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第38話「聖騎士団」

 全員を起こした。夜明け前だった。

 宿の食堂に五人が集まった。寝起きの顔が揃っている。メルティが目を擦りながら俺の袖を掴んでいる。リリスだけは寝起きでも優雅だった。

「状況を説明する」

 テーブルの上に地図を広げた。テルミナ周辺の簡易地図。南の街道に、赤い印をつけた。

「王都から聖騎士団が来る。五十人規模。整然とした隊列で北上している。明日の夕方にはテルミナに到着する」

 シャルロットの表情が引き締まった。

「教会……やっぱり来たか」

「それだけじゃない。隊列の中に——ゼノンがいる」

 部屋が静まった。

「ほう」

 リリスが腕を組み替えた。

「教会がわざわざ軍勢を送ってきたか。わらわたちがそれほど脅威かの」

「聖騎士団の実力は、個々はBランク程度です」

 セラフィナが冷静に分析を始めた。天界にいた頃、教会の動向を監視していた経験がある。

「ただし連携と聖属性の術式が厄介です。十人以上で組む聖光結界は、Aランク相当の防御力になります。天界の技術が一部流用されている」

「五十人くらいなら、メルティの魔法で——」

「戦うのは最後の手段だ」

 メルティの言葉を遮った。

「町の中で戦闘になれば、住民に被害が出る。教会にとっては俺たちが先に手を出してくれた方が都合がいい。『禁忌の術者が聖騎士を攻撃した』と言えるからな。——挑発に乗らない。それが第一だ」

    ◇

 オルガを訪ねた。ギルドマスターの私室。

 状況を説明すると、オルガは茶をすすりながら頷いた。驚いた様子はない。予想していたのだろう。

「教会がどんな名目で来ても、ギルドの管轄区域で冒険者に手を出すことは法的にできない。まずはそこで時間を稼ぐ」

「法的に守れる時間は長くない。教会が『禁忌の術の使用者』として王国に正式に訴えれば、王国法が動く可能性がある」

「だからこそ、先手を打つ」

 オルガが杖で床を叩いた。

「教会の主張に対抗できる『事実』を準備しておくんだ。お前さんの魂視は嘘を見破れる。教会の使者が何を言っても、その場で矛盾を突ける」

「前回のマルクスの時みたいに」

「あの時は一対一だった。今度は五十人だ。同じ手は通じない。——だから、公の場に持ち込む」

「公の場?」

「公開討論だ。テルミナの広場で、町の人々の前で、教会と議論する。衆目の前で教会の方が理不尽であることを証明できれば、教会も暴力には訴えられない。多くの目がある場所で冒険者を力ずくで拘束すれば、教会の評判は地に落ちる」

