後1
二人の死は、僕の心にすとんと落ちた。
理解も納得も、不思議なくらいに容易かった。
まるで、今ここで死ぬことが必然であったかのように。実に、虚無としての自然がそこにあった。
亡骸が、あった。これ以上なく、死である死が、あった。それが、ベルトマンで、バックルだった。
寄り添って力尽きた二つの遺体を前に。不思議と、涙は出なかった。
焼け跡の。砲撃の爆心地の中心に。手足を、目鼻を焼き払った地の中心に残っていたのは、彼らの遺志だった。
それでも。
「ベルトマンさん。僕は、どうしたらいいんですか。まだ、何も知らないんですよ。あなたばかり、なんでも見えていて。あなたばかりなんでも知っていて。僕だけじゃ、何もできない……」
早すぎる。逝くのが、早すぎる。
あなたのことが嫌いだった。あなたの考えに反発ばかりしていた。
けれど。
僕は、結局、あなたの指示に従っているだけで、自分一人では何をすればいいのかすらわからないんだ。
あなたは、自分の命が狙われているとわかっていたから。熱線で撃たれるかもしれないと悟っていたから。だから。なのに。逃げも隠れもせず、僕を巻き込まないように、単独行動をした。
「あなたたちが強すぎたんです。そんな勇気も行動力も頭脳も、僕は何一つ持っていないんですよ? 資格だなんて。僕には重すぎますよ……」
目の前で喪って初めてわかった。この二人の背中がどれだけ大きかったのかを。
記憶に蘇るベルトマンの姿、想い出。どれも、そのときには憎らしかったものだ。でも、それらすべてに彼の思いがあった。
僕に銃を突きつけたときの、表情の全てを思い出す。
「あなたは。最高の上司でした。お世話になりました」
頭を下げた。
欠損した体に腕を差し込み、持ち上げる。ぐらりとバランスを失いがちなその体は、この高い身長からは想像もつかないくらい軽い。
「ハーム、バックルを頼める?」
「あなたの護衛はどうしたらいいの? わたしは……怖い。まだベルトマンを撃った犯人がいるかもしれないこの街で、メルンを守れないかもしれないことが、何より怖いの。悪いけど、バックルには残ってもらう」
「そうか。犯人」
また、視野が狭くなっていた。
ベルトマンを撃ったやつが存在する。
まだ、この街を出ていないかもしれない。
「駅の封鎖が先だろうか」
「それは上に要請しましょう」
「じゃあ、ハームが連絡をいれてくれ。僕は、ベルトマンをここに置いていきたくない」
ベルトマン自身がこの様子を見ていたら、なんて言うだろう。
死体など置いてさっさと動きたまえと叱咤するだろうか。それとも、バックルも一緒に連れて行けと言うだろうか。
「すまない、バックル。ここで待っていてくれ」
体の半分が機械で出来ているバックルには、ベルトマンを守るにふさわしい力があった。だからこそ、僕らが運ぶには手に余る。
僕は、自分の手で運べる精一杯の、ベルトマン一人を抱えて、駅に向かって歩き始めた。僕を追い抜いて、警戒心を強めたハームが先導する。しきりにひげを動かし、忙しなく視線をとばしている。
段々と。機能を止めていた感情が動き出して。
悲しみ。怒り。不安。孤独感。虚無感。
渦巻いて、加速して。
だからこそ、こわばった頬は、どんな表情を作ることもできなくて。
駅に着き、列車の最前列に乗る。最後にベルトマンが座った席の背もたれを倒し、そこに寝かせた。
列車が、パリを発つ。いまだ立ち上る黒煙を背に、ニューロンドン市に向かって、走り出す。
隣で眠っているベルトマンの顔色は、生きていたときとなんら変わらない。感傷に浸っていると、今にも叱ってきそうなくらいだ。
「ベルトマンさん。無理、し過ぎだよ、ほんと」
死んだような顔して、働き続けて。
死んでもなお、働いてるような顔して。
「メルン。ニューロンドン市に帰っても大丈夫なの? その、過激派とかがメルンのことも狙うんじゃない?」
ハームが心配そうに言う。
「いや、帰らなくちゃダメなんだ。ニューロンドン市じゃなきゃ、ダメだ」
「どうして?」
「時間がないんだ。地方都市にいたら、敵に時間を奪われる」
きっと、敵は勘づいた。
僕らが、この世界で起きている不穏をかぎつけ、その証拠を探していることに。
だからこそ、地方都市に飛ばした。ベルトマンを殺すためだけじゃない。相手も、時間が欲しかったんだ。
「間違いなく、上層部に敵がいる。そいつらが、時間エネルギーを掠め取っている。僕らを地方都市に送り、数百分の一の速さの時間でのろのろと任務をしている間に、何かをしようとしているんだ」
地方都市への時間エネルギーの補充任務。腹が立つくらい、上手いやり方だ。
ベルトマンを暗殺するにしても、どこにベルトマンが現れるか事前にわかっているから、待ち伏せが容易い。
ベルトマンを暗殺できなかった場合でも、ニューロンドン市と地方都市の時間の流れの差を利用して、大幅に時間を稼ぐことが出来る。
「僕らがまずすべきは、ニューロンドン市に行くこと。時間という、一番大きなアドバンテージを、これ以上やるわけにはいかない」
考えることも、身の安全を講じることも。すべてはニューロンドン市でやることだ。
パリで一分間思考している間に、相手は数時間も考えることが出来る。守りを一時間固めている間に、相手は数日間攻撃の準備を出来る。
勝ち目を失ってしまう。
まず、間違いなくスミス二席は敵だ。
ベルトマンと僕を組ませたのも、僕らをパリに送ったのも、スミス二席。彼は反体制過激派であると考えるのが自然だ。
ならば、ニューロンドン市に帰ったときにすべきことは、スミス二席の指示を受けなくてもいい状態を作ること。せっかくニューロンドン市に帰ったのに、彼にまた地方都市に送られては、意味がなくなってしまう。
スミス二席以外の、反体制穏健派の事務席官から仕事をもらう必要がある。ある程度時間の自由がきき、任意のタイミングで行動を起こせるような仕事を。
ウェッソン一席はどうだろうか。事務席官の中では一番階級が高い。ベルトマンが機材の破壊をしたときに、連絡した相手でもある。あの局面で連絡をしたということは、反体制穏健派である可能性が高い。
「ハームは、ウェッソン一席を知ってる?」
「直接の面識はないけど……あの武装暴発事件で、ベルトマンをお咎めなしにした人みたいよ。データベースに記録が公開されてる」
「それが、どんな目的によるか、だよね」
ベルトマンの為を思ってお咎めなしにしたのか。それとも、確実に暗殺するために、お咎めなしにしたのか。
敵か、味方か。
「バックルが前線に復帰したのは、ウェッソン一席の計らいかな?」
「そうね」
ならば、味方の可能性が高い。
確実に暗殺したいならば、ボロボロであったとしても、バックルをつけることはないだろう。武装が使えなくとも、サイボーグ動物の機動力は脅威になりうるはずだ。
「ウェッソン一席に協力を頼もう。メッセージを送る」
僕はウェッソン一席に直通の連絡手段を持っていない。本来なら。今の僕には、ベルトマンの予備端末がある。
ベルトマンが暗殺されたことと、今の僕がニューロンドン市で自由に動けるような命令を欲していることを書いて送った。




