第48話「シャルロットの呪いの真実」
バルドルの剣が鞘に戻された瞬間、聖騎士団の中に亀裂が走った。
二人の聖騎士が、バルドルから距離を取った。三人、四人。整然と並んでいた隊列が崩れ始めている。バルドルが自軍の動揺を制しようと声を上げたが、聖騎士たちの目は冷えていた。「我々は正義の剣だと教わった。だが今——正義はどちらにあるのか」。声には出さないが、顔がそう言っている。
議場は混乱の渦中だった。ドルトンが木槌を叩き続けて秩序を保っている。聴衆は興奮しているが、暴力には至っていない。まだ——言葉で決着をつけられる。
「もう一つ、教会の罪を暴く」
俺が声を上げた。議場が静まる。
「次は俺ではなく——本人が語る」
シャルロットがステージに立った。
淡い青のワンピースの上に外套を羽織り、剣を帯びている。呪いの鎧は下半身にまだ残っているが、上半身は自由だ。金色の瞳が真っ直ぐ前を向いている。
手が微かに震えていた。だが——足は一歩も退いていなかった。
◇
「私はシャルロット・アイアンメイデン。アイアンメイデン騎士家の長女です」
議場がざわめいた。アイアンメイデンの名は王都では広く知られている。王家直属の近衛騎士を代々輩出してきた名門中の名門。その長女が——死霊術師のパーティにいる。
「二年前、父が病に倒れました。叔父のグレゴリーが後見人として家を管理するようになりました」
声が震えかけた。一度止まった。息を吸った。
「ある夜——全身に呪いが発症しました。黒い鎧が体を覆い、肌を突き破るように生えてきました。七重の呪い。『冥渦の呪術』と呼ばれる古代の禁術です」
シャルロットが自分の下半身を示した。まだ残っている黒い鎧の残骸。議場の最前列の聴衆が息を呑んだ。実物の呪いの痕跡だ。
「叔父は言いました。『可哀想なシャルロット。もう騎士にはなれないね。家を出なさい』と。——温かい声で。心配する顔で。全て、芝居でした」
声が硬くなった。怒りを抑えている。
「家を追われて半年間、森で一人で死にかけました。教会の司祭にも診てもらいましたが『治療不可能』と言われました。——今ならわかります。教会が命じた呪いを、教会の司祭が治すはずがない」
議場から声が上がった。「教会が命じた……?」
「レイドが——この死霊術師が、私を森で見つけてくれました。治せないと言われた呪いを、治すと言ってくれました。そして実際に、七重のうち五つの層を既に解除してくれました」
シャルロットが俺を見た。一瞬だけ。目が合った。それから、聴衆に向き直った。
「レイドが呪いの最深層を解析した結果——呪いに刻まれていた紋章が、見つかりました」
◇
俺が魂視を展開した。シャルロットの呪いの記憶から紋章を抽出し、蒼白い光として投影する。メルティの幻影魔法が同時に起動し、光を増幅して議場全体に映し出した。
天井に——巨大な紋章が浮かんだ。
三日月と蛇が絡み合う意匠。精緻な線が光で構成されている。議場の隅にいる者にもはっきり見える大きさだ。
シャルロットの声が響いた。
「教会の大司教——ヴァルキスの個人紋章です」
議場が凍った。
「叔父グレゴリーは、大司教ヴァルキスと結託して私に呪いをかけました。目的は、アイアンメイデン家の掌握。王国有数の騎士名家を、教会の支配下に置くため。——私の呪いは、政治のための呪いでした」
千人が息を止めていた。紋章が天井で光り続けている。否定しようのない証拠。魂に刻まれた紋章は改竄できない。セラフィナの天界基準の鑑定がそれを保証している。
◇
傍聴席の中段で——一人の男の顔色が蒼白になった。
グレゴリー・アイアンメイデン。
中継町ヘルゲンで追い返されたのに、王都まで来ていた。審問の傍聴者として紛れ込んでいたのだろう。シャルロットの動向を監視するために。
「デタラメだ!」
グレゴリーが立ち上がった。傍聴席から叫んだ。
「私がシャルロットに呪いなど——シャルロット、こんな嘘つきに騙されて——」
「嘘だな」
俺が言った。魂視をグレゴリーに向けた。
「お前の魂は真っ黒だ。今この瞬間も、嘘をつくたびに魂が歪んでいる」
メルティの幻影魔法が、グレゴリーの魂の映像を議場に投影した。黒い渦が胸元で蠢いている。白い偽善の膜が、嘘をつくたびにひび割れて、中から腐敗した黒が漏れ出している。
聴衆が息を呑んだ。映像は嘘をつけない。あの温厚な笑顔の裏に、あれだけの黒い魂がある。
「叔父上」
シャルロットの声が、議場に響いた。静かな声だった。怒りはある。だが叫びではない。
「あなたは私に呪いをかけて追い出し、家督を奪った。母を軟禁し、父の病を利用した。そしてその裏には——教会がいた」
シャルロットの金色の瞳が、グレゴリーを真っ直ぐ見ていた。
「全て——見えています」
グレゴリーが踵を返した。逃げようとした。だが——周囲の聴衆が道を塞いだ。市民たちが壁になっている。
「どこに行くんだ、あんた」
「逃げるってことは認めたってことだろ」
セラフィナが冷静に言った。
「逃げても無駄です。真実はもう、千人の目の前に晒されました」
グレゴリーの膝が折れた。傍聴席の椅子にしがみつくように崩れ落ちた。偽善の仮面が完全に剥がれ、その下にあったのは——怯えた小動物のような顔だった。
◇
シャルロットが聴衆に向き直った。
涙が頬を伝っていた。いつから流れ始めていたのか、自分でもわからないのだろう。だが声は——震えていなかった。
「私はこの呪いのせいで全てを失いました。家族も、居場所も、騎士としての未来も」
一度、言葉を切った。息を吸った。
「でも——レイドが私を救ってくれました。治せないと言われた呪いを治し、仲間にしてくれました。行く場所のない私に居場所をくれました。理由なんかいらない、いたければいればいいと——そう言ってくれました」
議場から、すすり泣く音が聞こえた。シャルロットの話を自分の経験と重ねた者がいるのだろう。
「死霊術師は危険な職業なんかじゃありません。私の命を救ってくれた——最も尊い力です」
拍手が起きた。一人から始まり、十人に広がり、百人に広がり——千人の拍手が議場を震わせた。
シャルロットが泣きながら微笑んでいた。涙を拭う手が震えている。だが立っている。自分の足で、ステージの上に。
「よく言った、シャルロット」
俺が声をかけた。シャルロットが振り返った。泣き顔だった。鼻が赤い。でも——強い顔だった。
「……言ったでしょ。自分のことは自分で語るって」
◇
グレゴリーが王都の衛兵に引き渡された。ドルトンがギルドマスターの権限で一時拘束を命じた。正式な裁判は後日行われる。
聖騎士団は完全に孤立していた。バルドルの周囲にまだ残っているのは、十人ほど。五十人の半数以上が、既に距離を取っている。
その中の一人——若い聖騎士が、静かに剣を鞘に収めた。
「聖騎士長殿」
低い声だった。怒りでも軽蔑でもない。失望だ。
「我々は真実を守るために剣を取ったはずです。嘘を守るためではありません」
バルドルが——絶句した。
鉄の仮面が、初めて完全に崩れた。大司教の腹心。教会の軍事力の頂点。その男の目に浮かんでいるのは——恐怖だった。自分の足元が崩壊していく恐怖。
教会の千年の権威が、この議場で——瓦解し始めていた。
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