 公開討論。マルクスの時は密室で追い返した。今度は逆だ。開かれた場所で、公に。

「お前さんには武器がある。魂視で嘘を暴ける。それに——町の人々はお前の味方だ」

    ◇

 聖騎士団接近の噂は、昼前にはテルミナ中に広まっていた。

 ギルドの前に人々が集まった。不安な顔。だがその不安の矛先は——俺ではなく、教会に向いていた。

「レイドさんがいなくなったら、蘇りモンスターはどうなるんだ!」

 酒場の主人が声を上げた。腕が太い。毎日重いジョッキを運んでいるから当然だが、今日はその腕を組んで、門の方角を睨んでいる。

「教会が何を言おうと、私たちはレイドさんの味方よ!」

 花屋の女主人が隣で頷いた。いつもシャルロットに花を勧めてくる人だ。

「死霊術師のお兄ちゃんをいじめるな!」

 子供たちが叫んだ。野花をくれたあの子が、小さな拳を振り上げている。

「……みんな」

 言葉が詰まった。

 七年間。パーティにいた七年間、俺のために声を上げてくれた人間は一人もいなかった。追放された日、酒場の扉を出た背中を見送る者は誰もいなかった。

 今——町中の人が、俺のために声を上げている。

「お前さんが町のために何をしてきたか、ここの人々はちゃんと見ている」

 オルガが隣に立っていた。杖をつきながら、町の人々を見渡している。

「追放されたあの日とは、もう違うんだよ」

 目の奥が——。

 いや。泣いている場合じゃない。

 拳を握った。開いた。息を吸って、吐いた。

「ありがとう。みんな。——俺は、この町を守る。必ず」

 歓声が上がった。拍手が広がった。子供たちが飛び跳ねている。

 この町が俺の居場所だ。もう、カウンターの端で安い麦酒を飲む男じゃない。

    ◇

 準備を進めた。

「リリスとメルティは万が一の戦闘に備えて待機。宿屋の屋上から町全体を見渡せる。不測の事態があれば即座に動いてくれ」

「了解じゃ」

「メルティにお任せです!」

「セラフィナ。聖騎士団の聖光結界の対策を頼む。天界の技術が使われているなら、お前が一番詳しい」

「わかりました。結界の弱点と解除手順を整理しておきます」

「シャルロットは俺の護衛。常にそばにいてくれ」

 シャルロットが剣の柄を握った。

「……もちろん。あんたの背中は、私が守る」

 声が硬い。だが硬さの中に、揺るぎない決意がある。

 オルガがギルドの通信魔法で、近隣の町のギルドマスターたちに連絡を取った。Aランク認定試験の時に来たヴェルナ、カストル、リーデンのマスターたちだ。「テルミナで何が起きるか見届けてほしい」と。証人を増やすためだ。

    ◇

 翌日の夕方。

 テルミナの南門の前に、砂塵が見えた。

 街道を整然と行進する白銀の鎧の軍勢。五十人の聖騎士が、二列縦隊で北上してくる。鎧が夕日を反射して、橙色に輝いていた。槍の穂先が林のように並んでいる。

 先頭に立つのは——巨漢だった。身の丈二メートルを超える。白銀の全身鎧を纏い、背中に巨大な大剣を背負っている。顔は穏やかだが、目に冷たい光がある。表向きの礼節と内なる冷酷さが同居している顔。

 聖騎士長バルドル。大司教ヴァルキスの右腕。教会の軍事力の頂点に立つ男。

 そしてバルドルの隣に——金髪碧眼の青年が歩いていた。

 ゼノン・ブレイド。

 かつてのSランク勇者。だが今の姿は、あの頃とは違っていた。目の下に隈があり、頬がこけている。聖剣を腰に帯びているが、その刃には光がない。くすんでいる。

 教会の白銀の鎧に囲まれて歩くゼノンは——檻の中にいるように見えた。

 テルミナの南門。俺は門の前に立った。

 右隣にシャルロット。剣の柄に手をかけている。

 門の上には、オルガが杖をついて立っていた。

 門の内側には、テルミナの人々が集まっている。冒険者も、商人も、職人も、子供も。不安な顔。だが逃げる者はいない。

 聖騎士団が門の前で止まった。五十人の白銀の鎧が、夕日の中で整列する。槍の石突きが同時に地面を叩いた。統一された動作。一切の乱れがない。マルクスが連れてきた十人とは格が違う。これが教会の正規軍だ。

 門の内側では、テルミナの人々が息を呑んでいた。白銀の軍勢を前にして、足がすくんでいる者もいる。だが——逃げる者はいなかった。ハンスが腕を組んで門の横に立っている。フィーナがカウンターから出てきて、門の内側で書類板を抱えている。記録を取るつもりなのだろう。

 バルドルが一歩前に出た。

「テルミナの死霊術師——レイド・ノクターン」

 低い声だった。穏やかだが、地面を揺らすような重みがある。

「教会の名において、貴様を審問する。大人しく従え」

 俺はバルドルの目を見た。それからゼノンの目を見た。

 ゼノンが——視線を逸らした。

「お断りだ」

 俺の声が、夕暮れのテルミナに響いた。

「話があるなら、公の場で聞こう。明日の朝、テルミナの広場で。町の人々の前で。——それが嫌だとは、教会は言わないだろう? 正しいことをしているのなら、衆目の前で堂々と主張できるはずだ」

 バルドルの目が僅かに細くなった。背後の聖騎士たちが身じろぎする。即座に拘束する算段だったのかもしれない。だが門の上にオルガがいる。門の内側に町の人々がいる。近隣のギルドマスターたちも見ている。ここで力ずくに出れば、教会の名が地に落ちる。

「……よかろう」

 バルドルが低い声で言った。

「明日の朝。広場で。——逃げるなよ、死霊術師」

「逃げない。ここは俺の町だ」

 夕日が沈んだ。テルミナの門の前で、二つの勢力が向き合ったまま、夜が降りてきた。


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