後4
見えてきた。
冷静に、広がった視界で思い出せば、全てが見えてくる。
僕には見えていなかった。ベルトマンには見えていた。それが何なのか、やっとわかった。
すべては、あの日から僕の前に姿を現していた。
僕が間抜けだったから。何も見ようとしていなかったから、止められなかった。
死を、ありふれたものにしたのは、僕だ。
握りしめた拳から血を流したあの日から、きっと、僕が見えていないところでたくさんの血が流れていた。
「端末を一つ貸してください」
「何をするつもりだ?」
「地方都市全ての人口を調べます」
「それで何になる」
「過激派の狙いがわかります」
ふむ、と唸りながら、席に戻ったウェッソン一席が、僕に来客用の椅子を薦めた。モニターの一つを僕の方に向ける。
「これを使ってくれ」
「ありがとうございます」
ハームが僕が座る椅子に前脚を乗せた。
「データの分析だけなら、たぶん私の情報処理領域を使った方が速いと思うの。何をするつもり?」
「地方都市の人口の推移を知りたいんだ。『留学生』以外の名目で、急に人口が減少している地方都市がないか知りたい。僕の見込みなら、あると思うんだよね」
「待ってて」
ハームの尻尾の先端から、端子が飛び出した。それを機械に接続する。
「処理中……。あと二分」
「あと、不自然に処理された情報があれば、それも知りたいんだ。何かしらの方法で、地方都市から人を運び出したとするなら、情報の修正をする必要がある。その痕跡も探して欲しい」
「五分ちょうだい」
「ありがとう」
三分しか増えないのか。流石だ。
ウェッソン一席もデータの海を泳ぎながら唸っている。彼の方も、何かに気付き始めたらしい。
「過激派のウォッチメイカーたちの移動経路に、おかしなところはない。ないのだが……彼らの仕事量が、少なすぎる」
「任務が少ない、ということですか?」
「ああ。働かなすぎだ」
働いていない、ということは、暗躍に割ける時間が多いということになる。
「それはどの程度でしょうか」
「ニューロンドン市の時間で、数年単位で休業している者もたくさんいる。勤務中の者でも、数週間の休暇をとったりと、異常な動きを見せているな」
「なるほど。間違いなく、暗躍のための時間でしょうね」
どんどん、ピースがつながってくる。
ジグソーパズルの完成が近い。彼らの狙いが、思い描く光景が一枚絵になろうとしている。
「これで、わかりましたね。フロートカーの牽引に使われたのは、過激派のウォッチメイカーの任務とはまた別の列車です。記録に残らない、不正に動かされた列車が使われたものなのでしょう」
「そこに、どんな違いがあるというのだ?」
ウェッソン一席が首を傾げる。
「空の列車で、かつニューロンドン市に戻す必要がない列車が手に入ります」
過激派は、自由に人を運べる列車を動かしている。
きっと、フロートカーの牽引は、そのついでのようなものだ。最大の目的は、列車を手に入れることにあったのだろう。
三級ウォッチメイカーに対する襲撃と、列車の入手。そして、アンジェの死。どれも、きっと共通の目的の上で行われたことだ。そして、どれも、それ単体では成し遂げられない目標があった。
「メルン。終わった」
ハームが声を上げた。
「どうだった?」
「複数の地方都市の人口に、修正の手が加えられているみたいね」
「やっぱりか」
相手の狙いが見えてきたからには、次は相手の居場所を突き止める必要がある。
僕が打てる手は……僕が出来ることは。
頭が熱い。考えることが多すぎて、オーバーヒートしそうだ。
何か甘いものを食べようと、コートのポケットに手を入れてみると、妙に細長いものに当たった。引っ張り出してみると。
「スティックシュガー?」
「あのとき、カフェで持ち帰ったやつじゃない?」
「ああ……」
