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第40話「対峙」

 三日目の朝。テルミナの中央広場。

 広場は人で埋まっていた。テルミナの住民がほぼ全員集まっている。周囲の建物の窓からも顔が覗いている。屋根の上に登っている者までいた。近隣の町から駆けつけたギルド関係者も混じっている。ヴェルナ、カストル、リーデンのギルドマスターが、広場の東側に並んで立っていた。証人として。

 広場の南側に、聖騎士団が整列している。五十人の白銀の鎧が朝日を受けて輝いている。その前に聖騎士長バルドルが立ち、さらにその隣に——ゼノンがいた。

 北側に、俺が立った。

 右にシャルロット。左にリリス。少し後ろにセラフィナ。その隣にメルティ。背後にオルガ。

 そして——その後ろに、テルミナの人々。

 二つの勢力が、広場を挟んで向き合った。

 バルドルが口を開いた。

「死霊術師レイド・ノクターン。教会の名において、禁忌の術の使用容疑で審問を命ずる」

 声が広場に響いた。朝の空気が震えた。聖騎士たちの鎧が鳴る。威圧だ。五十人の軍勢による、無言の圧力。

 オルガが一歩前に出た。杖が石畳を叩いた。

「異議あり」

 小さな老婆の声が、広場の隅まで届いた。

「ギルドの管轄区域で、冒険者に対する強制拘束は認められない。王国法第三十四条。教会の権限が及ぶのは教会員に対してのみ。レイド・ノクターンは教会員ではない。冒険者ギルドの正規登録冒険者だ」

「教会法が王国法に優先する」

「しないよ」

 オルガが即座に返した。

「教会法に『死霊術を使用した者を拘束せよ』という条文は存在しない。あたしは確認した。教会の法務局に文書照会もした。返答は——『該当条文なし』だ」

 オルガが一枚の書簡を掲げた。教会の法務局からの公式回答書。広場にどよめきが走った。

「教会にあるのは『死霊術は不浄である』という教義だけだ。教義は法律ではない。——聖騎士長殿、あなたは法的根拠のない拘束を、衆目の前で実行するつもりかい?」

 バルドルの顔が僅かに歪んだ。法的に攻めあぐねている。前回のマルクスと同じ構図だが、今度は公の場だ。退くにも退けない。

「……では、問おう」

 バルドルが戦法を変えた。法から、道義に。

「この死霊術師は、テルミナ周辺で死者の魂を操り、不死の魔物を使役し、教会の調査団を暴力で追い返した。これらは事実か?」

 嘘だ。大半が嘘だ。だが——嘘に真実を混ぜている。教会の調査団を追い返したのは事実だ。ただし「暴力で」ではなく、法的根拠がないことを指摘して追い返しただけだ。

「事実を確認しよう」

 俺が声を上げた。

「一つ。俺は死者の魂を操っていない。鎮めている。暴走した魂を安らかに還している。テルミナの墓地の亡霊退治、北の村の魔獣退治、各地の蘇りモンスター鎮圧——全てギルドの正規依頼だ。報告書はギルドに記録されている」

 フィーナがカウンターから持ってきた報告書の束を掲げた。

「二つ。不死の魔物を使役した事実はない。むしろ蘇りモンスターを鎮魂しているのは俺だ。教会にはこれができない」

 広場がざわめいた。蘇りモンスター問題は全国に広がっている。教会が対処できていないことは、誰もが知っている。

「三つ。教会の調査団を追い返したのは事実だ。ただし、法的根拠のない審問を拒否しただけであり、暴力は一切使っていない。——聖騎士長殿。嘘を並べるのは、教会の品位に関わるのでは?」

 バルドルの目が鋭くなった。だが反論できない。事実を突かれている。

    ◇

 法的な押し問答が続く間に——俺はゼノンと目が合った。

 ゼノンは聖騎士団の後方に立っていた。バルドルの後ろ。発言する立場にはないらしい。教会が用意した「勇者」という看板。中身を求められていない。

「ゼノン」

 俺が呼んだ。広場が静まった。

「久しぶりだな」

「……ああ。久しぶりだ」

 ゼノンの声は低かった。二ヶ月前——追放の日の酒場で聞いた声と同じだ。だが、あの時はなかった疲れが滲んでいる。

 魂視を静かに発動した。

 ゼノンの魂が見えた。

 ——金色が、くすんでいた。

 二ヶ月前より、さらに。聖剣の力が落ちているだけではない。魂そのものに灰色が混じっている。自分のやっていることが正しいと信じきれない者の色。迷い。後悔。それを認めたくないという意地。全てが灰色になって、金色を侵食していた。

