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中4

 メリットとデメリットだけで考えても、結論は出ない。

 時間がない。ならば、視点を変えろ。


「僕は、協力させていただきます」


 きっぱりと言い切る。

 ベルトマンは目を見開いた。


「ほう。意外だな」

「あなたが言ったのですよ。資格を得たと。ならば、その僕が得た資格というものを見てみようと思いまして」


 情報が足りないならば、集めればいい。

 ベルトマンがしようとしていることが、僕やサックスのような、ニューロンドン市のやり方を変えようとしているウォッチメイカーにとって不都合なものであるならば。内側から情報を手に入れてやる。何を狙っているのか、ベルトマンの言葉の意味は何なのか。見極める。


「そうか。ならば動き出すぞ。時間エネルギーの収支については、複数種類の資料を調べる必要がある」

「ストップ、ベルトマン」


 バックルが唸った。中腰で立ち上がり、廊下の先に視線を定めている。


「八〇メートル先のドアが開いた。微弱な歩行音。ネコ科のサイボーグ動物を連れている」

「チッ、サックスかもしれんな。行くぞ。場所を変える」


 防弾防刃コートを翻し、ベルトマンが反対側の廊下に向かって歩きだす。

 サックスが現れた。これからベルトマンの行動に協力することを思うと、少しだけ胸が痛む。

 迷うな。理想も、正義も捨てたわけじゃない。


 早足で歩くベルトマンの歩幅に、小走りを交えながらなんとかついていく。歩きながら端末を操作して、メッセージを僕の端末に送りつけてくる。

 それは、時間エネルギーの収支を調べるための手順を記したものだった。


 時間エネルギーの流れは、少しだけ複雑だ。

 まず、集め方が二種類。地方都市からウォッチメイカーが集めてくるものと、ニューロンドン市内で買い取るもの。

 これらの数値が正しいかどうかは、時間エネルギーの収入として記されている数値と、機材に残されているログを比較すればわかる。

 時間エネルギーの使い道については三種類。

 ニューロンドン市で消費するもの、地方都市で消費するもの、貯蓄するもの。これらは、ウォッチメイカーが送信した報告の数値と比較することと、時間エネルギーの結晶の在庫を見ればわかる。


『これらのデータを閲覧するための権限はあるのですか?』


 僕もメッセージを送り返す形で会話する。


『一級ウォッチメイカーには、収支のデータを閲覧する権限はある。が、各機材を調べる権限はない』

『では、どうやって』

『機材を破壊する。そして、それの修理のための業者に私の手の者を紛れ込ませる。その者にログを収集させる』


 意外と原始的な手段を使うのだな。ハッキングのような、電子的な手段を使うのかと思ったのに。

 もしかして、ベルトマンの協力者は少ない?


『破壊の方法と、ログの収集の方法は?』

『バックルの武装をあらかじめ故障したかのように加工しておく。バックルの砲撃を掠めさせる形で破壊する。修理の業者には、あらかじめデータを閲覧するために必要な、コードの暗号化を解除するためのツールを渡してある』

『そんなことをしたら、処分は免れませんよ』

『問題ない。バックルは、もともと壊れているのだ。処分が下るとすれば、バックルの廃棄のみだ』

『それは一体どういうことですか?』


 ベルトマンは足を止め、振り返った。僕の足も止まる。

 なんの表情も浮かんでいない、のっぺりとした顔だった。その空虚を、恐ろしいと感じた。


「傷ついた生体は、ナノマシンで修復できる。それを繰り返した場合、どうなるかわかるか?」

「傷直りが遅くなると聞きましたが……」

「それは、初期症状に過ぎない」


 ベルトマンは、人差し指と親指を開き、その狭間から僕を覗く。


「細胞の遺伝子には、テロメアというものがついている。これは、細胞分裂をするたびに短くなっていく」


 人差し指と親指の間が、どんどん狭くなっていく。


「これが、無くなったとき」


 指が、くっついた。


「細胞は、正常に分裂することができなくなる」

「がん細胞になる、ということですか」

「そうだ。さて。第一級ウォッチメイカーのサイボーグ動物の武装は、熱量兵器。使用するたびに、武装の周囲にある細胞が焼け、ナノマシンに修復される」

「捨て身過ぎますよ……」

「捨て身ではない。時計管理局が想定している、ウォッチメイカーが現役である期間での熱量兵器の使用回数では、テロメアを使い切ることはない」


 何を言いたいのか、伝わった。

 わかってしまった。


「バックルはもう」

「そうだ。撃ち過ぎた。既に、武装周辺の細胞は、異常増殖を始めている。この、暴走した生体機能により、武装が故障したように見せかける」

「それは。それでは。バックルは、初の故障の例として、実験動物にされるのでは」

「その可能性は大いにある。どちらにせよ、時計管理局にとっては、想定外の事故だ。我々が直接処分を受うことはない」


 それって。そんな武装を使用したってことは、バックルはずっとベルトマンのために戦ってきたってことだろう? それなのに、まるで使い捨ての道具のように扱うなんて。


「あなたは……サイボーグ動物をなんだと思っているのですか」

「支給されたサイボーグ動物をどう扱うかは、ウォッチメイカー各人の裁量に任されている」

「バックルはそれでいいのかよ」


 寡黙なホワイトシェパードに目をやる。ベルトマンの斜め後ろにぴたりと付き従った彼を見て。

 気圧された。その視線に、一歩後ずさった。


「全ては、覚悟の上だ」


 潰れた喉から出た、掠れた声。


「主人の目的の為に果てるならば本望。道具? 使い捨て? 大いに結構。それが、我々の道だ」


 バックルが。やつれ、擦り切れた白犬が。大きく見えた。


「他に、言いたいことはあるか?」


 その、バックルよりも高い位置から、ベルトマンが問う。


「いえ、何も」

「わたしはあるわ」


 ハームがバックルとベルトマンの間に立ちはだかる。ゆらり、ゆらりと左右に長い尾が揺れる。


「メルンは、犬じゃない。捨て駒のように扱うなら、わたしが全てを狩る」


 ベルトマンはハームを静かに見下ろしたまま、口角を上げた。


「安心したまえ。我々の在り方を押し付けるつもりは毛頭ない」

「なら良いんだけど」

「では、建設的な話の続きをしようか」


 再び向けられたベルトマンの背中が、遠い。

 嫌いなのに、凄いと思ってしまった。この人たちが、僕らのような体制に反しているウォッチメイカーを潰しにきたとき、果たして、抗えるのだろうか。


『メルン君がすべきことは、自分の上げた報告と、実際に時計管理局にあるデータで整合性がとれているかを確認することだ。また、私に協力を申し出た複数人のウォッチメイカーから提供された報告のデータも送っておく。それらも、整合性がとれているか確認してくれたまえ』

『了解しました』

『権限に関しては、私の予備端末を使えば良い』


 ベルトマンが後ろ手で放った腕時計型の端末を、自分の左手に巻く。


『では。破壊するとしようか』


 どうやら。僕の協力に関わらず、準備は出来ていたらしい。


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