13.行こうぜ、スクルート
「おまえに仕事の依頼だ。スクルート」
「なんだと。ついに私も依頼をしてくれる程、認められたのだな!」
ある日のこと、スクルートは冒険者のギルドマスターに声をかけられて、指名依頼を受けた。
「ああ。しかも報酬は金貨一枚と銅貨2枚だ。いい話だろう」
「素晴らしい! どんな依頼でも引き受けようではないか!」
「男に二言はねえな!」
「勿論だとも! どんな依頼なのだ?」
(報酬も高額だ。一体どんな方が自分を認めてくれたのか)
スクルートは天にものぼりそうなほど舞い上がった。
「魔塔からだ。王宮パーティで魔女様のエスコート役を務める依頼だ」
「なんだとおおー!?」
スクルートの悲鳴が、冒険者ギルドに響き渡った。
古ぼけた窓ガラスにピシリとヒビが入り、ギルド長は両耳を手で塞いだ。
「ま、まじょ……王宮……? 今度は何の悪戯だ……」
「落ち着け。スクルート。これは正式な依頼だ。おまえ、魔女達のお気に入りなんだろう。噂は聞いてるぞ。男に二言はないだろう?」
「そ、それは……」
ギルド長は、スクルートの前に報酬の袋を置く。
重たげなガチャガチャと音がする。
「これは、依頼料とは別の支度金だ」
「こ、こんなに……」
「ああ。全部おまえのもんだ」
スクルートはゴクリと唾を飲み込んだ。
これだけあれば、しばらく働かなくても済むだろう。魔女は嫌でたまらないが、金は大好きだ。
「わ、わかった。引き受けよう」
「よし。魔法契約書にサインしてくれ」
高価な羊皮紙の文章を隅から隅まで読み尽くす。
小さな文字でも見落としてはならない。
相手は魔女なのだから。
スクルートは、緊張しながらサインをした。
ギルド長は満足気に頷き、スクルートに店の名刺を渡した。
「その支度金を持って、この店に行け。全部整えてくれる。日時をちゃんと守れるな」
「ああ。分かった」
スクルートは不安と緊張でよろめきながら、部屋を出ていった。
ギルド長の秘書が、大きなため息をつく。
「悪いお人です。スクルートさん、真面目な方なのに……」
「おいおい。魔女達が王宮パーティでやらかしたら、責任を取る奴が必要だろう。運が良ければ、首は繋がってるはずだ」
「お気の毒なスクルートさん……」
「祈ろう。また奴に会えることに……」
ギルド長と秘書は、彼の幸運を心から願った。
スクルートはキホテールに話を聞こうと思ったが、彼は宿に帰ってこなかった。連絡用魔道具を使っても出ることはなかった。
不安なままで、スクルートは指示された時間に店へ向かう。
店は高級ブティックで、ギルド長に渡された契約書と支度金を見せると、満面の笑顔で迎えてくれた。
彼はこんな高級な店に来ることは初めてだ。
「いらっしゃいませ! 全て私どもにお任せください。気持ちを楽になさってください!」
「よろしく頼む……」
緊張でガチガチになりながら、店の奥へと案内された。店の奥には綺麗な装飾のシャワー室があった。いい匂いのする石鹸で体を洗い、ガウンを着せられて椅子に座らされる。眉や髭を剃られて、髪も整えられた。
極上の扱いに、スクルートは居心地が悪くなってきた。とにかく慣れないのだ。優しく話しかけられても、「うむ」とか「ああ」しか言えなかった。
パリっとした上質な服を着せられて、花の香りのようなコロンを吹き付けられる。
スクルートは大きな鏡の前に立たされた。
(……誰だ、これは?)
美しい仕立ての服に着られている不安な男が、鏡に映っていた。
「素晴らしいお姿です、お客様! 姿勢がよろしいですね。とても立派な紳士です!」
「そ、そうか。ありがとう……」
「そろそろ迎えの馬車が来ます。入り口まで、参りましょう!」
「ううう……そうだな」
スクルートは胃がシクシクと痛み出した。
馬車に揺られながら、金に目が眩んだ事を後悔し始めた。
(王宮のパーティだと? 流石にそれは悪戯だと思うがな。あの魔女達のことだ。また魔法とやらで大騒ぎするに違いない。こんな大金をかけるなんて、やり過ぎだ。一度叱ってやりたい!)
しかし、あの魔女達を叱ろうとすれば魔法をかけられて踊らされてしまうだろう。
(……とにかく、今夜も何かの宴だろう。それさえ乗り越えれば、報酬が貰える。……耐えろ。根性だ!)
スクルートが悩んでいると、豪奢な城が見えてきた。観光ガイド本に載っていた王宮である。馬車は王宮の門をくぐり、奥へ奥へと進んでいく。
そして止まった。
スクルートが馬車から降りると、黒い侍従服を着た若者が、洗練された動きでスクルートを、王宮の一室へ案内してくれた。
彼が部屋の中に入ると、見たこともないような絶世の美女達がいた。
「……は!? 失礼! 部屋を間違えたようだ!」
スクルートは焦った。
さっきの案内人は、部屋を間違えたに違いない。
クルリと踵を返して部屋から出ようとする。
扉の向こうに、煌びやかな白い服を着た男が居て、スクルートはぶつかりそうになった。
「これは失礼した!」」
「お、スクルートじゃん。似合ってるぞ」
「……はい?」
白い服を着た男はキホテールだった。いつもの格好とあまりに違うので分からなかったのだ。
「おっそーい!」
「おなか……へった」
「早く食べさせて」
「へいへい。ドレス汚さないように前掛けしてやるから。メイク崩れないように食べろよ」
美女達は、魔女達だった。
一口で食べられるものを、ちまちまと嬉しそうに食べている。
スクルートは理解が追いつかない。
「……え? あの魔女達なのか? どうやって? 何故こんな美女に? 魔法か?」
「いやまあ、商業者ギルドから派遣された美容スタッフが神技レベルなんだよ。俺も驚いたよ。金貨200枚はかかるらしいぜ」
「きゅうくつでキライ」
「はやく……おわるといい」
「仕事だから我慢してる」
スクルートは、顎がはずれそうな程驚いた。
魔女達の美貌は、国が傾くレベルだ。それに金貨200枚もかけた美容技術。地面が崩れていく気がした。
いつもはボサボサ頭のキホテールも、まるで立派な貴公子だ。まるで異世界に転移したのかと、彼は思い悩んだ。
「……どうして、私にエスコートの依頼をしたんだ」
「だってほら、俺の腕は2本しかないだろう。1人余るのはイヤだって言うからさ。魔塔の連中は皆仕事入ってて、お前しかいなかったんだよ」
キホテールはいつものヘニャリとした笑顔で答える。
「エスコートは、家族か婚約者がするものだ。家族はどうした」
「こいつら家族いないんだ。赤ちゃんの頃に魔塔に預けられたからさ」
「……失礼な事を言った。すまない」
スクルートは驚いた。失言を恥じた。家族がいないとは思っていなかった。
「別にー。みんな知ってる」
「わたしたち……おたがいがかぞく」
「魔塔は魔力強くても緩和できる場所。今はキホママもいる」
「だから、俺は男でママじゃないって」
キホテールが笑うと魔女達も笑った。
スクルートも、不器用に笑う。
(強大な力の代償か……)
どこからか、厳かな楽団の音色が聞こえてきた。
パーティが始まったようだ。
キホテールが紙を見て、段取りを確認している。
「ダンス曲が三曲終わったら、俺達は会場に行ってパーティを盛り上がる魔法を使う。他国からの王侯貴族も来ている。挨拶されたら、笑顔で頭を下げて喋らないこと。最後に王様に挨拶をしたら、帰っていいらしい」
「うむ。それなら、何とかなりそうな気がする」
「私とテッラがキホママと一緒で、フルメンはスクルートね」
「えへ……うれしい」
「ジャンケンで負けた、悔しい」
時間になると、扉がノックされた。
侍従に案内されて、スクルート達は会場へ向かった。
大声で紹介される事もなかったが、スクルート達は皆の注目の的になった。
スクルートは気がついた。
(彼らが見ているのは、魔女達だ。私じゃない……)
まるで値踏みするような視線で、魔女達を見定めている。
魔女達が手をふるだけで、会場に花々が咲き乱れ、甘い香りの風が爽やかに吹き抜けていく。開かれた扉から、空に向かって華やかな花火が打ち上がった。
どよめきと称賛の拍手が鳴り響いた。
貴族達は、こちらに聞こえないように噂話をしているのが見えた。
スクルートは目眩がしてきた。
煌めく装飾やシャンデリア、美しい料理達は手つかずの物も多く、スクルートの稼ぎでは1年かけても買えないであろう高価な衣服を纏う豪華さ。
よく見れば、華やかな雰囲気の者もいれば、質素な装いをして壁際で穏やかに微笑む人もいた。スクルートと目が合うと会釈してくれた。
(貴族といっても色々あるのだな……。そして、今の私は魔女の付属品にしか見られていない)
貴族達は魔女達を囲んで讃えた。魔女達は黙って微笑んでいれば、素晴らしい美女達だ。
キホテールも、高品質な服で磨き上げられて魅力的に輝いて見える。
スクルートは苦しくなったきた。
最後に、王が来て魔女達に労いの言葉を与えた。
金髪で赤い瞳の威厳あるお方だ。
王とは、スクルートにとって神にも等しい存在だ。
王に命令されれば、死ぬことも厭わないのが騎士なのだ。
その王が、優しい瞳で魔女達を見ている。
スクルートは、王に会えた誇りと諦めを強く味わった。
キホテールと魔女達は挨拶が終わると、さっさと庭に出て行ってしまった。
スクルートは、パーティ会場を名残惜しそうに見つめて後を追いかけた。
「終わった終わった。さあ、帰ろうぜ」
「早くこの堅苦しいの脱ぎたい」
「……ねころびたい」
「瞬間美女はおしまい。あいつら利益と名誉しか考えてないから退屈」
「……何故だ?」
不思議そうな顔を、キホテール達はした。
「君達は、私が「一生かけて目指したい物」を手にいれたんだぞ。何故それを放棄する? 今すぐ会場に戻って貴族達に自分を売り込むべきだ」
魔女達はむくれて、キホテールは真面目な顔になった。
「つまんなあーい。ヤダヤダ。そんなの挨拶だけでいい」
「スクルート。考えてみろ。俺がこの汚してはならない服を着て、マナーを完璧に守って、笑顔で貴族と過ごせると思うか? おまえじゃないんだぞ」
「うん……しつれーなことしてクビがとぶ、かのうせい、たかい」
スクルートは焦った。確かにその通りだった。キホテール達の煌びやかさに、忘れていたのだ。
「そ、それは…大いにありえるな…!」
「それにな、スクルート。贅沢ってのは、いつか飽きるんだよ。楽しめる程度あれば、後は自由に生きればいいのさ」
魔女達がフワリと宙に浮かぶ。
「さっさと帰りましょう。新しい魔法公式思いついた。早く試したい」
キホテールはその言葉を聞くと、少年のように瞳を輝かせた。
「行こうぜ、スクルート! 新しい魔法公式だぞ! 一番に見なきゃ、面白くねえぞ」
キホテールは、スクルートに手を差し出した。
スクルートは考える。
(ここに私だけ残っても、貴族達は相手にしないだろう。彼らが望むのは、新しい魔法を使える可能性と利益なのだ。私にはそれがない……)
さらに考えた。
(私の可能性はなんだ?)
心の奥で何かがささやいてる気がした。
(今は荒唐無稽な彼らにつきあう時間の方が、価値があるように思える……)
スクルートはキホテールの手をとった。
「……そうだな。行こうか。キホテールが倒れた時の介抱は任せろ」
キホテールは苦笑いした。
「ずるーい! 私達も介抱してもらうー」
魔女達やキホテールが、いつものように笑う。
スクルートの体を何かが優しく包み込み、彼の体が宙に浮かんだ。
高い夜空の上から、スクルートは煌めく王宮を見つめた。
(あそこも悪いわけじゃない。だが、今は…………)
スクルートは上を見上げた。
厄介で混沌で困った奴らが、煌めく星空の中で楽しげに笑っている。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ひと区切りついたので、これからは少しペースを整えながら大切に書いていきます。
次は「お嬢様とお嬢様AI」の執筆にも入る予定です。
スクルート達の物語も、また続きをお届けしますので、気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。




