第63話「教会地下聖堂への突入」
作戦は深夜のうちに固まった。
王城の会議室。地図と図面が広げられている。ミレーヌからの通信魔法が、テルミナからリアルタイムで情報を送ってきていた。
「地下は三層構造です。第1層は守衛詰所。聖騎士が常駐しています。第2層は聖魔像の間——巨大なゴーレムが三体配置されていると聞いたことがあります。第3層が装置の中枢」
ミレーヌの声は冷静だった。元Sランクパーティの情報係の本領発揮だ。
「レイドさん。気をつけて」
「ありがとう、ミレーヌ。頼りになる」
通信が切れた。
「ギルド精鋭二十名が正面を攻める。聖騎士団の防衛線を引きつけて、俺たちが裏口から地下に入る」
ヴェルナーが頷いた。「精鋭は俺が率いる。——お前たちは地下に集中しろ」
「もう一つ。審問で離反した聖騎士たち——約五十名がこちらに合流している。彼らも正面攻撃に参加する」
離反聖騎士の代表が会議室にいた。若い男だ。王都の審問でバルドルに背を向けた、あの聖騎士。
「我々は真実を守る騎士です。大司教の暴走を止める義務があります。——道を開きます」
俺は四人を見た。全員が頷いた。
「明朝、突入する」
◇
翌朝。大聖堂の正門前。
紫黒の光の柱が、大聖堂の尖塔から空に伸びている。空の渦が脈動するたびに、地面が揺れる。瘴気が街路に充満し、石畳が紫色に変色していた。腐った石の匂いが漂っている。
正門の前に、ヴァルキスに忠実な聖騎士団二百名が整列していた。白銀の鎧が紫の光に照らされて不気味に輝いている。
対するは——ギルド精鋭二十名と、離反聖騎士五十名。数では劣る。だが質が違う。
「行け!」
ヴェルナーの号令で、正面攻撃が始まった。金属がぶつかる音。魔法の炸裂音。歓声と怒号が入り混じる。
その混乱の隙に——五人が裏口に走った。
◇
大聖堂の東翼。下水道からの入口。セラフィナが天界の記録と商人の図面を照合して特定したルートだ。
狭い階段を降りた。石壁が古い。何百年も前の建築だ。壁面に魔法陣が刻まれ、天井に魂搾取装置のパイプが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。パイプの中を——数千の魂が光の粒子となって流れていた。
魂視を展開した。
悲鳴が聞こえた。光の粒子の一つ一つが——泣いている。叫んでいる。助けを求めている。何年も、何十年も、何百年も。
「……聞こえる。全員、助けを求めている」
「全員——解放するぞ」
第1層。守衛詰所。
◇
通路を抜けると、広い空間に出た。石造りの部屋。壁に松明が並んでいる。
聖騎士五十名が待ち構えていた。槍と盾を構え、通路を塞いでいる。
「止まれ! ここから先は教会の聖域だ!」
先頭の聖騎士が叫んだ。
シャルロットが前に出た。
「私も元騎士よ。アイアンメイデン家の長女。教会に騙されて呪いをかけられた騎士」
剣を抜いた。呪力の黒い光が刃に走る。
「あなたたちも——目を覚ましなさい」
一歩踏み込んだ。聖騎士の槍が突き出される。シャルロットの剣が——槍の穂先を斬り落とした。一振りで。呪力が金属を腐食させ、穂先が錆びたように砕ける。
二振り。三振り。四振り。聖騎士の武器が次々に折れていく。殺さない。武器だけを壊す。
シャルロットの目が——真っ直ぐ聖騎士たちを見ていた。怒りではない。——説得だ。
「あなたたちの剣は誰を守るために振るうの? 大司教の暴走を? それとも——人を?」
聖騎士の半数が——武器を下ろした。膝をついた。残りの半数も、戦意を失い、壁際に退いた。
通過。第1層突破。
◇
第2層。聖魔像の間。
広大な空間だった。大聖堂の地下にこれほどの空間があったのか。天井は十メートル以上。壁面に古代の浮き彫りが刻まれている。
