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後6

 敵のウォッチメイカーが徐々に近づいてくる。


「合図で、撃って走り出すよ」


 小声でハームに囁いた。

 ハームは爪を列車の床に立て、口を開ける。リニアカノンの、レール状の砲身が、サイボーグ犬をがっちりと捉えた。


「撃て」


 紫電が走った。

 レールが震える振動音、そして、機械の体が砕け散る炸裂音。

 サイボーグ犬だった残骸と、腰を抜かしたウォッチメイカーに向かって、ハームと駆け寄る。

 ハームが先んじた。クロヒョウの俊敏さで、ウォッチメイカーを飛び越え。腕を咬み、振り回して、僕に向かって放る。ハームが捨てた、ちぎれた腕。それと、ウォッチメイカーの体が同時に地面に落ちた。


「あああああぁぁぁぁっ! な、なにが」


 目の前に落ちたウォッチメイカーに、ハンドガンの銃口を向ける。

 恐怖で彩られた両目から涙を流している、この若いウォッチメイカー。僕の同期で、三級ウォッチメイカー、だったかな。何度か話したことがある。

 少しだけ理想家で、何も考えずに、人に優しく出来るような奴だった。お人よしだ。

 嫌いじゃ、なかったんだよな。


「や、やめてくれ。メルン、俺だ。わかるだろ? 殺さないでくれ」


 血が噴き出す腕の付け根を必死で握りしめながら、命乞いをする。

 あなたには、怒りも、恨みもない。でも。哀れだとも、思わない。


「ごめん。あなたに構っている時間がないんだ」


 撃鉄が、落ちた。

 手に伝わる振動は。肩を押す衝撃は。

 命を一つ奪うには、あまりに軽い。


「行こう、ハーム。ここは危険だ」

「ええ。目指すべきは?」

「ウォッチメイカーを片っ端から潰していきたいところだね。その中に、この都市内での指導者もいるだろうし」

「わかった」


 先行するハームについていく。

 バックルはベルトマンの後ろを歩んでいた。ハームはいつも、僕の前にいる。これが、僕らのやり方だ。


「サイボーグ動物は、発見次第撃ってくれ」

「ええ」


 ハームの爪が伸び。

 レンガで舗装された地面に切り傷を残す。

 ひらりと身を躍らせ、建物の壁から屋根へと、立体的に黒の軌跡を残していく。


「発見」


 また、リニアカノンが放たれる。着弾地点から黒煙が上がり。それに伴い、人間の断末魔が空へと伸びていった。

 ここは。きっと、戦場だ。

 命が散る。

 ハームの攻撃で、命を落とし損ねたのだろうか。壁にぐったりともたれかかるウォッチメイカーがいた。彼もまた、若い。僕と同じ、三級ウォッチメイカーだろう。

 気丈にも、敵意に満ちた視線で睨み返してくる。


「よくも、相棒をやってくれたな」

「本望だろうが」

「なんだと?」

「命を散らし、時間を得ることが好きなんだろう? なら、本望じゃないか。そう、言っているんだ」


 レンガに血まみれの銃弾が突き刺さる。紅の華が咲いた。

 薬莢が、地面を転がる。


「メルン、相手も気づいたみたい。サイボーグ動物が、市街に展開してる」

「数は?」

「三。それに、庁舎に一匹陣取っているみたいね」

「なら、周りから潰していこう」


 ハームがひらりと飛び降り。僕を尻尾で抱き寄せる。


「怖い顔してる」

「怖いんだよ」


 ウォッチメイカー同士で殺し合わなければいけない、この現実が。

 命を奪われるかもしれない。それが怖い。

 命を奪わなければならない。それも怖い。

 そして、僕が失敗したらどうなるのか。それを想像しながら、命の奪い合いをすることが怖い。


「でも、やらなくちゃいけないんだろう」

「そうね」


 怖いからできません、だなんて、今更言えない。言う気もない。


「乗って。メルン。人間は非力で、撃たれれば、かわすことが出来ない。狙われたら、そこで終わり。だから、乗って」

「わかった。ハームに乗るなんて、いつぶりだろう」


 ヒョウにしては、大きなその背中にまたがる。

 機械化されているからこその力強さで、尻尾が僕を支える。

 小柄な僕と、大柄なハームだからこそ、騎乗できる。

 首元の毛をしっかりと握りしめると、ハームが駆け出した。上下に激しく揺さぶられる。しかし、赤と白のコントラストが美しい街並みは、はっきりと、さっきよりも速く流れていく。


