後2
事務席官の敵が、スミス二席だとして。それとは別に実行犯がいる。
実行犯は間違いなく、スミス二席にベルトマンの暗殺に成功したことを報告しているだろう。
その次に、どう動くかだ。僕をとるに足らない無能として、無視してくるのか。それとも、動きを押さえにくるか。殺しにくるか。引き込みにくるか。
考えろ。ニューロンドン市に着く前に、市内での立ち回りを決めておくんだ。
パリで生き残っている僕を攻撃してこなかったということは、僕を殺そうとはしていないはず。そこにどのような思惑があるのかはまだわからない。ただ、今のところ過激派に殺される心配はなさそうだ。
それはそうだ。過激派は、僕がベルトマンと協力していたことを知らない。データベースへのアクセスも、ベルトマンの予備端末からだ。
ただし、僕の行動を遅延させるために、他の地方都市に飛ばされる可能性は残っている。
スミス二席からの命令が先か。ウェッソン一席からの命令が先か。
どちらが先かで、状況が大きく左右される。
焦りが生まれる。手のひらはじっとりと汗ばんで、足は貧乏ゆすりが止まらない。
どっちだ、どっちが先だ。
海峡は越えた。ニューロンドン市は近い。
着信。表示されているのは、スミス二席。
『ベルトマン一級ウォッチメイカーの遺体を時計管理局の担当官に引き渡した後、モスクワに時間エネルギーの補充に向かうように』
やはり……狙ってきたッ。
モスクワという、往復にすら時間のかかる地方都市に、僕を狙い撃ちで、次の行動を起こす間もなく!
まずい。まずい。どうすればいい。これだけ離れた場所だと、手早く終わらせてニューロンドン市に戻ったとしても、相手に次の動きを考える時間を与えてしまう。
「メルン、もう一着来てる! 同着よ!」
ハームが叫んだ。慌てて着信を見返すと。
一秒差で、ウェッソン一席から届いている! ウェッソン一席の方が早い。
内容は、僕に謹慎を命じるものだった。
行動を共にしていたベルトマン一級ウォッチメイカーのサイボーグ動物の戦闘能力が著しく低下しているにも関わらず、単独行動をし、彼の身を危険に晒し、結果として死亡させた責任――これを負って、無期限の謹慎をするというものだった。
その「無期限」とは、ウェッソン一席の判断で終わるらしい。
最高の命令だ。
ウェッソン一席には、反省と、謹慎を受け入れることを記したメッセージを返し。
スミス二席には、ウェッソン一席から謹慎を命じられたため、命令を受けられないことを送った。
これで、ニューロンドン市内で自由に動けるようになった。
仕事上必要な権限は使えなくなるけれど、十分だ。
列車がニューロンドン駅に着いた。
僕たちはここで先に降りて、ベルトマンの遺体だけを乗せ、自動運転でビッグベンに送る。
念のため、ベルトマンが持っていたハンドガンの電撃で、彼の持っていた本端末を破壊してから、ポケットに戻した。彼の端末から、過激派が情報を得るかもしれないからだ。
ハームが先に降り、警戒する。
「大丈夫みたい」
「よし」
ビッグベンに直接行くようなことはしない。
今のやりとりで、敵は僕が穏健派として動いていることを察知したかもしれないからだ。
列車の中身を時間エネルギーに換える、技術官の一部が過激派に味方しているのだ。ビッグベンに直接乗り入れたら、「事故死」させられるかもしれない。
考えられるだけの可能性を、あるものだと思って動こう。
ベルトマンの死を、無駄にしてたまるか。アンジェの死を、事故として葬られてたまるか。
列車は自動運転に切り替え、ベルトマンの遺体は、ビッグベンに運ばれる。
ビッグベンへと歩きながら。街行く人々の表情に、気分が鬱々としてくるのを感じた。
