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後9

 いつもと同じように。

 僕が苦しんでいるときに。僕が追い詰められているときに、ふらりと現れ、飄々と事態を変えていくこの人は。まったく。

 苦笑が漏れる。


「サックスさん。遅いですよ」

「済まない。やることがあってね」

「まあ、仕方ありませんよ」


 視線を交わし、揃って笑う。

 戻ってくるハームの姿を横目で捉え。


「ああ、ハーム。ありがとう。完璧だったよ」

「メルン……無茶しすぎだって……」

「ごめん。わがままついでに、もう一つお願いしたいんだ」



 ――――サックスを、殺せ。



 迸る紫電から、サックスが身をよじり、かわす。

 ハンドガンを向けると、上から飛び降りてきた白い影が、サックスを路地に引きずり、持ち去ってしまった。


「ちっ、外したか。ハーム! 乗せてくれ!」

「回復した!?」

「大丈夫、動ける!」


 駆け寄ってきたハームに飛び乗る。まだ左肩には違和感が残っているけれど、ナノマシンで、だいぶ癒されている。


「何をする!? メルン君!?」


 屋根に飛び乗り、サックスから距離をとる。


「しらばっくれるな! 心当たりしかないくせに!」

「なんの話だよ!」

「あんたがベルトマンさんを殺したって、わかってんだよ!」

「誤解だ! 根拠はあんのかよ!」


 お互いに姿が見えない状態で怒鳴り合う。

 白々しいことを、声高に叫んでるんじゃねぇよ。腹が立つ。


「お望みなら、言ってやる! そもそも、考えてみれば、あのときからおかしかったんだよ。なんで一級ウォッチメイカーのあんたが、三級と組まずに、一人でニューロンドン市内の任務に当たっていたんだ! 寿命の買い取り任務は、一級と三級の二人一組で行うもんだろうが!」


 一級ウォッチメイカーの熱量兵器は。この街の建物を倒壊させた威力からわかるように、街中で撃てたものじゃない。破壊力がありすぎるんだ。だから、身の安全のために三級ウォッチメイカーを連れ。そして、新人のウォッチメイカーの研修も行う。

 そういうものだったはずだ。

 でも。サックスは、いつも一人だった。


「それは」

「それだけじゃない。ベルトマンさんを撃った犯人は、一級ウォッチメイカーだった。熱線で撃たれて死んだんだ、あの人は」

「一級ウォッチメイカーは、俺だけじゃないだろ!」

「変だったんだよ。あのときも、おかしな状況だったんだ。全てはベルトマンさんの暗殺の為に整えられたような状況だったのに。なぜか、犯人は、止めを刺さずに逃げたんだ。僕が現場に着いたとき、ベルトマンさんにはまだ息があった」

「捕まらないことを優先しただけかもしれないだろ」

「その通りだよ。捕まらないことを、優先できたんだ」


 ただ、意味もなく。捕まらないことを優先した、なんてことはあり得ない。

 そもそも、ベルトマンを暗殺しやすくするために、新人のウォッチメイカーと組ませたんだ。

 メンテナンスに出したりと、調子の悪かったバックルを理由に、地方都市での任務を断られるのを防ぐ役割もあったのだと思う。


 殺すために組ませた、三級ウォッチメイカーを警戒して、どうしても暗殺したかったベルトマンの死を確認せずに立ち去るか?

 否。そんなことはあり得ない。

 すぐに犯人が現場を去ったのは、死を見届ける必要がなかったからだ。


「サックスさんは、ベルトマンさんに言っていた。『怪我すんのほんと嫌いだよな』って。知っていたんだ。ベルトマンさんの体が、もう、ナノマシンで治癒できないことを。熱線を一発当てれば、あとは放っておいても死ぬってわかっていたから、すぐに現場から去った」


 僕と面識もあった。だから、姿を見せずに、すぐに去ったというのもあるだろう。


「メルン君。聞いてくれ。確かに、彼を撃ったのは、俺だ」


 サックスは、静かに言った。

 胸に痛みが走る。

 予想していた。わかっていた。なのに、改めて本人から言われ、こんな痛みが走るのは。


「あなたのことを、信じたかった。困っていると、颯爽と現れて助けてくれたあなたは、憧れの先輩だったんだよ……。だからこそ、ここで、止めるんだ」


 サックスがいるであろう場所に、ハームが砲撃を放つ。破壊音と、路地の隙間を、サックスの相棒のユキヒョウが駆け抜けていくのが見えた。

 あなたのことを、尊敬していた。

 僕の正義を肯定してくれたときは、救われる思いがしたんだ。

 そのあなたを、殺さなければいけない。


「くっそ、マジで殺しに来るじゃねえか」

「あなたが、僕を、知り合いすら殺せる人間にしたんだ」

「ベルトマンさんを殺したのは、仕方がないことだった。あの人がいる限り、革命は起きなかった。メルン君は、このままでいいのか! ニューロンドン市のやり方が変わらなくてもいいのか!」

「変えようとは思っているよ」

「正義を捨てたわけじゃないなら。なぜ、まるで体制側のように、俺たちを攻撃する」

「あんたらが先に正義を捨てたからだよ」


 越えてはいけない一線を越えたんだ。

 サックスさん。あなたが、正義を捨てたんだ。


「一日遅くなれば、それだけニューロンドン市による犠牲者は増える! ここで一時的に多くの命を散らしたって、ニューロンドン市を止めるべきだった。目的の為に、手段を選べる状況じゃなかった!」

「違う、それは違う!」


 そんな言い訳、聞きたくないんだよ。


「手段を違えた時点で、そこに正義はなくなっているんだよ、サックスさん」


 何が、革命だ。

 何を、守ろうとした。


「守るべき命を奪った時点で、ニューロンドン市と同じだろうが! もう一つのニューロンドン市を造り、拮抗させる。ああ、そうだ。あんたがやっていることは、まさにニューロンドン市だ!」

「メルン君。君なら、わかってくれると思っていた。前に話したよな。大きな変化をもたらすには常識を飛び出した手段が求められると」


 ハームが跳躍した。隣の屋根に飛び移る。

 熱線が建物を穿ち、抉り、大穴をぶちあけた。崩れ、広くなった視界の先に、サックスとユキヒョウの姿が見える。

 撃ち返してきた、か。


「君は聡明だ。事実を見抜く力がある。機転もきく。他のウォッチメイカーたちを倒す力もある。本当に、君のことが欲しかった。だが、所詮は常識に縛られたまま、抜け出せなかったんだな」


 眉を吊り上げ。心底失望したような、冷徹な視線を僕に向けてくる。

 ああ、そうか。

 もう、分かり合うことは出来ない。


「言葉はもう、意味を持たないのかもしれないね。ハーム、いくよ」


 もう、どれだけ言葉を交わしたところで、それは空虚なものになるだけだ。

 分かり合えなかった人間は。最後は、暴力で解決するしかない。

 暴力に勝る対話はない。結局は、意見を押し付け合うことしかできないなら。それぞれの正義をぶつけ合うことしか出来ないなら。


 共感し合えない僕らに出来ることは、殺し合うことだけだ。


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