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第78話「冥王の力」

「さて、食事にしよう」

 冥王が動いた。

 最初に仕掛けたのはリリスだった。紅蓮の薔薇園を全開にする。数百の血の薔薇が冥王を包囲し、四方から殺到した。

 冥王が、手を翳した。

 薔薇が消えた。吸い込まれたのではない。触れた瞬間、存在ごと冥王の中に呑まれた。魔力の残滓すら残らなかった。

「……わらわの全力が」

 リリスが呟いた。信じられない、という顔。800年の真祖の切り札が、一瞬で無に帰した。

 メルティが続いた。六属性同時発動。炎、氷、雷、風、光、闇。六色の魔法が冥王に降り注ぐ。

 冥王は避けなかった。全身で受けた。そして——微笑んだ。

「美味い。もっとくれ」

 六属性が、栄養になった。

 シャルロットが地を蹴った。呪浄の剣で冥王の胴を薙ぐ。刃は確かに当たった。冥王の体を斬った。だが斬り口が即座に塞がる。手応えがない。

 そして、剣を握る腕から魂が抜けていく感覚。シャルロットの手が痺れ、剣を取り落としかけた。慌てて飛び退く。

「近づくだけで、吸われる……!」

 ゼノンが叫びながら突っ込んだ。鉄剣が白銀に光る。全力の一撃。冥王の胸を貫いた——かに見えた。

 剣が弾かれた。同時に、ゼノンの全身から魂が大量に吸い出された。膝から崩れ落ちる。

「ぐ……っ、近づいた、だけで……」

    ◇

 誰の攻撃も通じない。

 魂のエネルギーを使う攻撃は、全て冥王の糧になる。攻撃すればするほど、相手が強くなる。こちらが弱くなる。

 ただ一人——セラフィナだけが、違った。

 暁の裁きを放った。聖と闇の同時照射。冥王の体に光が突き刺さる。

 冥王が、初めて動きを止めた。ほんの一瞬。眉をひそめた。

「……暁の力か」

 声に、わずかな変化があった。

「少しだけ、痛いな。だが——この程度だ」

 数秒で回復した。傷が塞がる。

「効いてはいます」

 セラフィナが息を切らせながら言った。

「でも、足りない。私一人の力では、削りきれない」

 効いた。わずかでも、効いた。その事実だけが、絶望の中の光だった。

    ◇

 冥王が片手を振った。

 魂喰の波動。空間全体に、魂を吸う波が放たれた。

 六人全員が膝をついた。魂を直接削られる痛み。体の内側を引き裂かれるような感覚。

 魂の防護を全力で展開した。蒼白い膜が六人を包む。だが波動は膜を貫通してくる。冥王の力が、防護の出力を上回っている。

「無駄だ」

 冥王が言った。穏やかに。

「魂ある者の攻撃は、全て我の糧になる。お前たちが生きている限り、その魂は我のものだ」

 歯を食いしばった。考えろ。何か方法があるはずだ。

 魂のエネルギーを使う攻撃は吸収される。物理も魔法も、魂を媒介にする限り無効。

 だが、「魂の架け橋」は攻撃技じゃない。魂を相手にぶつける技じゃない。魂の繋がりそのものを書き換える力だ。吸収される「エネルギー」ではなく、書き換える「構造」。

 これなら、冥王の魂喰を回避できるかもしれない。

 でも、それは——俺の魂の大半を使う。事実上の死を意味する。

    ◇

 冥王が、二度目の波動を放った。

 一度目より強い。六人が吹き飛ばされた。白い床に叩きつけられる。全員の魂が、大きく削られた。

 リリスの体が、灰になりかけた。指先が崩れ、腕が薄くなっていく。不死再生が追いついていない。

「リリス!」

 駆け寄ろうとした。だが体が動かない。俺自身の魂力も、底をつきかけている。

「大丈夫じゃ」

 リリスが片手を上げた。崩れかけた手で。

「不死の王冠——発動」

 金色の光が、六人を包んだ。リリスの覚醒の力。味方全員に一時的な不死再生を付与する。

 シャルロットの傷が塞がる。ゼノンの魂が補填される。メルティの輪郭が濃くなる。セラフィナの翼が回復する。俺の体も、わずかに楽になった。

 だが、これは一時しのぎだ。

 リリスの不死の王冠は、削られた魂を回復させる。だが冥王の魂喰が、回復速度を上回れば——いずれ全員が、回復が追いつかなくなって消える。

 時間の問題だ。

 冥王が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。慌てていない。急ぐ理由がない。獲物はもう、逃げられないのだから。

 四人と目が合った。

 誰も、言葉がなかった。打つ手がない。それを全員が理解していた。全力を出した。切り札を切った。それでも、届かなかった。

 シャルロットが剣を握り直す。手が震えている。メルティが俺の袖を掴む。怖がっている。だが離さない。セラフィナが翼を広げる。ゼノンが立ち上がる。リリスが前に出る。

 誰も、諦めていなかった。打つ手がなくても、立っている。

 あの技を使うしかないのか。

 心の中で、その問いが、何度も繰り返された。


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