第46話「七年間の真実」
議場の空気がこちらに傾いている。だがまだ足りない。統計は状況証拠だ。直接証拠を見せなければ、教会は「偶然の相関にすぎない」と逃げるだろう。
「もう一つ、見せるものがある」
右手を掲げた。魂魄支配を発動する。魂の表面に刻まれた七年分の共鳴記録——魂が覚えている、全ての記憶。
「メルティ」
「はい!」
メルティが両手を掲げた。幻影魔法が俺の手から放出される蒼白い光を捉え、増幅し、議場全体に投影した。天井まで届く巨大なスクリーンが、空中に出現した。
映像が動き始めた。
議場に、過去の戦場が蘇った。蒼い光で構成された半透明の映像が、空中に浮かんでいる。音はない。だが動きだけで——全てが伝わる。
◇
映像①。ダンジョンの中。
ゼノンが聖剣を構えている。映像の中のゼノンは若い。五年前くらいだろう。魔物に向かって聖剣を振り下ろす——その瞬間、映像の隅に蒼い光が見える。後方に立つレイドの手から放出される魂の波動が、ゼノンの聖剣に流れ込んでいる。
映像の横に数値が浮かんだ。セラフィナが天界の鑑定基準で算出した出力値だ。
聖剣の本来の出力——Aランク上位。魂の強化込みの出力——Sランク。倍率は一・八倍。
「あの光は……全部、死霊術師が?」
傍聴席からざわめきが起きた。
映像②。負傷した冒険者をエリーゼが治療している場面。治癒の白い光の下に、薄い蒼の光が重なっている。レイドの魂の強化が、治癒魔法の浸透力を補助している。白い光だけでは傷口に届かない。蒼の光が道を作り、白い光を導いている。
本来の治癒効果——Bランク相当。補助込み——Aランク上位。倍率は二・三倍。
議場の医療関係者と思しき男が声を上げた。「Bランクの治癒力で聖女を名乗っていたのか……?」
映像③。ダリウスが炎魔法を放つ場面。巨大な火球が敵を焼き尽くす——華やかだ。だが映像をよく見ると、火球の輪郭に蒼い線が走っている。炎の暴走を押さえ込む、魂の安定化処理。蒼い線が一瞬でも途切れると、炎が四方に飛散する。この蒼い線がなければ、炎は敵ではなく味方に向かっていた。
「これがなかったら……暴走してたってことか」
聴衆が息を呑んだ。追放後にダリウスが自分の炎で自分を焼いた事実を知る者もいるのだろう。顔色が変わっている。
映像④。ミレーヌの風魔法。精密な風の刃が敵を切り裂く。その精度を保っているのは——やはり、背後からの蒼い光。魂の調律が風の乱れを修正し、軌道を安定させている。
四人分の映像が並んだ。聖剣。治癒。炎。風。全てに蒼い光が重なっている。七年間、一日も欠かさず。
「七年間——毎日、毎晩、毎戦闘。俺はこれを続けてきた」
声が議場に響いた。
「ゼノンの聖剣の本来の出力はAランク。俺の強化でSランクに届いていた。エリーゼの治癒も、ダリウスの炎も、ミレーヌの風も同じだ。全員が——俺の補助で上のランクにいた」
議場がどよめいた。千人の聴衆が一斉に声を上げた。
「嘘だろ……Sランクパーティの力が、一人の死霊術師のおかげだった?」
「七年間も……? 七年間気づかなかったのか?」
「追放されたって聞いたけど——追放した方が馬鹿じゃないか」
最後の声が、議場に刺さった。
◇
ゼノンが立ち上がった。
椅子が後ろに倒れた。音が議場に響いた。千人の視線がゼノンに集中した。
「嘘だ!」
叫んだ。声が裏返っていた。
「俺の力は俺のものだ! 聖剣は——俺を選んだ! 俺が勇者だ! 誰の補助もいらない!」
聖剣の柄に手をかけた。抜こうとしている。ここで聖剣を振るえば、Sランクの力がまだあることを証明できる——そう思ったのだろう。
だが。
手が震えて、抜けなかった。
柄を握る指が滑る。力が入らない。聖剣が、重い。七年間軽々と振るっていた剣が、今は——持ち上がらない。
議場が静まった。誰も何も言わなかった。
千人の聴衆が、一人の男が聖剣を抜けない姿を見ていた。かつて「勇者」と呼ばれた男。王都で最も有名なSランク冒険者だった男。その男が——自分の剣を持ち上げられない。
傍聴席の最前列にいた老齢の冒険者が、低い声で呟いた。
「……あれが、Sランクの勇者の姿か」
誰にも向けていない呟きだったが、静まり返った議場では隅まで届いた。
ゼノンが聖剣の柄から手を離した。指が白くなっていた。握りすぎて血の気が失せている。
「なんで……なんで抜けないんだよ……」
膝が折れた。ゼノンが——証人席の横で、膝をついた。千人の前で。
俺は黙って見ていた。
ゼノンの魂が見えた。金色が灰色に侵食されている。だが——完全には消えていない。灰色の奥に、まだ微かな金色が脈打っている。
この男は純粋な悪ではない。弱いだけだ。自分の力を自分のものだと信じたかった。勇者でありたかった。教会に選ばれた人間として、人々の期待に応えたかった。その願い自体は——間違っていない。間違ったのは、そのために他人の貢献を見ようとしなかったことだ。七年間、背中にいた男の光を、一度も振り返らなかったことだ。
「ゼノン」
声をかけた。ゼノンが顔を上げた。涙は流していない。だが目の奥が——空洞だった。
「お前の力がお前のものだというのは嘘じゃない。Aランクの力は本物だ。——ただ、一人で全てを背負う必要はなかったんだ。助けを受け入れていれば、こうはならなかった」
ゼノンの唇が動いた。何かを言いかけて——止まった。
聖騎士のひとりがゼノンの腕を掴み、証人席に引き戻した。バルドルが前に出て、ゼノンを視線で制した。「もう座っていろ」という、冷たい目だった。
教会にとって、ゼノンはもう使い物にならない駒だ。壊れた駒は、捨てられる。
ゼノンは座った。俯いたまま、動かなくなった。
◇
傍聴席のざわめきが収まらなかった。七年間の映像と、ゼノンの崩壊が、聴衆に与えた衝撃が大きすぎる。
ドルトンが木槌を叩いて静粛を求めた。
「静粛に。審問を続行します。——第3議題に移ります。『教会の行為の正当性』について」
バルドルが立ち上がった。
「第3議題は教会の正当性を問うもの。教会は千年にわたり王国の精神的支柱であり——」
「待て」
俺が遮った。
「第3議題の前に、もう一つ暴露することがある」
バルドルの目が鋭くなった。
「何を——」
「教会が裏で何をしているか。その証拠だ」
議場の空気が張り詰めた。千人の聴衆が息を止めた。
俺は懐から革の筒を取り出した。ラーゼル村の商人がくれた、大聖堂地下の建築図面。そしてメルティの幻影魔法で安定化させたヴァルキスの紋章の映像。シャルロットの呪いの構造分析書。セラフィナの教義矛盾リスト。全国のギルドから集めた蘇りモンスターの統計。
全て——ここで出す。
「教会は死霊術を禁じた。だがその裏で——教会自身が、死者の魂を搾取している」
バルドルの顔色が変わった。
「大聖堂の地下に、魂の搾取装置がある。死者の魂から力を抽出し、聖女の治癒力、勇者の聖剣の力、聖騎士団の超人的な体力の源としている。——その証拠が、ここにある」
議場が——爆発した。
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