中6
時間エネルギーを掠め取って得をする人間って誰だ?
ベルトマンは、その人物と対立していると想定しよう。となると、時間エネルギーを掠め取っているのは体制側の人間ではない。
そうだろう。ニューロンドン市のやり方に賛同し、ニューロンドン市だけが発展していくことを願っているならば、こんなチマチマしたやり方で、時間エネルギーを奪う必要はない。
ニューロンドン市のやり方に反対している者の仕業、なのか?
だとしたら、地方都市からも時間エネルギーを掠め取る理由は?
仮にアンジェの死が、意図的に多くの時間エネルギーを回収するためのものだとしたら、それをした意味は?
犯人像が浮かんでこない。
僕が知らない思想を持った人間が、時計管理局内にいるということだろうか。
頭を抱えていると、ベルトマンの端末に通知が入った。
「スミス二席……地方都市への時間エネルギーの供給の任務か。メルン三級ウォッチメイカーを連れて行くように。僕同伴で地方に行くように、ベルトマンに命令が出てる」
「あら。まあ、普通の仕事だけど、メルンも一緒なんて」
「バックルが外されたのかもしれない。護衛として、ハームを動かすのかも?」
「十分にありえる話ね。ベルトマンには悪いけど、メルンの安全を重視させてもらうわ」
「そう言うだろうと思ったよ」
ベルトマンも彼自身の本端末で把握したのだろう。僕の端末にメッセージが届いた。
『仕事が入ってしまった。パリに時間エネルギーを補充しに行く。メルン君も同伴するように命令が来ている。時計管理局の正面出口で落ち合おう』
了解、と返信をして立ち上がる。
タイミングが悪いな。この判明した事実を、もう少し分析したかったのに。きっとベルトマンも歯噛みしていることだろう。
正面出口に行くと、破片で怪我をしたのだろうか。頬に薄い外傷保護シートを貼ったベルトマンが待っていた。予想外なことに、バックルも一緒にいる。ぐったりした様子だが、そこにいる。
「既にニューロンドン駅に列車を回しているそうだ。行くぞ」
「はい。バックルは無事なんですか?」
「無事だ。ただ、武装は封じられた。身体能力が低下しているわけではない、ということで、今回の任務には連れて行くことになった」
「そうなんですか。えーと、護衛の役目は果たせそうですか?」
「パリは治安がいい方だ。問題ないだろう」
生体部分が弱っていても、体を動かすメインは機械部分。格闘能力は変わらないのだろう。弱り切った様子は心配だけど、本人たちが大丈夫というなら、それでいい。
「あの後、どうなったんですか?」
駅に向かって歩きながら訊ねた。
「ウェッソン一席の事情聴取を受け、それから始末書の提出。その間にバックルの様子を調べ、武装へのエネルギー供給回路を閉鎖して終わりだ。メルン君は有意義な情報を見つけられたかね?」
「ええ。どうやら、時間エネルギーを掠め取っている者がいるようです」
「なるほど……」
ニューロンドン駅に着き、専用のホームで僕らを待っていた列車に乗ろうとする。いつも通り先頭車両に乗ろうとすると。
「待て」
「どうしたんですか」
「今日は時間エネルギーの補充だけだ。気分を変えて、一番後ろの車両に乗ろうではないか」
「珍しいですね」
「私にだって、気分でやり方を変えることくらいある」
やっぱり、ベルトマンの様子がなんだか変だ。
一緒に最後尾の車両に乗り、通路を挟んで隣の席に座った。
目を閉じたり、開いたり。指を組んだりほどいたり。ベルトマンの様子に落ち着きがない。
「どうされたんですか? なんだか、いつもと様子が違いますよ」
ベルトマンは小さなため息をついた。
ためらいがちに口を開き、言う。
「メルン君に伝えるべきか迷っていた。今が、その時なのかを」
「何を、ですか」
ベルトマンの背後の窓で、ドーバー海峡の波が静止した姿のまま窓枠の外に消えていく。もう、列車は陸地にさしかかったようだ。
「まず、本音で言ってくれたまえ。メルン君はまだ、自分自身の正義を持っているのか」
それは、ベルトマンに捨てろと言われたもの。銃を突き付けられ、捨てろと強要されたものだ。
どう、答えたものだろうか。
いつもとは違い、威圧感の一切ない。しかし、本気の色が見て取れるその眼差しに、思った。ここは嘘をつくところじゃない。本音で話す。腹を括ろう。
「申し訳ありませんが、まだ、持っています」
「そうか……」
ベルトマンは憤るでもなく、静かに頷いた。
「では、アレックス……あの寿命を売ろうと申請をした家族がいたな。彼の申請を拒否したとき、どう思った? これで良かったのだと思えたかね?」
「いえ。自分でもまだ気持ちを整理できていないのですが、あのとき、僕は寿命の買い取りを前向きに考えていました」
「正義を持っているのに関わらず、か」
「ええ。矛盾していますかね」
自分でも不思議だった。
ニューロンドン市の、人の命を時間エネルギーに換えることそのものが嫌だったはずなのに。アンジェが売ろうとしたときは、あんなにも止めなくてはと思っていたのに。
アレックスの寿命を買い取らなかったとき、彼が、哀れに思えたんだ。
「いや。だからこそ、私は君に資格があると考えた。矛盾しているからこそ、だ」
「矛盾しているから?」
「正義の対極にあるのはなんだ?」
唐突に投げかけられた、どこか哲学的な問い。
目の前にいるのがベルトマンじゃないような、不思議な感覚がした。
「悪、でしょうか」
「否。否だよ、メルン君。正義の対極にあるのは――」
ベルトマンは拳を握り固めた。
「――共感だ」
共感。悪ではなく、共感。
「正義を前面に押し出せば、相手の心に寄り添うことはなくなる。自分が正しいから、相手の事情を、気持ちを汲み取らなくなるのだ。正義には優しさも共感性もない。メルン君もそうだった。自分の正義と感情が先に立ち、『相手』を先に立てることがなかった」
僕の過去の言動が。ベルトマンの言葉と共に、胸に突き刺さる。
そうだ。確かに、僕には共感性が欠けていた。
――結局、アンジェの視線の先に何があったのか、いまだにわかっていない。
彼女を理解できなかったから。彼女に共感できなかったから、彼女を止める術が見つからなかったのかもしれない。
「ただ、アレックスの件でメルン君の心に残ったのは、正義ではなかった。彼の事情を汲み取り、その結果正義にそぐう結果を残念に思ったのだ。だからこそ、私は、君に『資格がある』と考えた」
列車が、静かに減速を始めた。パリに着こうとしている。
「さて。簡単な仕事だ。君は駅からシステムメッセージを送信する役を頼もう。時間エネルギーの補充は、私とバックルでしてくる」
「はい」
咥えタバコで歩き出したベルトマンの後ろ姿を、携帯灰皿はちゃんと持っているのかな、なんて思いながら見送った。
「あのタバコって、例のアレだよね?」
「アレね。あんな普通に吸いながら歩いてるってことは、相当常用しているみたいね」
「それにしても、ベルトマンがあんな話をするなんて、予想外だったね」
「共感性とか語る柄じゃないのは」
轟音が、ハームの言葉を遮った。
今日聞いたばかりの、破壊の音だ。
「バックルが撃ったのか!?」




