第45話「王都審問」
王都の城門は、テルミナの町がそのまま入りそうなほど巨大だった。
白い石造りの壁が左右に伸び、上には王国の旗が翻っている。城門を抜けると、広い大通りが真っ直ぐに続いていた。両側に石造りの建物が並び、馬車が行き交い、人々が忙しそうに歩いている。テルミナの何十倍の規模だ。
「おっきい……」
メルティが馬車の窓から身を乗り出した。
「ししょう、あの塔なんですか! あの橋は! あの——」
「座れ。落ちる」
セラフィナが翼を畳んだまま、窓の外を観察していた。
「教会の大聖堂は——あれですね」
大通りの突き当たりに、白い尖塔がそびえている。王都で最も高い建物。教会の本拠・大聖堂。その地下に、魂の搾取装置がある。
シャルロットが窓の外を見て、唇を引き結んだ。王都の東区画にアイアンメイデン家の屋敷がある。二年ぶりの故郷だ。だが帰る場所ではない。
「まずはギルド本部に向かう」
馬車が大通りを進んだ。七年間暮らした街だ。見覚えのある景色が次々と流れていく。——だが、以前とは違う目で見ていた。
◇
王都ギルド本部で、蘇りモンスター対策顧問としての登録を済ませた。本部のギルドマスター——白髪の老紳士ドルトン——はオルガの旧友だと言い、手続きを迅速に進めてくれた。
「オルガから聞いている。Aランクの飛び級認定を受けた五人パーティ。屍竜を一分以下で討伐した実績。——期待しているよ」
だがドルトンの表情は複雑だった。
「教会からも連絡が来ている。『死霊術師の審問を正式に要請する』と。王国の正式な手続きだ。——ギルドとしては、応じざるを得ない」
「わかってます。それが目的でもある」
ドルトンが目を見開いた。
「審問を——望んでいるのか?」
「教会の嘘を暴くには、公の場が必要です」
◇
三日後。王都の議事堂。
大広間は、テルミナの広場とは比較にならない規模だった。石造りの円形議場。中央にステージ。周囲を取り囲む傍聴席は三層構造で、千人以上を収容できる。
傍聴席は埋まっていた。王都の住民、冒険者、商人、貴族。「死霊術師が教会に挑む」という噂は王都中に広がっている。
議場の南側に教会の陣営。聖騎士長バルドルが中央に立ち、左右に司祭が三名。その後方に——ゼノンが座っている。金髪碧眼の勇者。だが表情は険しく、目の下の隈が深い。
北側に俺たちの陣営。俺が中央。右にシャルロット、左にリリス。後方にセラフィナとメルティ。
議長席にドルトンが座った。進行役を兼ねている。
「これより、教会が申し立てた死霊術師レイド・ノクターンに対する審問を開廷する」
ドルトンの声が議場に響いた。
「双方が主張と証拠を提示し、最終的に王国法に基づいて判定する。暴力は一切禁止。違反した側はその時点で敗北とみなす」
バルドルが立ち上がった。
「第一に問う。死霊術は禁忌であるべきか否か」
◇
バルドルが口を開いた。
「死霊術は死者の安寧を乱す冒涜の術です。教会の教義では古来より禁忌とされてきました。死者は安らかに眠るべきであり、その魂を弄ぶことは許されない」
低く重い声が議場を満たした。聴衆の一部が頷いている。教会の教えを信じる市民は多い。
「死霊術を野放しにすれば、死者を兵器として使う者が現れる。それは人間の尊厳に対する冒涜です」
一理ある。一理あるからこそ、反論は正確でなければならない。
俺が立った。
「死霊術は『死者の声を聴く術』です。弄ぶのではなく、死者の意志を尊重する術だ」
証拠資料をドルトンに渡した。
「テルミナの墓地事件の公式報告書。百年前に無実の罪で処刑された薬師の魂が、怨霊となって墓地を支配していた。俺はこの怨霊を——力で倒したのではなく、対話によって鎮めた。怨霊は『助けてほしい』と叫んでいた。俺が声を聴き、無実を認め、約束をしたことで安らかに還った」
