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第67話「覚醒——シャルロットの真の剣」

 リリスの覚醒から半日。体力だけは回復させた。魂力の方は戻っていない。戻らない。使った分は使った分だ。

「レイド。本当に大丈夫? 顔色悪いけど」

 訓練場に入った途端、シャルロットが眉をひそめた。

「問題ない」

「嘘。目の下に隈がある」

 鋭い。ごまかせない。

「大丈夫だから。お前の力を完全に引き出す。呪いの鎧を超えた、本物のシャルロットの力を」

 シャルロットがしばらく俺の顔を見ていた。嘘を見抜こうとしている。だが最終的には拳を握って、一つ頷いた。

「わかった。やりましょう」

 信じてくれたのではない。信じた上で、それでも進む覚悟を決めたのだ。そういう女だ、シャルロットは。

    ◇

「お前の場合は封印解除じゃない。呪力の変換だ」

 向かい合って座った。訓練場の石の床が冷たい。

「呪いは全部解除した。でもお前の中に、呪力を操る才能が残っている。あれだけの呪いを受けて壊れなかった魂が、勝手に呪力を取り込んで自分のものにした」

「呪いを受けた側が、呪いを使えるようになったってこと?」

「そうだ。しかも、これは偶然じゃない」

 魂視をシャルロットに向けた。魂の深層に、古い紋章が見える。アイアンメイデン家の家紋とも、ヴァルキスの紋章とも違う。もっと古い。数百年前のものだ。

「アイアンメイデン家の始祖は『呪浄騎士』と呼ばれていた。呪いを斬り、呪いを纏い、呪いを浄化する騎士。その血が、お前の中にある」

 シャルロットの手が膝の上で握られた。

「皮肉な話だ。叔父の呪いがなければ、この力は一生目覚めなかったかもしれない」

「そんな——」

「でも、お前を苦しめた呪いが、お前の一番の武器になる。それは皮肉じゃなくて、お前の強さの証明だ」

 シャルロットが俺を見た。何か言いたそうな顔をして、結局口をつぐんだ。

「始めるぞ」

    ◇

 魂の強化を流し込んだ。シャルロットの魂の深層に眠る始祖の紋章に触れる。

 紋章が反応した。紫黒の光がシャルロットの体から溢れ出す。呪力だ。あの鎧と同じ色。同じ質。

 シャルロットの体が強張った。

 フラッシュバックが来ている。俺の魂視でもわかる。シャルロットの魂の表面に、過去の記憶が浮かんでは消える。

 呪いが発症した夜。肌を突き破って鎧が生えてきた激痛。叔父の冷たい目。「可哀想なシャルロット」。追い出された屋敷の門。半年間の森。飢えと痛みと孤独。

「く……っ」

 シャルロットの歯が鳴った。噛み締めている。目を閉じている。手が震えている。

「痛い……怖い……」

 小さな声だった。誰にも聞かせたくない声。でも漏れてしまった。

 俺はシャルロットの手を握った。

「俺がいる」

 シャルロットの手が、ぴくりと動いた。握り返そうとしている。でも震えが止まらない。

「お前は一人じゃない。もう、一人じゃない」

 同じ言葉を、何度も言ってきた。呪いの第1段階の時も。第5段階の時も。廊下の夜も。ヘルゲンの宿場町でも。同じ言葉を。でも、毎回意味が違う。毎回、少しずつ深くなっていく。

 シャルロットの目が開いた。

 金色の瞳に涙が浮かんでいる。でも泣いてはいなかった。涙の向こうに、光がある。

「……そうだ。一人じゃない」

 声が定まった。震えが止まった。

「もう、一人じゃない」

 呪力が変わった。暴走していた紫黒の光が収束していく。色が変わる。暗い紫黒から、深い紫へ。濁りが消えていく。シャルロットの意志が、呪力を支配し始めている。

 手の中の握力が強くなった。もう震えていない。掴んでいる。しっかりと。

    ◇

 シャルロットの剣が変化した。

 普通の鋼の剣に、深紫の光が纏わりつく。光は安定している。燃えるような激しさではなく、水のように滑らかに刃を包んでいる。

「呪浄の剣」

 シャルロットが剣を持ち上げた。重さが変わっていない。でも斬れるものが変わった。試しに訓練場の壁に向けて一振りすると、防護魔法の層を三枚まとめて斬り裂いた。

「あらゆる魔法防御を貫通する。呪いを斬る剣だ」

 さらに、左手を掲げた。手の甲から深紫の光が広がり、体全体を覆った。あの忌まわしい呪いの鎧と同じ形。でも色が違う。黒ではなく、紫。呪いではなく、意志の鎧だ。

「呪浄の鎧」

 自分の体を見下ろして、シャルロットは少し笑った。苦い笑みだった。

「あの鎧に似てる。でも……今度は私が選んで着てる」

 訓練場の入口で見ていた三人が、それぞれの反応を見せた。

 セラフィナが頷いた。「美しい剣だ、シャルロット」

 リリスが腕を組み直した。「もう誰にも鎧は着せられぬな」

 メルティが飛び跳ねた。「シャルちゃんかっこいいー!」

    ◇

 覚醒が終わった後、シャルロットは剣を見つめていた。

 深紫の光が揺れている。訓練場の薄暗い灯りの中で、その色は宝石のように見えた。

「私を苦しめた呪いが、今は私の武器になった」

「お前の強さはお前のものだ。呪いに負けなかった心が本当の武器だよ」

 シャルロットが俺を見た。頬に赤みが差している。言葉を探しているように、唇が何度か動いた。

 そして、小さな声で。

「……好き」

 聞こえたのか聞こえなかったのか、ぎりぎりの音量だった。

「ん? 何か言った?」

「なんでもないっ! バカ! 鈍感!」

 シャルロットが剣を振り回しながら訓練場を出ていった。深紫の光が尾を引いて廊下に消えた。

 リリスが遠くで見ていた。にやにやしている。目が合うと、「聞こえておったぞ」と口だけ動かした。

 聞こえていたのか。

 ……聞こえていた気がする。でも確認する勇気は、俺にはなかった。

    ◇

 訓練場に一人残った。

 壁にもたれて座り込んだ。足に力が入らない。

 リリスの覚醒で魂力の三割。シャルロットで三割。残りは四割だ。あと二人。

 セラフィナの封印は天界の技術だ。シャルロットとは構造が違う。どれだけの魂力がかかるか、やってみないとわからない。メルティの実体回復も未知数だ。

 四割で足りるか。

 足りなかったら?

 その答えを、まだ考えたくなかった。

 カロンの声が頭の中に響いた。通信ではない。昨夜の通信の残響だ。

「冥渦の進行が予想より速い。七日のうち、もう四日が過ぎた。急いでくれ」

 残り三日。

 立ち上がった。足が震えた。それでも立った。

 次はセラフィナだ。


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