「ゼノン。お前は教会に利用されているだけだ。わかっているか?」

 ゼノンの肩が跳ねた。

「黙れ。俺は勇者だ。教会に利用されるような——」

「お前の聖剣の力が落ちている理由を知っているか」

 ゼノンの口が閉じた。

「聖剣の力の源は、教会が搾取した死者の魂だ。お前の剣は、死者の犠牲の上に光っていた。その供給が不安定になったから、出力が落ちた。——お前自身の力じゃなかったんだ。最初から」

 広場が静まり返った。

 ゼノンの顔から血の気が引いた。唇が動いたが、言葉が出ない。

 怒りでもなく、否定でもない。——知っていたのだ。薄々。自分の力が自分のものではないと。だが認めるわけにはいかなかった。認めたら、「勇者」である自分が崩壊する。

「嘘だ……」

 絞り出すような声だった。

「嘘じゃない。お前にもわかっているはずだ。——ゼノン。帰れ。教会の駒になるな」

 ゼノンが俺を睨んだ。だが視線が——数秒で逸れた。まっすぐ見返せなかった。

 バルドルがゼノンの前に出た。会話を遮るように。

「根拠のない妄言を並べるな、死霊術師。教会の聖なる力を冒涜する言葉だ」

「根拠ならある。冥府の管理者カロンが、教会の魂の搾取を確認している。証拠は——王都の大聖堂の地下にある。教会が公開を拒まないのなら、いつでも検証に応じよう」

 バルドルの表情が、一瞬だけ——凍った。

 大聖堂の地下。そこに「何か」があることを、バルドルは知っている。知っていて、隠している。俺がそれを知っていることに、動揺している。

 だがバルドルは即座に表情を戻した。鉄の仮面。さすがに大司教の腹心だ。マルクスとは格が違う。

「……この場での議論はここまでとしよう。教会は改めて、正式な手続きを以て対応する」

 退いた。

 法的に攻められず、事実で反論され、大聖堂の地下に言及されて動揺した。これ以上この場にいれば、教会が不利になるだけだ。聖騎士長はそう判断した。

「撤退するぞ」

 聖騎士団が踵を返した。整然と広場を出ていく。白銀の鎧が朝日の中で遠ざかっていく。

 テルミナの広場に——歓声が上がった。

    ◇

 聖騎士団の宿。夜。

 ゼノンは一人で窓辺に座っていた。

 聖騎士団は翌朝テルミナを発つ。バルドルが「正式な手続き」のために王都に戻ると決めた。今回は引き下がる。だが次はもっと強い手段で来るだろう。

 そんなことはどうでもよかった。

 レイドの目を思い出していた。

 七年間、あの男はいつも俯いていた。パーティの最後尾で、黙って歩いていた。祝宴では隅に座り、安い麦酒を飲んでいた。目を合わせることさえ稀だった。

 今日——レイドの目は、まっすぐ前を向いていた。

 広場の北側に立ち、五十人の聖騎士団と向き合って、一歩も退かなかった。声が大きかった。目に力があった。七年間の俺が知っているレイドとは——別人だった。

 そしてレイドの後ろに、四人の女が立っていた。吸血鬼。呪いの騎士。堕天使。幽霊の魔術師。全員がレイドを守るように並んでいた。全員がレイドの方を向いていた。

 ゼノンは振り返った。

 宿の部屋には、誰もいなかった。

 エリーゼは王都で泣いている。ダリウスは酒に溺れている。ミレーヌはもう口を利いてくれない。ここにはバルドルが選んだ聖騎士たちしかいない。仲間ではない。教会の兵士だ。

「俺の後ろには……誰が立ってる?」

 声に出して問うた。答えはなかった。

 空の窓辺に、月明かりだけが差し込んでいた。

「…………くそ」

 拳をテーブルに叩きつけた。音が響いて、消えた。

    ◇

 テルミナ。宿屋。

 聖騎士団が撤退した後、俺は部屋で一人、窓辺に立っていた。

 公開討論は勝った。教会は退いた。だが——終わりではない。バルドルは「正式な手続き」と言った。次はもっと大きな力で来る。王国を動かすかもしれない。

 そして、ゼノン。

 あの灰色の魂。教会に利用され、仲間を失い、それでも「勇者」にしがみついている男。

 哀れだと思った。怒りよりも。

 だが——今は立ち止まれない。

「教会の嘘を暴く。全て——この魂視で」

 王都に行く。大聖堂の地下に入る。魂の搾取の証拠を掴む。世界に真実を知らせる。冥渦を止める。

 半年のタイムリミット。教会との戦い。ゼノンとの決着。全てが王都で待っている。

 窓の外で、テルミナの夜空に星が瞬いていた。この町を、必ず守る。この仲間たちと——前に進む。


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