第35話「紋章の真実」
シャルロットの魂に手を伸ばした。第5段階。下半身の呪い。
これが解ければ、残りは核心部の二段階のみ。呪いの鎧が完全に消え、シャルロットの体は自由になる——はずだ。
宿屋の部屋。窓を閉め、リリスが結界を張った。シャルロットがベッドに座り、俺が向かい合う。セラフィナとメルティは部屋の隅で見守っている。
「始める。今回も魂の修復を併用する。前回より楽なはずだ」
「……うん」
シャルロットの声は静かだった。四度目の解除を経験して、恐怖は薄れている。代わりにあるのは——信頼だ。俺の手に、自分の魂を委ねる覚悟。
魂魄支配を展開した。第5層の呪いに触れる。
構造はこれまでと同系統だ。黒い鎖が魂の下半身に巻きつき、骨と筋肉に食い込んでいる。ルシアの継承で精度が上がった今なら、鎖の結び目を正確に見つけて解きほぐせる。
一本目。二本目。三本目。シャルロットの顔が歪むが、声は出さない。魂の修復で痛みを即座に癒しながら、鎖を抜いていく。
四本目。五本目——。
最後の鎖に手をかけた時、指先に異物感があった。
鎖の奥に、何かがある。呪いの構造とは別の、もっと深い層に隠された——紋章。
魂視を集中させた。
見えた。
三日月と蛇が絡み合う意匠。以前、シャルロットの呪いの第2段階で見つけた「二匹の蛇の円」——冥渦の呪術の紋章——とは別物だ。あれは呪術体系の刻印。これは——個人の署名だ。呪いを「発注」した者の、個人の紋章。
どこかで見たことがある。記憶を探った。カロンが冥府で見せてくれた映像。教会の大聖堂の地下。魂の搾取装置の傍に立っていた白い法衣の老人——大司教ヴァルキス。あの男の法衣の胸元に、同じ紋章が刺繍されていた。
最後の鎖を抜いた。第5段階の呪いが霧散する。シャルロットの下半身から黒い鎧が砕け落ち、本来の脚が姿を現した。
だが今は——それどころではなかった。
「シャルロット」
声が硬くなっていることを自覚していた。
「お前の呪いの最深層に、紋章が刻まれていた。冥渦の呪術の紋章とは別の、個人の署名だ」
「個人の……?」
「教会の大司教——ヴァルキスの紋章だ」
部屋の空気が凍った。
「お前の叔父グレゴリーは、教会の手先だった。アイアンメイデン家への呪いは、叔父の個人的な野心ではなく——教会の大司教が命じたものだ」
シャルロットが動かなかった。
数秒。長い数秒。
「……教会が?」
声が掠れていた。
「叔父上だけじゃなく——教会が、私に呪いをかけた?」
「アイアンメイデン家は王国有数の騎士名家だ。王家直属の近衛騎士を代々輩出してきた。教会の権威に逆らいうる数少ない勢力の一つだ。——教会にとっては、邪魔だったんだろう」
シャルロットの手が震え始めた。膝の上に置かれた拳が、白くなるまで握られている。
「家族を——壊されたのは——教会の命令で——」
怒りだ。純粋な、深い、抑えきれない怒り。半年間森で一人で死にかけたこと。父親に恐がられたこと。家から追い出されたこと。教会の司祭に「治療不可能」と宣告されたこと——あの司祭たちは、治せなかったのではない。治す気がなかったのかもしれない。教会がかけた呪いを、教会の司祭が解くはずがない。
「全部……最初から仕組まれていた……」
シャルロットの声が低い。抑えているが、指先が震えている。
リリスが静かにシャルロットの隣に座った。何も言わず、ただそこにいた。
しばらく、沈黙が続いた。部屋の中で、シャルロットの呼吸だけが聞こえていた。荒い呼吸が、少しずつ整っていく。
「レイド」
顔を上げた。目が赤いが、涙は流していなかった。涙を流す段階を通り越している。
「私は——あの家に帰る。叔父上を問い詰めて、真実を暴く。アイアンメイデン家を取り戻す」
声が定まっていた。震えが消えている。怒りは消えていない。だが怒りを飲み込んで、決意に変えた。初めてシャルロットが弱さを見せずに、自分の意志で前に踏み出した瞬間だった。
「一人で行く気か」
「まさか」
シャルロットが少し間を置いた。唇が動きかけて、止まる。
「……私一人じゃ無理よ。だから——」
言葉に詰まった。素直に「助けて」が言えない。七年間パーティにいた俺にはわかる。助けを求めることが、どれだけ難しいか。
「言わなくてもわかるよ。——俺たちで行こう。全員で」
シャルロットの目が揺れた。
「……ありがとう」
小さな声だった。だが確かに聞こえた。
リリスがシャルロットを後ろから抱きしめた。シャルロットの頭がリリスの胸に収まる。
「よく言えたの。偉いぞ、シャルロット」
「子供扱いするな……」
声が震えていた。泣いている。涙は流さないと決めた顔で、それでも肩が震えている。リリスはただ腕の力を少しだけ強めた。
◇
夜。宿の廊下。
眠れなくて水を取りに出ると、廊下の窓辺にシャルロットが立っていた。月明かりが淡い青のワンピースを照らしている。
「眠れないのか」
「……うん」
いつものように否定しなかった。今夜は、嘘をつく余裕がないのだろう。
並んで窓辺に立った。月が出ている。テルミナの屋根が銀色に光っている。
「……ねえ」
シャルロットが月を見たまま言った。
「呪いが全部解けたら、私——このパーティにいていいの?」
この問いが来ることは、わかっていた。リリスから聞いていた。シャルロットの不安。パーティにいる「理由」がなくなることへの恐怖。
「何を言ってるんだ。当たり前だろ」
「だって、私がここにいる理由は呪いの治療で……治ったら、いる意味が——」
「理由なんかいらない」
シャルロットの言葉を遮った。
「お前がいたいなら、いればいい。それだけだ」
——俺も、誰かにそう言ってほしかった。七年間のパーティで。「いていい」と。「いてほしい」と。一度も言われなかった言葉を、今、俺はシャルロットに言っている。
シャルロットが俺を見た。正面から。月明かりの中で、金色の瞳がまっすぐこちらを向いていた。
視線を逸らさなかった。いつもなら照れて目を逸らすシャルロットが、今夜は——逃げなかった。
「…………ありがとう」
長い沈黙の後の、一言。
「一生、覚えてるから」
シャルロットが踵を返した。自分の部屋に向かって歩いていく。月明かりに照らされた背中。
俺には見えなかったが——彼女は、笑っていた。
◇
翌朝。全員がギルドに集まった。
オルガも来ていた。杖をついて奥の扉にもたれている。表情は真剣だが、目には——期待がある。自分のパーティの仲間を送り出した、50年前のことを思い出しているのかもしれない。
「目的は三つ」
俺は掲示板の前で五人に向き直った。
「一つ、ギルド本部の蘇りモンスター対策への協力。これが公式な名目だ。二つ、教会の魂の搾取の証拠集め。大聖堂の地下に搾取装置があるはずだ。三つ——シャルロットの家の真実。アイアンメイデン家と教会のつながりを暴く」
全員が頷いた。
リリスが腕を組んで笑っている。シャルロットが剣の柄を握っている。セラフィナが静かに目を閉じて、何かを祈っている。メルティが俺の袖を掴んでいる。
王都へ。教会の本拠へ。
だがこの時、俺たちはまだ知らなかった。教会が既に先手を打っていることを——テルミナに向かうもう一つの勢力の存在を。
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