 風を強く感じる。

 時間が止まった世界では、何かが激しく動かない限り、巻き起こらない風だ。

 目を細め。空気の暴力に抗いながら、前を目指す。


「ウォッチメイカー発見。距離、二四五メートル」

「サイボーグ動物は?」

「その隣で待ち構えてるみたいね」

「厄介だ」


 リニアカノンにしろ、熱線にしろ、撃つときの反動が大きいというデメリットがある。だから、発射の前に、構える必要がある。待ち構える方が、一手早く撃てる。


「格闘、かな」

「メルンは?」

「相手の目の前で下してくれ」

「大丈夫?」

「いける」


 建物の陰を走り、相手の射線を遮るように距離を詰めていく。


「距離、三〇! 飛ぶよ!」


 ハームの体がふわりと浮く。地面を蹴り、そのまま壁を蹴って大きな通りを飛び越えるように身を躍らせた。

 慣性に振り回され、引きずられる体。それに耐えながら見下ろした通りに、ちらりとウォッチメイカーの姿が見えた。

 一瞬で視界を通過したハームを追うべく、首を振るサイボーグの狼。その頭上をもう一度、壁を蹴ったハームが反対側に飛び越える。

 壁を越え、ジグザグに背後を取り。弾丸のように、まっすぐに突っ込んだ。

 宙に放られ。視界がぐるぐると回転する視界に、ウォッチメイカーと地面が同時に近付く。


「うわぁぁっ」


 情けない悲鳴を上げるウォッチメイカーに激突。二人して、地面に転がった。

 痛みを無視して体を起こすと、ハームが狼の喉元に咬み付いている。


 チャージの音。そして、狼の頭部が吹き飛んだ。

 僕もハンドガンをウォッチメイカーに向ける。負けじと、電撃のハンドガンを向けてくるウォッチメイカーに、一手早く弾丸を放った。


「メルン、怪我は?」

「大丈夫だけど……一応、ナノマシンを打ってもらえる?」

「そうね。事前に治癒力を上げておいた方が、怪我しても動きやすいかもしれないわね」


 ハームが僕の腕に、浅く牙を立てる。液薬が注入される感覚がした。

 鋭い牙が刺さったはずの注射痕は、真っ先に治癒され、残っていない。

 これだけ素早く傷を治療することが出来るナノマシンは、しばらくの間は血中に残る。液薬を入れるときに受けている傷がすぐに治るのはもちろんのこと。そのあとに受けた傷もすぐに治るから、怪我しても動きが鈍りにくい。

 もちろん、副作用として、使い過ぎると代謝が良くなりすぎて、体力の消耗が大きくなるというデメリットもあるんだけど。


「残り、二」


 深く息を吐く。

 最奥で陣取っているウォッチメイカーを合わせると、三か。


「多いね」

「そう、ね。しんどいだろうけど……もう一組、近くに来てる」

「くそ」


 再びハームに騎乗する。

 建物の屋根に跳びあがり、見えたのは。


「ライオン……」


 壮年のウォッチメイカーと、サイボーグ化されたライオンだった。


「デカすぎるよ」

「あれに格闘で勝つのは厳しいわよ、流石に」


 どれだけ改造されているというのか。体格が良すぎる。

 それに、あのウォッチメイカーの年齢から考えて、一級ウォッチメイカーなのは間違いない。

 ライオンが口を開くと同時に、ハームが建物から飛び降りた。

 背後から、熱波が追いかけてくる。ちりちり、と襟足が焦げる音がした。振り返ると、さっきまでいた屋根が抉り取られている。

 ガラガラとレンガが崩れ落ち、出来の悪いブロック工作みたいになった。


「あっぶない」

「容赦なく撃ってくるわね」

「流石は一級、といったところか」


 それにしても、この街に住人はいないのか。これだけ戦っていても、悲鳴の一つも聞こえてこない。出歩いているのは、過激派のウォッチめかーだけだ。

 既に、手にかけているというのだろうか。時間エネルギーに換えるために、街の人は一人残らず殺されているとでもいうのか。


「この街を更地にするつもりか! 一級ウォッチメイカー!」


 名も知らない敵に向かって怒鳴る。


「ほざけ。どうせ壊すものだ。こんな、古ぼけた抜け殻の街なんざ、残していてもしょうがない」


 もう一発飛んでくる。今度は建物に大穴を開け、街並みを崩していく。

 砲撃をかわしながら、ハームも次第に距離を詰めていく。


「どうするの、メルン」

「今考えてる」


 距離は近づいている。仕掛けるときは近い。

 ただ、どうやって仕掛けるかが問題だ。

 砲撃戦は、相手が有利。格闘戦も、相手が有利。

 勝っているのは機動力だけだ。


「ハーム。こうしよう」


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