表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/85

第55話「完全解除——シャルロットの自由」

 シャルロットが椅子に座った。俺が向かいに立った。

 ギルドの奥にある治療室。普段は重傷の冒険者を手当する部屋だが、今日は俺たちのために空けてもらった。石造りの壁。窓は一つ。朝の光が斜めに差し込んでいる。

 部屋の外にはリリス、セラフィナ、メルティが待機している。オルガも廊下にいる。「何かあれば、すぐに対応する」と杖を握っていた。

「シャルロット。最後の層だ。これが一番深い」

「わかってる」

 シャルロットの声は静かだった。震えていない。目が合った。金色の瞳がまっすぐ俺を見ている。

「レイド。信じてるから」

「ああ。任せろ」

    ◇

 魂魄支配を全力展開した。「魂の修復」と「魂の解放」の同時発動。

 シャルロットの魂に潜っていく。第1層から第6層までは既に解除済みだ。残骸だけが残っている。その奥に——第7層がある。

 触れた瞬間、指先が弾かれた。

 桁が違う。

 第6層までの呪いとは根本的に異質な力が、最深部を守っている。グレゴリーの意志ではない。大司教ヴァルキスの魔力で構成された呪いの核。議事堂でバルドルの聖剣から解放した魂の鎖と、同じ質の力だ。

 鎖が七本。シャルロットの魂の根幹——存在の核に直接食い込んでいる。魂と呪いが癒着している。剥がすには、魂の表面を一層削り取りながら鎖だけを分離するしかない。

 一本目に手をかけた。

 シャルロットの顔が歪んだ。声は出さない。歯を食いしばっている。額に汗が浮いた。魂の修復で痛みを軽減しているが、核心層の痛みは——魂そのものが引き裂かれる痛みだ。軽減にも限界がある。

 一本目——抜けた。

 二本目。三本目。一本ずつ、慎重に。急げば魂が裂ける。遅ければシャルロットの体力が持たない。

 四本目。シャルロットの呼吸が荒くなった。体が震えている。

「シャルロット。まだいけるか」

「……やめないで。続けて」

 五本目。六本目。——残り一本。

 最後の鎖に触れた。

 ——跳ね返された。

 ヴァルキスの魔力が暴れた。最後の鎖に、術者の全ての執念が凝縮されている。逃がさない。絶対に解かせない。アイアンメイデンの血を永遠に縛る——その意志が、俺の魂魄支配を弾き返す。

 汗が目に入った。魂力が急速に減っている。鎖の一本に、バルドルの聖剣全体と同等の力が詰まっている。

 手が震えた。

 ——届かない。一人では。

 その時——シャルロットの手が、俺の手を掴んだ。

 冷たい手だった。汗で湿っている。だが握る力は——強かった。

「……一緒に」

 声が掠れていた。痛みで唇が白い。それでも目は開いている。金色の瞳が俺を見ている。

「私も——戦う。自分の呪いくらい、自分でも——」

 シャルロットの魂が光った。金色の光。呪いに蝕まれ、灰色に曇っていたはずの魂が——光っている。自分の意志で。

 共鳴が起きた。

 俺とシャルロットの魂が繋がった。リリスとの契約の共鳴とは違う。呪いの治療を通じて何十回も触れ合ってきた二つの魂が、この瞬間、自然に同期した。

 シャルロットの意志が、俺の力に加わった。

 「解けろ」——二人分の意志が、最後の鎖に叩きつけられた。

 鎖が——軋んだ。

 罅が入った。

 砕けた。

 光が弾けた。

    ◇

 シャルロットの体から、全ての黒い紋様が消えていった。

 下半身に残っていた最後の鎧の残骸が、粉になって散った。黒い粒子が宙に舞い、光に触れて消滅していく。

 部屋全体が温かい光に包まれた。呪いに囚われていたエネルギーが解放され、シャルロット自身の魂力に変換されている。金色の光がシャルロットの体を包み、髪を揺らし、瞳を照らしている。

