12.キホテールのお片付け〜スクルートのやりすぎたルール〜
「イブリッドさん、助けて……!」
キホテールは、部屋で死にかけていた。
積み上げに積み上げた物が、体の上に崩れてきたのだ。いつもなら魔法でどかせるのだが、運の悪いことに魔法で発火する魔法陣が大量の物の中に埋もれてしまっていた。うっかり魔法を使えば、ノア亭が火事になりかねない。
物で埋もれて体は動かず、魔法も使えない。
キホテールは最後の手段、大声で助けを求めた。
「どうしました!? キホテールさん」
イブリッドの声にほっとするのも束の間だった。
「あれ!? 鍵は開けられたのに扉が開かない!」
部屋の扉の前にも物がいっぱいに積み上がっていた。
「あ……いつも魔法で浮かせてたから、気づかなかった……」
冷たい汗が、キホテールの額から流れる。
「どうしよう……これ……」
「どうした? イブリッド殿」
「スクルートさん! キホテールさんが助けを求めてるんです。なのに、扉が開かなくて……!」
「うむ。まかせろ!」
「え!? ちょっとまって……」
キホテールの静止も意味なく、スクルートの荒々しい足音がして扉に体当たりをする音がした。
扉は開き、それと同時に扉の前に積み上がった荷物もふっとんだ。部屋の中は滅茶苦茶である。
「あちゃあ……」
物の下敷きになったキホテールは、慌てるイブリッドと、心底呆れ返ったスクルートのへの字口を見つめた。
「キホテールさんは、大切なお客様です」
穏やかなイブリッドが、珍しく強張った声で話す。
「……ですが、部屋の中を片付けていただかないことには、これ以上の逗留をお断りさせていただきます」
「は。はい……」
要するに、部屋を綺麗に使わなければ出ていってもらうと宣言されたのだ。
キホテールは、この宿が気に入っていたので困り切ってしまった。
「片付ければよいではないか! …もはや、どうやれば此処まで酷いことが出来るのか不思議なんだが」
スクルートは部屋の中を見た時、愕然とした。
ピンクや紫などの様々な色が、ごちゃ混ぜになって積み上がっていたのだ。
人間がする所業ではない。品性の欠片も感じられない。これが、騎士団だったならば、厳重注意と三ヶ月トイレ掃除の罰だろう。
(イブリッド殿が優しいから、つけあがっているのか? それならば、私が厳重注意して然るべきだろう。全部捨てろと! それがキホテールの為にもなる!)
スクルートは、怒鳴りつけようと息を吸い込んだ。
「片付けるの、教えてください……。ここにあるの、全部俺の宝物なんです」
「ぜ、全部宝物ですか……!!」
キホテールが弱ったように言った。
「はい。思い出の品とか、貴重な魔法道具とかです」
イブリッドは、ため息をついて優しく答えた。
「……扱い方を変えましょう。宝物が多い人は、選べる人ですよ。とにかく、扉の前に物を置くのだけはやめましょうね」
「はい……」
ゴフッ。
スクルートは、気勢を削がれてむせた。
キホテールのことだから、生意気にも言い返すと思っていたのだ。
イブリッドが続ける。
「扉までの一本道と、最低の生活ラインは守りましょう」
「はい。そうします」
ゴホゴホ。
スクルートは、気管に唾が入って更にむせた。
キホテールは馬鹿だから、人の言うことを聞くと思っていなかったのだ。
(何が違うんだ!? イブリッド殿だからなのか! 何か私も有益な事を言わなければ!)
スクルートは大袈裟に咳払いした。
「まず、置く場所は選べ」
「置く場所って?」
「使う物は手前、使わない物はまとめろ」
「なるほど。やってみます……」
スクルートがアドバイスしても、なぜかキホテールには伝わらない事が多い。この機会にスクルートはキホテールに、もっと自分の有用性を認めさせたかった。この部屋をスクルートの部屋のように片付けたくなったのである。目に入る物は片付けたくなるのだ。
「私が片付けを手伝おう」
「そうですね。私も時々様子を見にきます」
「助かるよ。ありがとう」
こうして、キホテールの部屋のお片付けが始まった。
キホテールが、片付けで古いバックの中身を床にぶちまけた時だ。バックの中から、大切に保存魔法がかけられたネモフィラの花の栞が転がり出てきた。
キホテールは、その栞を手に取って眺め深いため息をついた。
「ネモフィラ……」
彼の故郷は、青いネモフィラの花畑が一面に広がる美しい村だった。風の匂いが蘇る。
「……遅かったよな」
キホテールは、栞を見つめて思い出に耽った。
「なんだ。まだ全然片付いていないではないか」
スクルートが、全く何の気配りもなく部屋に入ってきた。手には片付けに使うであろう品を持っている。
「……ちょっと思い出に浸っちゃったよ」
「思い出の品は最後に片付けるんだ。気持ちの整理に時間がかかるからな」
スクルートはキホテールに綺麗な箱を差し出してきた。
「この箱なら思い出の品を入れたと思い出せるだろう」
「……ああ。そうだな。時間がかかるんだ。綺麗な箱だ。……ありがとう、スクルート」
キホテールは、栞を箱にそっと入れた。
スクルートは驚いた。
「どうした、そんなに大切な品か」
「そうだな。クズみたいな思い出だけど、やっぱり忘れられないんだ」
「そうか。それから、イブリッドが休憩するならお茶を入れると言っていた。どうする?」
キホテールは、思い出を振り払うように頭をふって言う。
「休憩しようか。頭を切り替えないとな」
「それがいい。適度な休息は効率をアップさせる。機能的だ」
「へいへい。じゃあ、荷物の中から発掘した食物も持って皆で食べようぜ」