その中央に——三体のゴーレムが立っていた。
身の丈五メートル。純白の石像に紫黒の光脈が走っている。聖魔像。死者の魂を動力源とする巨大兵器。目が紫色に光っている。
三体が同時に動いた。
「分担する。リリス、右。シャルロットとセラフィナ、中央。メルティ、左。——俺は全員を支援する」
魂の強化を四人に展開。全員の能力が跳ね上がった。
リリス対第1聖魔像。
巨大な拳が振り下ろされた。リリスの血の魔法が壁のように展開し、拳を正面から受け止めた。衝撃が空間を揺らす。だがリリスは一歩も退かない。
「800年を舐めるなと言ったじゃろう」
血の茨が聖魔像の関節に巻きつく。動きが鈍る。腕が止まった。俺が走った。聖魔像の胸に手を当てる。内部の魂に触れた。
「もう苦しまなくていい。——解放する」
魂の解放。鎖が砕けた。蒼白い光が聖魔像の体から噴き出し、天井に向かって昇っていく。十以上の魂が——自由になった。聖魔像が空の器となって崩壊した。
シャルロットとセラフィナ対第2聖魔像。
二人が左右から同時に飛び込んだ。シャルロットの呪力の剣が聖魔像の脚を斬り、体勢を崩す。セラフィナが上空から急降下し、聖闘融合の光弾を胸部に叩き込む。聖属性の浄化と闇属性の浸透が同時に内部を侵食した。
「シャルロット、今!」
「わかってる!」
シャルロットが渾身の一撃を核に突き刺した。セラフィナの光弾が核を貫いた。同時攻撃。核が砕け、聖魔像が光の粒子となって散った。
メルティ対第3聖魔像。
メルティが両手を掲げた。銀色の髪がふわりと浮き上がる。
「メルティは300年間、ずっと練習してたんです。——本気、見せますね」
全属性魔法——炎・氷・雷・風・光・闇。六つの魔法が同時に展開した。六色の光が螺旋を描いて聖魔像に殺到する。聖魔像の防壁が一瞬で粉砕され、体の六箇所が同時に破壊された。
300年前の大陸最強の魔術師。その名は伊達ではなかった。
三体全て撃破。数十の魂が光となって昇天していく。蒼白い光が空間を満たした。
◇
第3層への大扉。
黒い鉄の扉だ。表面に魔法陣が刻まれている。ここから先が中枢だ。
扉を開いた。瘴気が噴き出した。顔面を叩くほどの濃い瘴気。死の匂いが鼻腔を焼く。だが——魂の防護が全員を守っている。
階段を降りた。
最深部に出た。
——息が止まった。
巨大な水晶球が、天井から鎖で吊り下がっていた。直径五メートル以上。中で——数千の魂が渦巻いている。蒼白い光が苦悶の表情を浮かべながら回転している。水晶球からパイプが壁に伸び、教会全体にエネルギーを供給している。千年分の死者の苦しみが、この一つの球に凝縮されている。
そして——その前に、一人の老人が立っていた。
白い法衣。金糸の刺繍。胸の三日月と蛇の紋章。背は低いが、姿勢は真っ直ぐだ。
大司教ヴァルキス。
老人の体が——紫黒の光に包まれていた。装置のエネルギーを自分の体に取り込んでいる。
魂視を展開した。
——人ではなかった。
人の形をしている。だが中身が——数千の魂の集合体だ。自分自身の魂を芯にして、搾取した魂を鎧のように纏っている。何千もの顔が、ヴァルキスの体の中で重なり合い、苦しみながら光っている。
「来たか、死霊術師」
ヴァルキスが目を開いた。灰色の瞳に——狂信の光が灯っている。
「……遅かったな」
「お前は——自分が何をしているか、わかっているのか」
「わかっているとも」
ヴァルキスが微笑んだ。穏やかな聖職者の笑みだった。だが中身は空洞だ。
「世界を救うのだよ。教会の手で」
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