後3
時間の流れる速さでは、敵に並んだ。味方も得た。
ただ、既に動き出している相手と違って、僕一人が自由に動けるようになっただけで、全てが後手に回っている。
「過激派は……どこまで動いていると思いますか?」
ウェッソンに問う。
彼はモニターに向かって、指揮棒のように指を振り、そこにあるデータを読みながら言う。
「彼らが動き出したのは、ニューロンドン市内の時間で、およそ九〇年前。既に計画は詰めの段階に入っている」
「そんな昔から」
「世代を経て、彼らは彼らの正義を受け継いで、前に進んできた。彼らもまた、時計管理局に勤めるくらいには有能だ。それこそ、今何をしているのか、我々に悟らせない程度にな」
「計画の全貌は掴めていないのですね」
「我々が把握している。いや、把握していたのは、親父の暗殺を狙っていることくらいだったよ。ただ、親父は何かしらのヒントを得ていたようだったが」
やはり、ベルトマンは何かしらを知っていた。
そのベルトマンが、自分の死が近いと知っていながら、ウェッソンに話していなかった理由はなんだ。確信が持てなかったのか、情報が足りなかったのか、それとも。
「ベルトマンさんが、ヒントを得ているような様子は、いつ頃からでした?」
「君と出会う直前だ」
あの頃か。ならば。
「ベルトマンさんがそのヒントを得たのは、彼がウォッチメイカーだからでしょうか」
「どういうことだ?」
ウェッソンが怪訝な顔をする。
「現場に出ていないと、気づかないことなのか、ということです」
「それは……そうかもしれない」
ならば。
僕だって、気づいていいはずだ。
彼ほど、情報にアクセスする権限がないから、知りえないこともたくさんあるけど。でも、今となれば。
「僕が知りたい情報に、ウェッソン一席がアクセスして教えてくれませんか? 僕は、ウォッチメイカーです。現場に出てきた。僕なら」
――ベルトマンと、同じ視界を持っている。彼の後継者なのだから。
「良かろう。全力で協力する」
これで、情報を手に入れやすくなった。
まずは、思考するんだ。
ベルトマンがヒントを得たのは、あの時期。あの時期に、何があったのか。
僕の知っていることは。僕が見たものは何だったのか。
「ウォッチメイカーに対する襲撃……。そうだ。ウォッチメイカーが移動中に、それも『留学生』の移送中に襲撃される事件は、いつ頃から起きていますか?」
「待ってろ……時期で言っても、君と私では時間の感覚が違い過ぎるな。君がニューデリーに行った後、中華第一都市に行く前、頃だな」
列車襲撃が始まって、すぐに狙われたということか。
「では、狙われた列車に共通点はありますか?」
「まず、全ての列車が留学生を積んでいるな。それでもって、担当官が全て三級ウォッチメイカーだ」
「二級と一級は狙われていない、ということですね」
「そうだな」
三級ウォッチメイカーを狙ったのはなぜだ。
一級ウォッチメイカーを狙わない理由はわかる。単純に、強いからだ。経験豊富で、武装も充実している。遮蔽物を築いたところで、熱線で丸ごと焼き払われる可能性も高い。
二級ウォッチメイカーを狙わなかったのはなぜだ。
「犯人の特徴は? もしかして、全員実弾銃を装備していたのでは?」
「それは……そうだ。全員武装が、防弾防刃コートに、実弾銃だ」
「となると、電撃に対して相性が悪いですね。それもあって、三級ウォッチメイカーを狙っていた……。いや、それぞれのウォッチメイカーが襲撃されたときの状況を教えてください」
「君が直接データを見た方がよさそうだな。データを見るのが私では、見えてこないものがありそうだ」
ウェッソンが席を立ち、僕に座るように促す。
頭を下げてから、彼の席に座った。モニター、同時展開されている仮想モニター、3Ⅾで表示されている状況再現模型なんかに、目を走らせる。
「犯行の手口は毎回同じ……フロートカーが犯行に使われていますね」
フロートカーで線路上を移動して、列車の動きを止めてから実弾銃で襲撃。
これは……おかしい。
「どうやって、フロートカーで移動したんでしょうか」
「それは、線路上を走るだけだろう?」
「おかしいんですよ。何もかも」
「どこが……」
まず、どこから乗り込んだのか、という問題がある。
フロートカーが使われている都市は、ニューロンドン市だけだ。となると、犯人はニューロンドン市内からフロートカーで移動をしたことになる。この時点で、まずおかしい。
「どこから乗り込んだにせよ、線路に途中から乗り込んだなら、目立ちすぎる。これだけの件数の事件が起きている以上、市内で阻止できていないのはおかしいです。線路わきには、侵入防止用の柵もあります。それが破壊された、なんていう事件が起きていない以上は、フロートカーを持ち込める場所は、二か所に絞られます」
一つは、ニューロンドン駅。
そしてもう一つが、ビッグベンだ。
「ビッグベンから乗り込んだにせよ、ニューロンドン駅を通過します。つまり、ニューロンドン駅が敵の手に落ちているのは間違いありません」
「なるほど。厄介な要所を握られたな」
「出来るだけ早急に奪還してください」
「任せておけ。そこは我々で動く」
「はい。お願いします」
そして、もう一つおかしいところがある。
「フロートカーでユーラシア大陸の地方都市に移動する場合、必ずドーバー海峡を通過しなければなりません。そもそも、イングランド内の地方都市が数が少ないので、ほぼ全ての列車がドーバー海峡を走ります」
「列車の方が、フロートカーよりも速い。あの長距離の海峡を走行するなら、必ず事故か目撃情報が入るはず、だな」
「そうなんです。なのに、犯人たちはドーバー海峡を無事故移動出来ています」
「駅が押さえられているから、運行ダイヤを把握している。それだけでは?」
「このダイヤを見てください。今、僕が襲撃された日を参考に、ドーバー海峡の列車の移動シミュレーションを出します」
3Ⅾで表現された橋の上で、青白い列車たちが動き出す。
あまりに忙しなく、とてもフロートカーの機動力で列車から逃げ切って渡ることは出来そうにない。
「これは……無理だ。移動できん」
「そうなんです。となると、考えられる手段は、列車での牽引です」
列車の後ろ側に、フロートカーを接続し、引っ張って走る。
これなら、列車と同じ速さで海峡を渡れる。
「となると、問題はどの列車にフロートカーを引かせたのか。考えられるのは、二つ。過激派のウォッチメイカーの任務にかこつけて運んだか、それ専用の車両を走らせたのか」
「過激派とみられるウォッチメイカーたちの列車での移動経路を洗い出す。すぐに始める。そう時間はかからないだろう。ここで待っていてくれ」
「お願いします」
「そうだ。そもそも、これは知る必要があるのか?」
どの列車でフロートカーを運んだのか、なんて知る意味がないのでは。ニューロンドン駅が過激派の手に落ちていることがわかったら、それで十分なんじゃないか、とウェッソンは訊いてくる。
僕はきっぱりと頷いた。
「あります。それ単体に意味がなくとも、それがこの後に知るべきことの、答え合わせになるんです」