「……大丈夫なのか、消費期限とかは?」
「多分?」
「多分では駄目だ! 危険だろう!」
「大丈夫だって! 匂いが変でなければ大抵食える!」
「不安しかない……」
キホテールは、スクルートの背中をバンバンと叩いて階下を降りる。
(時間がかかる……。そうだ、時間をかけていい。いつか笑い話で話せるようになるまで置いていこう)
複雑そうなスクルートが、その時キホテールには頼もしく見えたのだった。
イブリッドの入れてくれたお茶と、キホテールの謎の食べ物で気分転換をした後、片付けは再開された。
そして、キホテール達は揉めていた。
まず、キホテールのルールがスクルートに理解出来なかった。
「……おまえルールじゃ何も分からない。せめて一行で良いからメモを残せ。そうすれば、俺はお前が1番大事なことが分かるから」
キホテールは大真面目に返答する。
「世界は全部大事だぜ」
「世界じゃない。お前にとってだ!」
「俺の…?」
「おまえにとっての1番大事な事だ!」
「意味あるのか」
「ある! 少なくとも、私にとってはな」
キホテールは、スクルートの言葉に面食らった。
自分の事など、野生生物としてしか認識していないと思っていた。
彼が自分の大事な事を意味があると言った事に照れてしまった。
「……分かった。それなら出来るかも」
キホテールは、スクルートがくれたラベル用紙に感じた事を書き込んでいく。
スクルートは生真面目にキホテールのメモを見て、物を分類していく。たまに、謎すぎる言葉にキホテールに聞いてくる。
「『大事』『たぶん大事』『すごく大事』『ちょっと大事』『いつか使う大事な物』……。もう少し他の言葉はないだろうか」
スクルートは怒鳴りつけたいのを我慢した。さっき見たイブリッドの態度を見習おうとしたのだ。
キホテールも困ったように笑う。
「ごめんな」
「……まあいい。魔法は言葉よりもイメージ先行なのだろう。これなら、見えなくなる片付けよりも、ざっくりと分けて、見て分かるように配置しよう」
「ありがとうな。スクルート」
「……ゴフッ」
スクルートは素直なキホテールに気管が詰まった。
(やりにくいが、良い機会だ。前から片付けたかった簡単部屋だ。徹底的にやろう)
スクルートは、謎の紫色の物体を手にとる。
「これは何だ?」
「男を強制的に女に変える魔道具だ。扱い間違えたら命に関わる危険物なんだけど、今後の為に買い取ったヤツ」
「そんな危険な物を床に転がして置くんじゃない!」
キホテールは照れたように笑った
「宴会芸に使えるかなあって。面白いだろう」
「面白さに命をかけるんじゃない!」
スクルートはキホテールの説明を聞き、細かくラベルに書き込んでいく。
時間をかけて、どんな些細な事も丁寧に書込み、ラベルを貼りつけていった。
大雑把なキホテールは、だんだんそれが無駄な時間に思えてきた。物の価値は、その時その時で変わる物だ。スクルートは、その度にラベルを書き直して貼り直すつもりなのだろうか。
「なあ、スクルート。そんなに細かに丁寧にやらなくても、大体分かればいいんじゃないかな」
「ラベルをつけるのは、片付けのルールだ。ルールは守るべきものだ。守らない奴は怠慢なんだ」
キホテールは、何がどこにあるかは理解している。
物に宿る魔力を感じとればいいのだ。
そして意味が変わればまたラベルを書いて貼り直すそんな細かな作業は、キホテールには出来ない。
(そうだ。別視点から見たら、スクルートのやつも考えが変わるかも知らないぞ)
「スクルート君。あのさ、未完成の美学ってどう思う?」
キホテールは、スクルートに路傍の石を見るような目で見られた。
……優しく話したのに、解せぬ、と彼は思った。
「未完成の美学など、亡くなった芸術家以外認められない」
「……いや、その、俺はただ……未完成の片付けもいいかなって言いたくてさ……」
キホテールは困ってしまった。
どう言えば、スクルートに伝わるのか分からない。
「そうですねぇ。ルールはね、守りすぎると硬直して崩壊や混沌に繋がることもあるのです。だから、ルール自体を見直す時もあると良いんですよね、キホテールさん」
イブリッドが、キホテールの部屋にやってきた。
スクルートは、硬い物をうまく飲み込めないような顔をしている。
「……そういうことも、あるのだろうか」
「ええ。入り口とベッドの上は綺麗になりましたね。そろそろ夕食にしませんか。2人ともお疲れさまです」
「そういや、いい匂いがする」
「……そうだな。今日はこのくらいでやめよう」
3人は宿の食堂に降りていき、温かい夕飯に舌鼓を打った。
部屋に戻る時、キホテールはスクルートに声をかけた。視線を逸らしながら、言いにくそうにしている。
「……今日はありがとな。あのさ、ラベル用紙売ってる所を教えてくれよ。俺ちょっとは買う物減らして、ラベルに一行くらい書いて貼るようにするよ」
スクルートは生真面目な顔を崩さなかったが、胸の奥がじんわりとする謎に戸惑っていた。
「……そうか。ラベル用紙はたくさんあるから分けてやろう。店の場所を書いた地図も後で渡してやる」
「へっ!? ありがとうな……」
(あのケチなスクルートが分けてくれるだと!? 明日は雪かもな……)
2人のやり取りを聞いて、イブリッドは微笑んだ。
(まあ、片付けって簡単に整えられないんですよね。少しずつです。何事も)
その夜、キホテールは久しぶりに片付いたベッドで足を伸ばして熟睡したのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます




