第82話「六色の魂」
「六色?」
俺は自分の胸に手を当てた。何も見えない。当たり前だ。自分の魂の色なんて、自分では見えない。
「ああ」とオルガが杯を置く。「蒼。紅。白と黒の混じった色。紫。虹みたいな色。それから、白銀。——六つの色が、一つに溶け合ってる」
紅は、シャルロットの呪力か、リリスの血か。白と黒は、セラフィナの暁。虹は、メルティの全属性。白銀は、ゼノンの剣。そして蒼は、俺自身。あの橋の上で混ざり合った、六人の魂の色だった。
「消えないんですか、それ」
「さあね。あたしも、こんな魂は初めて見るよ。——でも、悪い色じゃない。むしろ」
オルガが目を細める。
「今まで見たどの魂より、温かい色だ」
六人で背負った代償は、消えずに俺の中に残った。痛みとしてではなく、色として。
◇
それから三日、俺は寝込んだ。
魂の消耗は想像より深く、立ち上がろうとすると視界が揺れ、匙を持つ手も思うように動かない。情けない話だが、一人では飯も食えなかった。だから、交代で誰かが看ていてくれた。
朝はリリスだった。枕元の椅子で、人間の歴史書を熱心にめくっている。800年生きた真祖が、だ。
「無理に起きるでない。世界は救った。あとはゆっくり休め。わらわが見ておる」
「悪いな」
「気にするな。800年待ったのじゃ。三日や四日、どうということはない」
ページをめくる音だけが、部屋に響いていた。穏やかな朝だった。
◇
昼は、メルティとセラフィナ。
メルティは実体化した手で、せっせと果物を剥いていた。りんごの皮が途中で何度も切れて、眉間に皺を寄せている。
「むずかしい……っ。300年ぶりだから、手がおぼえてなくて……」
「無理しなくていい」
「だめです! メルティが剥きます! ししょうのために!」
歪な形で皮が半分残ったりんごを、得意げに差し出してくる。食べてみると、甘かった。
「うまい」
「ほんと!?」とメルティの顔が、ぱあっと輝く。
その横で、セラフィナは窓辺に座り、空を見ていた。天界のある方角を。
「セラフィナ。天界のこと、考えてるのか」
セラフィナの肩が、わずかに動いた。
「……少しだけ。でも、もう未練ではありません」
振り返って、微笑む。頬がほんのり染まっていた。
「私の居場所は、ここですから」
◇
夜は、シャルロットだった。
いつも通りのはずだった。なのにその夜のシャルロットは、粥を運んできて椅子に座ったきり、黙っている。いつもなら「早く食べなさいよ」と急かすのに。膝の上で、指を組んだり、ほどいたりしていた。
「……どうした」
「別に」
即答。それきり、また長い沈黙が落ちる。窓の外で、虫が鳴いていた。
「ねえ」と、シャルロットがようやく口を開く。声が、少し硬い。「レイドは、覚えてる?」
「何を」
「……覚えてないなら、いい」
そっぽを向く。耳が、赤かった。
覚えていないことが、何かあっただろうか。最近のこと。冥府でのこと。考えて、思い当たった。
覚醒の時だ。呪浄の力が目覚めた、あの日。シャルロットが、聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの音量で言った。「好き」と。
あれから、ずっと曖昧にしていた。世界が終わりかけて、それどころじゃなかった。でも、終わった今、その一言が宙ぶらりんのまま残っている。
「シャルロット。あの時の」
「言わなくていい!」
シャルロットが立ち上がった。椅子が、がたんと鳴る。
「今は! まだ! ……ちゃんとした時に、ちゃんと聞くから」
顔は、真っ赤だった。粥のお盆を抱えてドアに向かい、その前で立ち止まる。振り返らないまま、声を落とした。
「明日。体調が良かったら、丘に来て。二人で。話したいことがあるの」
ドアが閉まり、足音が廊下を遠ざかっていく。いつもより、速い。
俺は天井を見上げた。鼓動が、やけに大きく聞こえる。
明日。丘で。二人で。
動けないはずなのに、その夜は、なかなか寝つけなかった。
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