第47話「教会の闇」
議場のどよめきが収まらない。ドルトンが木槌を叩き続けている。三度、四度。ようやく声が静まったが、聴衆の目は血走っていた。信じていた教会が嘘をついていたかもしれない——その衝撃が、千人の顔に刻まれている。
「証拠を提示する」
メルティが幻影魔法を展開した。議場の空中に、大聖堂地下の建築図面が投影された。精密な設計図。通常の建築図面と違い、地下三階に巨大な空間が描かれている。水晶の配列図。魂を吸引するための魔法陣。エネルギーの流れを示す矢印が、水晶から大聖堂の各所に伸びている。
「この図面は、十年前に大聖堂の地下増築工事に携わった作業者から入手したものです。地下三階に設置された装置——死者の魂を吸い上げ、エネルギーに変換する機構」
図面の細部が拡大された。水晶の一つ一つに魂が閉じ込められている構造。魂が苦しむ形で圧縮されている設計。
「この装置が生み出すエネルギーが、聖水に注入され、聖具に充填され、聖剣の動力源となっている。聖女の治癒力も、この装置から供給される魂のエネルギーを媒介にして使われている」
議場が揺れた。比喩ではない。千人が一斉に声を上げたのだ。
「聖水が……死者の魂で作られている?」
「嘘だろ……俺の母親の看病に使った聖水が……」
「教会に寄付してきた金で、こんなものを——」
バルドルが立ち上がった。
「でたらめだ! 図面など捏造できる! 元作業者の証言など信用に値しない!」
「では、もう一人の証人を呼ぼう」
両手を床に当てた。魂喚を発動する。冥府との長距離接続。この距離で声を届けるのは負担が大きい。魂力が削られるのを感じた。だが——今ここで出さなければ意味がない。
議場の空気が変わった。温度が下がったわけではない。だが、何か——古く、深く、重いものが、空間に滲み出してきた。
蒼い光が床から立ち昇った。光の中に、声が宿った。
「——私は冥府の管理者カロン」
低く、穏やかで、途方もなく古い声が、議場に響いた。千人の聴衆が凍りついた。
「数千年、生と死の狭間を守ってきた者だ」
声だけだ。姿は見えない。だが声の重みが——人間のものではないことを、全員が本能で理解した。
「冥府に送られるべき魂が、地上の教会に囚われている。数千年分の魂が搾取され続け、冥府の循環が乱れている」
カロンの声が議場を満たした。壁が振動している。
「これが冥渦——世界の危機の原因だ。教会は『死霊術は冒涜だ』と言いながら、自らは死者の魂を搾取し、力に変えている。——これこそ真の冒涜だ」
声が消えた。蒼い光が薄れていく。俺の手から力が抜けた。長距離の魂喚は魂力を大量に消費する。膝に力を入れて立ち続けた。
議場は——沈黙していた。
傍聴席で涙を流している者がいた。「死者の魂が苦しんでいる」——その事実が、家族を亡くした人々の心に刺さったのだ。教会に祈りを捧げ、聖水を買い、死者の安らかな眠りを願っていた人々が——その祈りの先で、死者の魂が搾取されていたと知った。
◇
バルドルが反論を試みた。だが声に力がない。
「幻聴だ……死者の幻聴に過ぎない……教会を侮辱する捏造だ……」
「では質問しよう、聖騎士長殿」
俺はバルドルに向き直った。
「あなたの持つ聖剣のエネルギー源は何だ」
「神の恩寵だ!」
即答だった。だが——声が裏返っていた。
「見せてやろう。神の恩寵の正体を」
魂視を全力で展開した。バルドルの腰に帯びた聖剣に焦点を合わせる。そして——魂の可視化。第2段階の応用技術。魂の光を外部に投影し、俺以外の人間にも見えるようにする。
メルティの幻影魔法が同時に展開された。魂の光を増幅し、議場全体に映し出す。
バルドルの聖剣から——光が溢れ出した。
だがそれは、聖なる光ではなかった。
苦しみの光だった。