 静寂が降りた。

 シャルロットが——自分の手を見つめていた。

 震えている。

 両手を開いた。閉じた。開いた。閉じた。指が動く。何にも縛られていない。鎖がない。鎧がない。紋様がない。

 自分の手だ。二年ぶりの、自分だけの手。

「……終わった」

 声が震えた。

「本当に……全部、終わったの……?」

「ああ。もう呪いはない」

 俺は立っているのがやっとだった。魂力を使い果たして、視界がぼやけている。だが——笑った。自然に。心から。

「お前は——自由だ」

 シャルロットの顔が——崩れた。

 今まで見たことのない顔だった。怒りでも照れでも強がりでもない。全部の仮面が外れた、素のシャルロットの顔。二年間堪え続けてきた全てが、一気に溢れ出した顔。

 泣いた。

 声を上げて。大声で。遠慮なく。

 今まで一度も——シャルロットは大声で泣いたことがなかった。涙を流しても声は殺していた。毛布に顔を埋めて、肩を震わせるだけだった。

 今は——叫ぶように泣いていた。二年間の恐怖が。半年間の孤独が。呪いの痛みが。家族への怒りが。レイドへの感謝が。全部が声になって溢れている。

 立ち上がった。椅子が後ろに倒れた。俺に向かって——走った。

 抱きついた。

 両腕がレイドの体に回された。力いっぱいに。今まで鎧に覆われていた腕が、初めて自由に、全力で、誰かを抱きしめている。

「ありがとう……! ありがとうレイド……! ありがとう……!」

 同じ言葉を繰り返している。他の言葉が出てこない。二年分の「ありがとう」が、涙と一緒に溢れている。

 俺は——抱き返した。

 そっと。壊れないように。

「……よく頑張ったな、シャルロット」

    ◇

 ドアが開いた。

 メルティが真っ先に飛び込んできた。泣きながら。

「シャルちゃーん!! おめでとうーー!!」

 シャルロットに抱きついた。二人が抱き合って泣いている。

 リリスが入ってきた。目が赤い。泣いた跡だ。だが笑っていた。

「……よかったの。本当に」

 セラフィナが最後に入ってきた。静かに涙を拭いている。紫の瞳が潤んでいるが、微笑んでいた。

「おめでとうございます、シャルロット」

 四人が——抱き合った。シャルロットを中心に、メルティが右から、リリスが後ろから、セラフィナが左から。笑いながら泣いている。泣きながら笑っている。

 オルガが廊下から中を覗いて、目を細めた。杖で床を一度だけ叩いて——何も言わずに去っていった。

    ◇

 午後。シャルロットが目を覚ました。解除後の疲労で数時間眠っていた。

 起き上がって、自分の体を確認した。黒い紋様は跡形もない。鎧の残骸もない。肌の色が——本来の白さに戻っている。

 手を握った。力がこもる。以前とは比較にならないほどの力が。

 右手に意識を集中させた。指先に——黒い光が灯った。

 呪いの鎧と同じ色。だが質が違う。これは呪いではない。呪いのエネルギーがシャルロット自身の力に完全変換されたものだ。

 黒い光が手の甲に広がり、薄い膜を形成した。硬い。叩いてみた。石のように硬い。呪いの鎧と同じ硬度——だが、自在に出し入れできる。

「……これが、私の本当の力」

 呪力制御。呪いの防壁を任意の箇所に展開し、呪いのエネルギーを剣に纏わせることもできる。攻防一体。

 二年間、シャルロットを苦しめた呪いが——武器に変わった。

    ◇

 夕方。宿屋の屋上。

 夕日がテルミナの町を橙色に染めている。風が心地よい。

 シャルロットが隣に立っていた。新しい服——淡い青のワンピース。鎧はもう、どこにもない。

「シャルロット」

「ん」

「呪いは完全に治った」

「うん」

「……お前がこのパーティにいる『理由』は、なくなったわけだ」

 言った。あえて言った。

 シャルロットが俺を見た。驚きはなかった。この言葉が来ることを、わかっていたのだろう。

「……ばか」

 小さな声だった。怒りではない。

「呪いが治っても離れるわけないでしょ」

 金色の瞳が、夕日を受けて輝いている。頬が赤い。でも——目を逸らさなかった。

「私がいるのは呪いのためじゃない。レイドの傍にいたいから。自分で選んでここにいるの」

 声が震えかけた。だが最後まで言い切った。

「あの時レイドが言ってくれたでしょ。『理由なんかいらない。いたいならいればいい』って。——私は、いたいの。ここに」

 風が吹いた。シャルロットの髪が揺れた。夕日が二人を照らしている。

「……嬉しいよ」

 正直に言った。

「う……言わせないでよ、こういうこと……ばか……」

 シャルロットが俯いた。耳が赤い。だが——口元が微かに上がっていた。

 夕日の中で、二人で立っていた。呪いの影はもうどこにもない。シャルロットの瞳に映っているのは——ただ、橙色の空と、隣に立つ男の横顔だけだった。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