第42話「証拠」
聖騎士団がテルミナを去った翌日から、準備に入った。
宿屋の一室にテーブルを並べ、地図と資料を広げた。五人が椅子に座り、オルガが奥の壁にもたれている。作戦会議だ。
「王都で教会と戦うなら、感情じゃなく『証拠』が必要だ」
俺は全員の顔を見渡した。
「広場でバルドルを退かせたのは、法的な論理と町の支持があったからだ。だが王都は教会の本拠地だ。テルミナと同じやり方は通じない。もっと硬い証拠が要る。王国を動かせるだけの、否定しようのない事実が」
「出発まで三日。その間に揃えられるだけ揃える」
全員が頷いた。
◇
証拠の一つ目。「魂鎮めの不在と蘇りモンスター問題の因果関係」。
オルガの協力で、ギルドの通信記録を過去七年分にわたって集計した。テルミナのギルドだけではなく、近隣の町のギルドにも協力を仰いだ。ヴェルナとカストルのマスターが快く応じてくれた。Aランク認定試験でレイドの実力を目撃した彼らは、今や協力者だ。
数字は明白だった。
俺がパーティにいた七年間、全国の「倒したモンスターの蘇り」報告件数はほぼゼロ。追放後の二ヶ月で、件数は月に三百件を超えている。
「この相関は偶然では説明できないな」
オルガが数字を見て呟いた。
メルティが数値をグラフに起こした。紙の上に幻影魔法で立体的な図表を投影する。横軸が時間、縦軸が件数。七年間の平坦な線が、追放の月を境に急角度で跳ね上がる。
「これなら誰が見ても一目瞭然です。ししょうがいた時期と蘇り件数の相関——完璧です」
「メルティ、こういう学術的な作業が得意なのか」
「えへへ。300年前は魔術師であると同時に研究者でもありましたから。論文も書いてたんですよ」
300年前の大陸最強の魔術師が、今は幽霊の姿でグラフを作っている。世界は広い。
◇
証拠の二つ目。「シャルロットの呪いと教会の関係」。
呪いの第5段階を解除した際に発見した大司教ヴァルキスの紋章。これを衆目の前で提示する方法を考える必要がある。魂視で見えるものを、俺以外の人間にどう見せるか。
「魂視の映像を外部に投影する方法がある。魂の共鳴を光に変換すれば——」
試してみた。右手から蒼白い光が放出され、壁面にぼんやりとした映像が映る。三日月と蛇が絡み合う紋章。だが輪郭が不安定で、数秒で崩れる。
「ししょう、メルティの幻影魔法で安定化できますよ」
メルティが俺の手に触れた。幻影魔法が魂の映像を増幅し、安定させる。壁面に、鮮明な紋章が映し出された。大司教ヴァルキスの個人紋章。シャルロットの呪いの最深部に刻まれていた刻印。
「これを王都で投影すれば、教会が呪術に関与している物的証拠になる」
シャルロットが壁に映った紋章を見つめていた。自分の体に刻まれていた印。目を逸らさなかった。
◇
証拠の三つ目。「元パーティの能力低下の真因」。
俺の魂には、七年間の魂の強化の記録が刻まれている。魂の共鳴記録だ。誰に、いつ、どれだけの魂力を注いだか——全てが、魂の表面に残滓として残っている。
カロンが冥府で教えてくれた。「魂は全てを記録する」と。
問題は、この記録の信頼性を第三者が検証できるかどうかだ。俺が自分で言っても「でっち上げだ」と反論される。
「天界の記録基準なら、魂の共鳴記録は最高位の証拠として認められます」
セラフィナが言った。
「天界では魂の記録は改竄不可能なものとして扱われます。人間の裁判でも、天界の知識に基づく鑑定を行えば——」
「教会は天界の権威を利用している。その天界の基準で検証された証拠なら、教会も否定しにくい」
「その通りです」
セラフィナの紫の瞳に、静かな闘志があった。天界の知識が、教会を追い詰める武器になる。皮肉な展開だ。
◇
三つの証拠を整理する間、各ヒロインが自分の領域で準備を進めていた。
リリスは「800年前、教会に封印された当事者」としての証言を整理していた。800年前の記憶を時系列で書き出している。人間たちとの共存。魔王戦。将軍の裏切り。ルシアの犠牲。
「全てを語るわけにはいかぬが、教会が800年前に何をしたかは——わらわが証人じゃ」
