第34話「冥渦の前兆」
真夜中。魂が、揺れた。
ベッドの上で跳ね起きた。魂魄支配が勝手に反応している——いや、外部からの干渉だ。冥府の方角から、魂の波動が送られてきている。
カロンだ。
魂を通じた長距離通信。冥府の管理者が、地上にいる俺に直接語りかけている。緊急事態でなければ使わない手段だ。
目を閉じ、魂の周波数を合わせた。カロンの声が、頭の中に直接響く。
「レイド。聞こえるか」
「聞こえてる。何があった」
「裂け目がさらに拡大している」
声に焦りがあった。数千年を冥府で過ごしたカロンが、焦っている。
「メルティの暴走を止めた時に修復した裂け目とは別の場所に、新たな亀裂が三本走った。怨念体の発生速度が倍になっている。冥都の東部だけでなく、南部と北部でも崩壊が始まった」
「そこまで悪化しているのか」
「このままでは——半年以内に冥渦が本格化する」
半年。タイムリミットが示された。
「冥渦が本格化するとどうなる」
「生と死の境界が崩壊する。地上にアンデッドの大軍が溢れ出し、死者の魂が無秩序に地上に現れる。生きている人間の魂も不安定になり、突然死や狂気が蔓延する。——かつて『始まりの死霊術師』が最終段階の力で阻止した災厄だ」
世界の崩壊。大げさな表現ではない。魂の秩序が壊れれば、生物は生きていけない。
「原因は変わらないのか」
「変わらん。地上の教会が魂の搾取を続ける限り、冥府の循環は加速度的に乱れていく。もはやわし一人では持ちこたえられん。——レイド。地上側からの対処を急いでくれ」
通信が途切れた。カロンの魂力も限界なのだろう。
暗い天井を見つめた。半年。それが世界に残された時間だ。
◇
翌朝、全員に共有した。カロンの通信の内容を伝え、状況を整理する。
だがその前に、もう一つ確認すべきことがあった。
「少し出てくる。一人で」
テルミナの南門から外に出た。街道を少し歩き、丘の上に登る。そこから魂視を展開した。
南の街道沿い——数日前の夕方に丘から見つけた「黒い点」。あれから数日が経っている。まだいるのか。
いた。
五つの魂の点が、テルミナの南西三キロほどの位置に留まっていた。移動していない。定点観測だ。テルミナを監視している。
距離を詰めた。丘を降り、街道を外れて林の中を進む。魂視で位置を把握しながら、気配を消して接近した。
林の中に、小さな野営地があった。焚き火の跡。携行食の包み紙。寝袋が五つ。だが——今は無人だ。全員が別の場所に散って、観測任務に就いているのだろう。
残された荷物に目を通した。手紙はない。だが、鞄の底に紋章入りの金属板が一枚。教会の身分証だ。
やはり教会の密偵だった。
何も触らず、野営地を離れた。気づかれた痕跡は残さない。
テルミナに戻り、全員に報告した。
「教会の密偵が五人、テルミナの南西に潜伏している。俺たちの動向を監視している」
シャルロットの拳が握られた。セラフィナの目が鋭くなった。
「排除するか?」
リリスが聞いた。
「泳がせる。今手を出しても、次の密偵が来るだけだ。教会が何をしようとしているのか——全体像を把握する方が先だ」
「監視されてるのに放っておくの?」
シャルロットが眉をひそめた。
「放っておくんじゃない。監視されていることを知った上で、こちらも相手を観察する。相手の動きから、教会の意図が読める」
メルティが首を傾げた。「ししょう、頭いいですね」
「頭が良いんじゃない。七年間、影にいた経験が役立ってるだけだ」
◇
午後。ギルドで全国の状況を確認した。
通信書が山のように届いている。フィーナが深刻な顔で読み上げた。
「王都南部のダンジョンでAランク魔物が三体同時に蘇り。Sランクパーティ二組が対応中」
「東部の港町で海竜の骨格が蘇り、港を封鎖」
「北部の山岳地帯で古代の竜骨が動き出した報告。被害拡大中」
「西部の穀倉地帯で、墓地から大量のアンデッドが出現。農民の避難が始まっている」
全国規模だ。蘇りモンスターの問題は、俺がテルミナ周辺で鎮魂して回る程度では追いつかない規模に拡大している。
「そして——こちらが教会からの公式声明です」
フィーナが一枚の書類を差し出した。
「『各地のモンスター蘇り現象は、魔王復活の前兆である。教会は聖騎士団を派遣し、この危機に対処する。全国民は教会の指導のもと、団結して立ち向かうべし』」
魔王復活の前兆。
嘘だ。
蘇り現象の原因は教会自身の魂の搾取だ。冥府の魂の循環を乱し、死者が還れなくなっている。それを「魔王のせい」にして、自分たちの罪を隠蔽している。
「教会は自分たちが原因だと知ってるのか。それとも本当に気づいてないのか」
セラフィナが静かに言った。
「知っています。……天界にいた時から感じていました。教会は、都合の悪い真実を隠す組織です。彼らは魂の搾取が冥府に与える影響を把握しています。把握した上で、それでも搾取を止めない。聖女の力も、勇者の聖剣も、聖騎士団の超人的な体力も——全て、死者の魂を燃料にしているからです」
部屋が静まった。
「止めれば、教会の力が消える。だから止められない。代わりに、別の原因をでっち上げて世間の目を逸らす。それが教会のやり方です」
セラフィナの声は淡々としていたが、紫の瞳に怒りの色があった。天界の裁定者として、人間界の秩序を監視してきた存在だ。教会の欺瞞を、最も近くで見てきたのかもしれない。
◇
「証拠が必要だ」
俺は言った。
「教会の魂の搾取が冥渦の原因だと、世界に知らしめなければならない。だが証拠がなければ、誰も信じない。教会の信仰は根深い。口で言うだけでは覆せない」
「証拠はどこにある」
リリスが聞いた。
「教会の本拠——王都の大聖堂の地下に、魂の搾取装置があるはずだ。カロンが冥府から見た映像にあった。だがそこに入るには——」
「王都に行かなければならない」
オルガが奥から出てきた。話を聞いていたのだろう。
「レイド。王都のギルド本部からの招聘——対策顧問の話。あれを受ければ、堂々と王都に入れる。ギルドの公式な任務として」
「教会の懐に飛び込むことになる」
「ああ。だが、外からでは何もわからない。……覚悟はあるかい」
俺が答える前に、シャルロットが口を開いた。
「レイド。王都に行くなら、私も行く」
声が硬かった。決意の声だ。
「アイアンメイデン家は王都にある。叔父上と教会のつながりを調べたい。……叔父上が私にかけた呪いは、教会の魂の搾取と同じ系統だった。無関係とは思えない」
「わらわも行くに決まっておろう」
リリスが腕を組んだ。
「私も」
セラフィナが頷いた。
「メルティも! ししょうのいないところには行きません!」
メルティが袖を掴んだ。いつも通りだ。
五人の顔を見渡した。全員が、同じ方向を向いている。
「……わかった。みんなで行こう」
それから、一拍置いて付け加えた。
「だが、その前にやることがある。王都に入る前に、できる限りの準備を整える。シャルロットの呪いの第5段階解除。セラフィナの封印のさらなる解放。メルティの実体維持の安定化。そして——全員の連携の最終調整」
「準備期間は?」
「二週間。二週間で仕上げて、王都に向かう」
窓の外で、テルミナの夕日が沈んでいく。
半年のタイムリミット。教会の密偵。王都への道。全てが動き始めている。
立ち止まっている時間は、もうなかった。
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