後10
サックスとユキヒョウが、左右に分かれて走り出す。
ユキヒョウは、まっすぐに左へ。サックスは、僕らから距離をとるように右へ。
厄介な動きだ。戦いなれている。
「ハーム、僕らも距離をとる」
真後ろに、僕を乗せたハームが逃げる。全員が、お互いから逃げるような動きだ。
左に逃げたユキヒョウを追えば、サックスが自由に動けるようになる。二人一組で動いている僕らと違って、正面から戦うユキヒョウと、援護射撃するサックスという構図が生まれる。
さっき、僕が背後から撃った、馬のウォッチメイカー。あれと同じようになってしまう。
右に逃げたサックスを追えば、今度はユキヒョウに背後を晒すことになる。
ハームと同じ、機動力の高いヒョウだ。それに、熱量兵器が搭載されているんだ。背中を見せれば、あっという間に狩られてしまう。
相手が動いているうちに、砲戦に都合のいい場所取りをした方がいい。
「メルン、サックスの動きが異常よ」
「どういうこと?」
「移動速度が速すぎる。まるで、サイボーグ化しているみたい」
「まさか」
サックス自身もサイボーグ化している?
そんなことってあるのか?
「ううん。機械化しているとは思えないのだけれど……。金属反応もないし、動力も積んでいないはず」
「じゃあ、なんで」
「わからない。わからないけど、人間の動きじゃない!」
ハームの声は、まるで悲鳴のようだった。
そんなに無茶苦茶な動きをしているのか。
「まずいな……。となると、サックスは簡単に落とせないかもしれない。先に、ユキヒョウから潰すよ」
「たぶん、向こうはわたしと同スペックだから」
「簡単にはいかないってこと?」
「ええ」
「大丈夫。それは、わかってる。左側に、弧を描くように移動。サックスとユキヒョウが、直線で重なるように」
一対一の状態を崩すな。
格闘にも、持ち込ませるな。
ハームが、上下の動きを交えながら、撃たれないようにユキヒョウ側に回り込んでいく。ユキヒョウもそれを察したのか、今度はサックスを中心に円を描くように移動を始めた。
常にサックスと二人で狙えるように、位置取りを維持してくる。
「くっそ、均衡を崩せない!」
「メルン。サックスが、屋根の上に!」
ハームの言葉に、遠方を注視すると。数百メートルは離れた屋根の上に、人影があった。もうあんなところまで移動していたのか。
サックスの武器は、僕と同じくハンドガンだろうに。そんな距離からじゃ、照準の補正があったって、当たらないよ。
「ハーム、サックスを撃てる?」
「ユキヒョウは……移動中。撃てる!」
屋根を爪で抉り、破片を弾き飛ばしながら、ハームが急停止をした。僕の体ががくんと振り回されるのを支える尻尾が、脇腹にぎりりとめり込んだ。吐きそうだ。
ハームが射撃体勢に入ったというのに、屋根の上のサックスに逃げる様子はない。何が、目的なんだ。
リニアカノンがチャージされ。
サックスも、ハンドガンを構える様子を見せた。
なぜだろう。なぜ。
こうも、不安なんだ。
ハームの口から紫電が迸ると同時に、両腕で顔を庇う。本能のようなものだった。根拠も理由もなく、ただ不安だったから、両腕で顔を庇った。
左腕に、鈍い痛み。衝撃に、腕が弾かれる。
こじ開けられた隙間から見えた視界には、既にサックスの姿はない。
撃たれた。
あの距離から、ハンドガンで、顔を正確に狙ってきた。
「何が、起きてるんだよ! あり得ないだろ!」
「リニアカノンも避けられた! あり得ない!」
ハームも叫ぶ。
けれど。僕らが驚いている間にも、当然サックスたちは動いているわけで。
「ユキヒョウが撃ってくる!」
ハームが飛び降りる。頭上を熱線が薙ぎ払った。
だめだ。後手に、後手に回らされている。予想外のことばかりで、対応が追い付かない。
「また、サックスが屋根に上がった……」
どうすればいい。なんで、あんなに正確に射撃できる。たかがハンドガンなのに。どうして、ライフルのように正確に狙撃できる。
なんで、リニアカノンを避けられる。
なんで、そんなに速く動けるんだよ。
生身の人間だろうが!
「化け物……」
ハームがぽつりと呟いた。
それは、僕の心に浮かんでいた言葉と一緒で。
絶望が、じわりと。布に落としたインクの染みのように。黒く、ゆっくりと、にじんで広がっていく。
「勝てるのかな、あんなの」
ライオンのような、わかりやすい暴力を前にしたときの方が、まだ希望があった。
得体のしれない力が、不気味でたまらない。
そんな得体のしれない力を持っているのに。驕らず、むしろ臆病なくらい丁寧に詰めてくる。その、徹底的な殺意に、恐怖した。
背中に、じっとりと冷たい汗が流れる。
射線が通らないように。
ネズミのように、狭い路地を、人目を忍ぶように、せこせこと走って逃げ回る。
建物を破壊し、薙ぎ払う熱線に怯え。がむしゃらに、路地を抜ける。
「ぐうっ」
落ちてきた瓦礫が額に当たった。
垂れてきた血が口に流れ込む。広がる鉄さびの臭い。命の欠片の味がする。
「ハーム」
「どうすればいい?」
「射線が通ってなくても、建物越しに、サックスを撃てる?」
「遮蔽物が薄いところでやってみる」
身を翻し、熱線をかわして。着地した足を、そのまま固定して。
リニアカノンが放たれた。石壁を貫通し、その奥へと砲弾が突き進む。
「屋根の上に移動! ユキヒョウ側へ!」
跳び上がり。久しぶりにクリアになった世界に、サックスの姿はない。
神出鬼没、というか。むしろ、不気味さすら感じる。人間ではなく、幽霊か何か、オカルトの類を相手にしているような気分だ。
でも。撃てば、逃げる。
砲弾を避けられること自体がおかしい、ということにさえ目をつぶれば、あくまで人間だ。撃てば死ぬ、人間なんだ。
ちゃんと頭上を押さえてれば、大丈夫だ。
自分に言い聞かせて、ユキヒョウを追う。
「ハーム、難しいことだとは思うけど、お願い。下に降りたら負けだ。常に、サックスが頭を出したら反撃できる位置取りをしよう」
「かなり難しいけど……できないことじゃない、かな」
「ちなみに、ハームの脚で、サックスに追いつくことは出来る?」
「それは出来る」
「おっけ」
ユキヒョウから落とすという方針は変わらない。
サックスの銃撃は、確かに脅威だけれど、その一発で死ぬことはほぼ無いだろう。
ユキヒョウに撃たれれば、一発で焼き払われる。
熱線の砲撃を、左右に跳ねながらかわす。向こうが撃っている間は、距離を詰められる。好都合だ。
「メルン、サックスが上がった」
素早く視線を走らせ、サックスがいるであろう方向に、ハンドガンを向ける。
当たらなくていい。威嚇になれば。
発砲。サックスは、人間離れした、昆虫を彷彿とさせる動きで姿を隠した。やっぱり、撃たれるのは嫌みたいだ。
この距離で、騎乗しながらの射撃。当たるはずなんてない。それでも、サックスは隠れた。
来るとわかっている砲撃は、容易くかわせるけれど。銃弾や砲弾が見えているわけじゃない。
徐々に、情報が手に入ってきた。
焦りが、体から抜けてくる。