セラフィナは教会の教義と天界の記録の矛盾点をリストアップしていた。
「十七箇所あります。教会が『天界の教え』として広めている教義のうち、天界の実際の記録と食い違う箇所が」
「十七箇所も?」
「最も大きな矛盾は、『死霊術は不浄である』という教義です。天界の記録には、死霊術を禁忌とする記述は——一行もありません」
シャルロットは自分の呪いの経緯を時系列でまとめていた。叔父グレゴリーがいつ家に来て、いつ呪いが発症して、いつ家を追われたか。感情的に辛い作業だ。何度かペンが止まった。
「無理しなくていい。代わりに俺が——」
「大丈夫」
シャルロットが顔を上げた。目が赤いが、声は定まっていた。
「自分のことは自分で語る。それが、あの呪いに負けないってことだから」
ペンが再び動き始めた。
メルティは300年前の大魔術師としての知識から、教会と死霊術師の歴史的関係を整理していた。
「300年前の文献に、教会が死霊術師を弾圧した記録があります。弾圧の理由は『不浄だから』ではなく——『死霊術師が教会の魂の搾取に気づく危険があったから』と書いてあります」
「その文献は残っているのか」
「メルティの記憶にあります。幻影魔法で再現できます」
五人全員が——それぞれの専門性で、王都での戦いに備えている。
◇
準備最終日の夜。全員が集まった。
「明日、王都に向けて出発する。王都で何が待っているかわからない。危険かもしれない」
全員の顔を見た。
「……本当にいいのか」
「何を今更」
リリスが腕を組んだ。
「わらわはぬしの味方じゃ。800年前も、今も、これからも」
「私もです」
セラフィナが静かに言った。
「正しいことをしたために罰せられる——そんな理不尽は、もう終わりにしましょう」
「当然よ」
シャルロットが腕を組んだ。だが声が少し柔らかかった。
「それに……あんたがいなくなったら、私の呪い誰が治すのよ」
「ししょうのいないところにメルティはいませんっ!」
メルティが袖を掴んだ。
「……ありがとう。全員」
声が少しかすれた。隠せなかった。五人分の信頼が、胸に重い。重いが——温かい。
◇
深夜。全員が部屋に戻った後、宿の裏口を叩く音がした。
出てみると——見覚えのある顔が立っていた。
中年の男。日焼けした肌。古い傷が頬にある。北部のラーゼル村から来た商人だ。あの村を呪屍獣から救った時に、物資の手配を手伝ってくれた男。
「あんたがレイドさんだったよな。あの時の恩人」
「ああ。久しぶりだな。こんな時間にどうした」
男が周囲を見渡した。誰もいないことを確認して、懐から革の筒を取り出した。
「教会が裏で何してるか——俺、知ってるんだ」
革の筒を開けた。中から、一枚の図面が出てきた。
「俺は元々、王都で教会の建設作業に関わってた。大聖堂の地下を増築する仕事だ。十年前のことだ。作業中に見ちまったんだよ——地下の奥に、変な装置があった。水晶が並んでて、中で光が苦しそうに動いてた」
図面を広げた。大聖堂の地下構造図。通常は公開されない、教会の機密建築図面だ。地下三階に「魂の搾取装置」と思しき設備が描かれている。水晶の配列。魂を吸引するための魔法陣。
「仕事が終わった後、口止めされた。金をもらった。だが——あの光が忘れられなくてな。あれが何だったのか、ずっと引っかかってた。あんたがテルミナで教会と戦ってるって聞いて、これが役に立つなら使ってくれ」
図面を手に取った。手が震えた。
これは——大聖堂の地下に搾取装置が存在する物的証拠だ。教会関係者ではない第三者が、実際に目撃した証言付きで。
「……これは、決定打になる」
男が頷いた。「気をつけてくれよ。教会は——怖い連中だ」
「わかってる。ありがとう」
男が夜の闇に消えていった。
図面を手に、部屋に戻った。テーブルの上に広げた。統計データ、紋章の映像、魂の共鳴記録、教義の矛盾リスト、歴史文献——そして、大聖堂地下の建築図面。
武器は揃った。
明日、王都へ発つ。
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