議場がざわめいた。王都の聴衆は、テルミナの住民と違って実績を知らない。だが公式報告書の記載は否定しようがない。
「北部ラーゼル村の救援記録。蘇りモンスターを鎮めたのは、死霊術だけでした。教会の祈祷では効果がなかった。——教会にはこれが出来ないのに、出来る者を禁忌にする。それは世界を守ることではなく、世界を危険にさらすことです」
バルドルの眉が動いた。
セラフィナが立ち上がった。
「補足します。天界の記録には、太古の時代、死霊術師が死者と生者の調停役を務めていたとあります。禁忌にしたのは教会が後から決めたことです。天界は——死霊術を禁じていません」
議場がどよめいた。天界の知識を持つ者が教会の教義を否定している。聴衆の視線が教会の陣営に向いた。
リリスが立った。
「800年前、教会がわらわを封印した時——死霊術師のルシアが命を賭けてわらわの魂を守った。あの子は死者を弄んだのではない。命をかけて魂を守ったのじゃ。それが死霊術師という存在じゃ」
800年を生きた真祖の証言。重みが違う。聴衆が黙り込んだ。
◇
第二の議題。「死霊術師レイド・ノクターンは危険か」。
バルドルが切り札を出した。
「証人を呼びます。かつてレイド・ノクターンとパーティを組んでいた者——聖剣勇者ゼノン・ブレイド」
ゼノンが証人席に立った。議場の全視線がゼノンに集中した。
「ゼノン殿。あなたはレイド・ノクターンと七年間パーティを組んでいた。彼は危険な存在でしたか」
ゼノンの口が開いた。閉じた。また開いた。
「……戦闘中、後ろで何かやっていた。何をしているかわからなかった」
声が低かった。議場に響くほどの声量がない。
「不気味……だった」
聴衆がざわめいた。七年間の仲間が「不気味だった」と証言している。教会にとっては有利な証言のはずだ。
だが——ゼノンの声には、確信がなかった。台本を読んでいるような、中身のない声。
俺が立った。
「ゼノン」
名前を呼んだ。ゼノンがこちらを見た。目が——泳いでいる。
「お前が『不気味だった』と言った行動。それが何だったか、教えてやる」
議場が静まった。
「俺は七年間、お前たちの背後で二つのことをしていた。一つは魂鎮め。倒した魔物の魂が蘇らないよう、戦闘のたびに鎮め続けていた。二つ目は魂の強化。お前たちのスキルが最大限発揮されるよう、魂を調律し続けていた」
「嘘だ——」
「嘘じゃない。証拠がある。——お前に聞く。俺が抜けた後、何が起きた?」
ゼノンの顔色が変わった。
「倒した魔物が蘇った。聖剣の出力が落ちた。治癒魔法が効かなくなった。炎の制御ができなくなった。——全部、俺がいなくなったから起きたことだ」
議場が静まり返った。千人以上の聴衆が、一言も発さなかった。
「そしてこれは、俺だけの主張じゃない」
メルティが立体グラフを投影した。幻影魔法で議場の空中に浮かぶ、蘇りモンスターの件数推移。七年間のゼロが、追放後に急上昇する明白な相関。
「全国のギルドの公式記録だ。俺がパーティにいた七年間、蘇り件数はゼロ。追放後は月に三百件以上。——これでも、俺が『何もしていなかった』と言えるか?」
ゼノンの唇が震えた。何か言おうとして——言葉が出なかった。
バルドルが立ち上がりかけた。だが遮る材料がない。数字は嘘をつかない。
聴衆の視線が、ゼノンに向いていた。同情ではなかった。「七年間支えてくれた仲間を追放した男」を見る目だった。
ゼノンの手が、膝の上で握りしめられていた。白くなるほどの力で。
——議場の空気が、完全にこちらに傾いた。
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