皆、色とりどりの表情をしている。笑っている人がいれば、疲れ切った顔の人もいる。悲しそうな人がいれば、頬を赤らめている人もいる。
ベルトマンとバックルが死んだというのに。どうして僕は、こんなに感情を抑え込んで、先のことを考えられるんだ。
なぜ、頭が冴え渡る。
後悔もしている。成し遂げなければいけないことの重さに、不安を感じている。悲しみや、怒りだって。
でも、アンジェのときとは違って、先へと動いていける。
きっと。きっと。
――この世界には、死がありふれている。
殺し過ぎたんだ。
死なせ過ぎたんだ。
手のひらにすくった砂のように、握りしめるのが一瞬遅れただけで、いともたやすく命がこぼれ落ちてしまう。
ビッグベンの正面から堂々と中に入る。まっすぐにウェッソン一席に会いに行った。
「メルン三級ウォッチメイカー……か。話は親父から聞いていた」
彼個人の執務室。いくつもの機材に囲まれた椅子に、頭がすっかり禿げ上がった老人が座っている。
「おやじ、とは誰のことでしょう?」
「ベルトマンだよ」
違和感を覚えた。ウェッソン一席の方が、ベルトマンよりも年齢が高く、階級も上だ。老人の彼が、中年のベルトマンをおやじと呼ぶのは、不思議な感じがする。
「私は、この街の出身ではない。地方都市から、時間エネルギーに換えるべく送られてきた『留学生』ってやつだった。情、なんだろうなあ。結局死ぬまで理由は教えてもらえなんだが、親父が私を拾い、お袋の籍に入れてくれたのだよ。血の繋がりがなければ、戸籍上の繋がりもない。だが、私に新たな人生を与えてくれた以上、親父は親父なんだ」
ウェッソン一席は、虚空を眺めながら、懐かしそうに眼を細めた。
意外だった。ベルトマンと、目の前の事務席官にそんな過去があったなんて。
もしかしたら、ウェッソン一席こそが、誰よりもベルトマンの死を悲しんでいるのかもしれない。僕がニューロンドン市に帰ってくるまでの、彼にとっては長い時間のうちに、消化して、悲しみを隠す仮面を作り上げたのかもしれない。
そう思った。
「無謀な行為だ。彼にも若い頃があった、という話だな。そして、私が彼の話で思い描いていた君は、そんな無謀でまっすぐで、感情的で、か弱い若者だ」
ウェッソン一席は手元のパックから飲み物を一口含み。喉を上下させてから、言う。
「ずいぶんと、古ぼけているじゃないか。なんだ、その顔は」
「人が死ぬのを、目にしてしまったからだと思います。命を背負ってしまいました。責任があるんです」
「死者も生者も背負い込んでしまったか」
「……はい」
「重たいだろう」
「はい」
「重みに耐えかねて、背筋は曲がり、膝は震えているぞ」
横にある大型モニターに映る自分の姿に驚いた。
自信なさそうに背中を丸め、膝は小刻みに揺れている。なんだ、この情けない姿は。
「どれだけ心で無理しても、体は正直だ」
「そう、みたいですね」
「荷物の一つ二つ。ここで、下ろしていきなさい。君は一人で戦っているわけじゃない。私たちも、戦っている」
「しかし。僕が失敗すれば、多くの命が無駄になる」
「ならん。その時は、また誰かが君の役目を継ぐ。君に正義がある限り、誰かがその正義に共感し、君の背を追いかけるのだ」
ウェッソン一席は、飲み物をテーブルに置き。肘をついて、指を組んだ。その奥に、優しい光をたたえた目がある。
「もう、独り善がりな正義じゃないのだろう? 誰かと共に、痛みを感じる。優しい正義なんだ。独りぼっちになるわけがないだろう。ニューロンドン市内では、私が君を守る。これまでの犠牲者の命を無駄にしないために、他にも体制を変えようとしている同士が大勢いる。君は、過激派を止めることだけに、安心して専念してくれ。これから過激派が奪おうとしている命、ただそれだけを背負ってくれ」
戦っているのは、一人じゃない。




