魔女達や魔法使い達に抱きつかれ説得され、キホテールは折れてしまった。
夕方、宿に帰ると、キホテールは宿の宿泊期間を延長した。
それを見ていたスクルートが、複雑な表情で忠告してくる。
「どうして宿泊を延長するんだ。無駄遣いじゃないのか。貯金して老後の資金にした方がいい」
「……俺には、一人で自由に使える空間が必要なんだよ……。“ドーン”連続はキツすぎる……」
げっそりした顔で手続きの書類を書き込むキホテールに、スクルートは何かを言いかけて止めた。
(“ドーン”とは何の意味だ? しかし、今では私よりも立場が上のキホテールに、疑問を持つ事は許されるのか……)
スクルートはスクルートで悩んでいた。
魔塔に自分の部屋があるのに、宿の部屋までとるキホテールは無駄使いの塊だ。だがキホテールは自分よりも市場価値があるのだ。キホテールへの劣等感で心が押し潰されそうだった。
スクルートは、一番安い酒をチビチビと飲みながら悩んだ。いつも真っ直ぐな彼の背中が、少し猫背になっている。
「私に魔法が使えたら、すぐに騎士団に入れるのに……」
彼のピッチリと分けてある黒髪が、一本だけ悩ましげにハラリと崩れた。
主人のイブリッドは、そんなスクルートに優しく声をかけてきた。
「私も昔魔法を習ったことがありますが、独学は難しいですよね。幸い、キホテールさんは魔法がお得意なようです。キホテールさんに習ってみてはどうでしょうか」
スクルートはイブリッドを見た。
(……頼るのか? 私が……)
彼は疲れた地味な男だ。だが、彼の言う通りだ。
(悩んでいるだけでは、何も変わらない)
スクルートは震える声でキホテールに声をかけた。
「キホテール、……お前は“価値がある”んだ。私に魔法を教えてくれないか」
キホテールは驚いた顔をした。そして言った。
「いいぜ。スクルート」
キホテールは柔らかく笑った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