途端に脱力した。
子ども扱いされた腹いせに持って帰ったやつだ。
「君は何をしているんだ……」
ウェッソンにも呆れられてしまった。
他になさそうだから、仕方なく、口の中に砂糖を流し込む。妙に美味しい。甘さで疲れがとれたような。錯覚なんだろうけど、頭が動くようになってきた。
やりようはあるはずだ。
何かを見落としているだけで、手段はある。
例え不正に利用した列車で移動したとしても、あらゆるデータが偽造されているとしても。間違いなく、ウォッチメイカーや奪われた列車の居場所を掴むことは出来るはずだ。
予想が正しいならば……出来る、はず。
「そうか。あれがあるのを忘れていたよ。ハーム、無意味だけど、処理に時間がかかる、メッセージに搭載することが出来るプログラムの作成を頼む」
どういうものなのか、思いついた概要を説明した。ハームはこくりと頷き、目を閉じて作業を開始する。
ウェッソンがため息をついた。
「驚かされるな。親父が目をつけるわけだ」
「どういうことですか?」
「小柄で非力に見えるが、頭がよく回る。そして、若い。君なら、ニューロンドン市を変えることが出来るのかもしれないな」
「ベルトマンさんの、後継者ですから」
どんな表情をすればいいのかわからなかったけれど。
僕は、ベルトマンの後を継いだ。命を背負い、一緒に背負ってくれる人がともにいて。謙遜するところじゃないな、とは思った。
誇ろう。誇りに見合う仕事をしよう。
数分が経ち。
「メルン、出来た。よほど高性能なマシンじゃなければ、処理をするのに間違いなく五秒はかかる」
「十分だよ。よくやった、ハーム。それじゃあ……ウェッソンさん。謹慎を解き、僕に、何かしらの武器を持たせてくれませんか?」
「構わないが、何に使うんだ?」
「相手の本拠地に乗り込みます。これから、ニューロンドン駅に向かい、そこで敵の本拠地を特定します。その足で、殴り込みに行きますよ」
荒事は得意じゃない。
不安で胸がいっぱいだ。でも、大丈夫だ。ハームがいる。
戦い方は、きっとベルトマンが僕に教えてくれていた。
この手で決着をつけてみせるよ。
「その手で、ケリをつけてくるつもりか」
「ええ。過激派の目論見を、物理的に叩き潰してきます」
「若いな……」
ウェッソンが呟いた。その声には、老いを多分に含んだ羨望の色があった。
施錠された引き出しを開き、そこからアルミ製のケースを取り出す。ごとり、と机に置かれた。重たい音だ。
「これは、昔、親父がくれたものだ。事務席官には、護身用に実弾銃を持つ権利がある。それで、親父が用意してくれたのだよ」
出てきたのは、艶消しの黒で塗装された、オートマチックのハンドガンだった。
「五.七ミリのライフル弾を使用で、装弾数は二二発。防弾コートは撃ち抜けないが、無いよりはマシだろう。ストックは三段階の折り畳み式で、内蔵されている人工知能とジャイロモーターが、照準を補正する機能がついている。いつでも使えるようにメンテナンスをしてある」
グリップの上。安全装置のすぐ近くに、白く文字が彫ってある。
「『インヘリタンス』。遺産相続、か」
「親父の後継者たる君に相応しいだろう、ぜひ持って行ってくれ。許可証と、謹慎を解く辞令、そして、ウォッチメイカー襲撃事件の犯人捜査の命令を出しておく」
「ありがとうございます」
ベルトマンの遺産をコートの内ポケットに入れると、ずしりとした重みがあった。
ウォッチメイカーになるときに、ある程度の武器の扱いは習っている。どれも得意にはなれなかったけど、最低限の扱いは出来る。
「それでは……健闘を祈る。死んでくれるな」
ウェッソンが敬礼をした。それに、答礼する。
「お任せください。市内のことはお任せします」
未来を変えるために。
すべての死を無駄にしないために。
決戦を始めよう。