蒼白い光の粒子が聖剣から噴き出し、空中で形を取った。人の顔。何十もの顔。目を閉じ、口を開け、苦悶の表情を浮かべた——死者の魂。鎖で剣の中に繋がれている。逃げられない。苦しんでいる。何年も、何十年も。
「あれは……人の顔……?」
聴衆から悲鳴が上がった。
「嘘だろ……聖剣の中に、魂が……!」
「鎖で——縛られてる……! あの人たち、苦しんでる……!」
バルドルが自分の聖剣を見下ろした。光が溢れている。苦悶の顔が渦巻いている。
「これが神の恩寵か」
俺の声が、静まり返った議場に響いた。
「死者の魂を剣に封じて力に変える。魂が苦しむほど、剣は強くなる。——これのどこが、『死者の安寧を守る教会』だ」
聴衆の空気が——一変した。
教会への信頼が、音を立てて崩れていく。千年間積み重ねてきた権威が、この一瞬で瓦解する音が聞こえた。
「教会は嘘をついていたのか!」
「俺たちの祈りは——死者を苦しめるためだったのか!」
「金を返せ! 寄付を返せ!」
怒号が議場を埋め尽くした。
◇
バルドルの顔が歪んだ。
追い詰められた獣の顔だった。法で負け、証拠で負け、聴衆を失い、信仰の権威が崩壊した。残された選択肢は——一つしかない。
「もう討論は終わりだ」
低い声だった。穏やかさが消えている。剥き出しの殺意。
聖剣を抜いた。
苦悶の魂が光となって剣身に渦巻いている。死者の犠牲で作られた光。その光を纏った刃が、俺に向けられた。
「力ずくで連行する。抵抗するなら——斬る」
「暴力は禁止と言ったはずだよ」
オルガの声が議場に響いた。議長席の横に立っている。杖が床を叩いた。
「ここで剣を抜いた時点で、教会側の敗北だ。審問の規則に違反した。——聖騎士長殿、あなたは自分で自分の首を絞めたんだよ」
バルドルはオルガを見なかった。目がレイドだけを見ている。理性が飛んでいる。教会の面子、大司教への報告、王国との関係——全てが頭から消えて、ただ「目の前の死霊術師を斬る」ことしか考えていない。
聖剣が振り下ろされた。
——四つの影が、俺の前に立った。
リリスの血の結界が聖剣の刃を受け止めた。紅い光が白い刃と激突し、火花が散った。
セラフィナの黒翼が展開した。風圧がバルドルの体勢を崩す。翼の一撃が空気を裂き、聖騎士長の巨体を半歩後退させた。
シャルロットが剣を抜いて、バルドルの聖剣の切っ先を弾いた。金属音が議場に響く。呪いの鎧の残骸に覆われた腕が、聖騎士長の一撃を正面から受け止めている。
メルティの魔法障壁が後方に展開された。聴衆を飛び散る衝撃波から守っている。銀色の光の壁が議場の半分を覆った。
四人が——俺の前に壁となって立っていた。
「わらわの大事な人に手を出すな」
リリスの声が低かった。800年の真祖の威圧が、議場を震わせた。
バルドルの聖剣が止まっている。四人に阻まれて、一歩も進めない。巨漢の聖騎士長が——四人の女に止められている。
聖騎士団が動こうとした。五十人が武器に手をかける。だが——聴衆が立ち上がった。千人が。席を立ち、教会の方を向いた。武器など持っていない市民だ。だが千の目が、聖騎士団を見ている。
「教会が先に剣を抜いた」
「暴力で真実を消す気か」
「俺たちは見ているぞ」
聖騎士団が——止まった。千人の市民を斬るわけにはいかない。
俺は四人の背中を見ていた。リリス。シャルロット。セラフィナ。メルティ。守ってくれている。俺の代わりに、前に立ってくれている。
「……ありがとう」
四人の背中に言った。それから、バルドルに向き直った。
「暴力はいらない。まだ話は終わっていない」
バルドルの剣が、ゆっくりと下がった。
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