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碧の瞳  作者: 古瀬ヒイロ
本編・胡蝶の夢
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第四章・兄弟(1)

「少女、か」

 低いその声は闇によく溶け込んだ。すっと身を乗り出すと、ほのかに横顔が照らし出される。

「確かにあの碧が庇うというのは面白いが――本当に利用価値があるのか? 透」

 睥睨するは惟国宰相、泗水(しすい) 麓火(ろくひ)。――号を寧。

 この国では父親の字を貰い字とする。つまり宰相を父に持つ影虎は麓火の名を戴き、麓火 影虎となるのだ。父親のいない透などはだから字がないのだが、字は主に戸籍上の代物で、名乗ることはないため不便はない。

 その中で、王と宰相だけは名を号に改する。王は慣例として名前の一文字を取り、宰相は王から下賜される。惟に恒久の安寧をもたらすようにと先王から下されたその名は、彼にとって嫌味以外の何者でもないだろう。同じ泗水の字を持つ唯一の人物を、彼は心から憎んでいたのだから。その兄も既にこの世を去って長い。今最も憎むのは言うまでもなく、その兄の字を継いだ二人――翠と碧だろう。

「利用価値の話はしておりませんよ。報告しておくべきだと判断しただけです。碧が一人少女を匿っている、と、ただそれだけのことですよ。他意はありません」

 素っ気無い返答に、宰相は笑みを深めた。

「お前のそういう淡白さは私の気に入るところだが……お前は碧と仲が良いように思っていたが、違ったのか?」

「好き嫌いで仕事を怠るわけには参りません。私はあくまで閣下の下で働く身ですから、結果として碧に不利益が生じようとも、仕方のないことでしょう。(もっと)も、碧も翠も、この程度のことで激高するような人間ではないですが」

 ふふ、と乾いた含み笑いが響く。

「信頼しているのだな」

 そう言いながら、宰相は手元の灯篭に火を移した。

 年齢の読めぬ声だ。若い頃から宰相を務め上げていたのだから実際にはそれなりの年齢であるはずだが、そうは見えなかった。人は多かれ少なかれ、生きてきた痕跡を面に刻む。柔和な面、頑迷な面、様々だがその人間の一部分を抜き出すことは確かだ。これほどの年齢になれば尚のこと。

 だが宰相の表情はあまりに不自然だった。無感情な瞳はまるで空ろな入れ物だ。人という皮袋を着たそれに魂はない。この齟齬はよく見覚えがある――透は吐き気を滲ませた。宰相も巴と同じく、きっととうに狂っているのだ。妄執に取り付かれ、もはや怨嗟以外生むことが出来ない。恨みに捕らわれた身ではさぞこの世が辛く思えるだろう。

 燃える火を見つめて細められる眼光は鷹の様に鋭い。濁った琥珀の瞳は、未だに宰相の智謀が健在であることを知らしめるように厳酷な輝きを放っていた。

「面白くなってきたよ、透。退屈しのぎには丁度よかろうて」

「左様ですか」

 それはよろしゅうございました、と言葉が滑る。

 宰相は透の事務的な愛想のない振る舞いには慣れていて、にやりと笑った。

「確かに私の興味を惹く話だったな」

 先王の信頼を得て、若年ながら右腕として務め上げる優秀な宰相だった彼は、今や王の座を狙う狡猾な臣下と化していた。宰相補佐官である尚を空位にし、御家方を取り込み、王にとって有力な人間は総じて下官に据え、王を宮殿内で孤立させている。その手腕の恐るべきこと。――だが、それでも彼に王の証は宿らなかった。どれ程優秀であっても、王の資格はないのだ。

 手持ち無沙汰につつと机をなぞる指先が大きくしなった。

「あ奴は中々隙を見せぬからつまらなくなっていたところだ。その娘が碧にとってどのような存在なのか、失えば自ずと分かるだろうよ」

「暗殺でも企むおつもりですか」

「それではあまりに容易くてつまらぬ。もっと面白い余興だよ」

「……余興、ですか」

「ああ。女一人いつでも殺せる。だがそれではあまりに短くてつまらん。時間をかけねば。あ奴はただでさえ脆い。その女に情が湧けば、どこまで精神を保てるだろうな? 弱ったところを突付けば、必死で保ってきた牙城はいとも簡単に崩れ落ちるだろうよ。考えるだけで愉快だ。ふっ、ふふふ、ははっ」

 かかと残忍に笑う。透は背筋が粟立つのを感じた。

 敵対する立場にあれど、透は幼い頃からあの二人の面倒を見てきた。影虎やその兄妹も含め、出来の悪い弟妹のようなものだ。碧たちが十歳の頃から何とかやって来れたのも、透の助力あってこそ――無論、本人の才覚が大きかったのだが。

 だが、これは仕事だ。瞑目して透は己の感情を封じ込めた。

 笑い声がふいに途切れ、宰相ははて、と小さく声を上げた。

「しかし何故今女を抱えたのだろうな? ここしばらく宮中に詰めていたはずだが。そんな機会があったか?」

「さあ。詳しいことは聞いておりませんが、見目は普通でしたし異国の人間ではなさそうです。ああ、名前は少し変わっていましたか」

 はるな、というのは変わった響きだ。よくある名ではない。だが話し方が国外の人間の発声ではなかったし、髪や瞳の色はありふれていたから、恐らく惟の出身なのだろう。

 それを聞いて宰相は砂を噛むように嘲笑った。

「あれは父親似だな。女で人生を狂わせる」

「緑王陛下ですか? 確かに顔はよく似ていますね。あまり母君の面差しはないかと」

「似なくてよかったのだよ」

 きっぱりと断言した、宰相の目は(くら)い。透はそのあまりの深さに疑念を抱いた。

「……そういえば、閣下に敢えてお聞きしたことはありませんでした。恨んでおいでなのですか? 碧たちのことを」

 これは単純な好奇心だった。宰相は透のこういった性質をよく知っているので、怒るでもなく視線を逸らした。

「……さて、どうだっただろうな。ただ……なあ透。人の一生など、所詮は死ぬまでの暇潰しだろう? さりとて面白いことがなくては飽いてしまう。人生がかくも短いものであるというのならば、大きく揺るがしてやるのが華というものであろう」

「野心家でいらっしゃる」

 枯れた紅葉のような色褪せた赤髪を揺らして宰相は笑う。重い腰を上げると裳裾を引きながら窓辺に向かった。等身大の硝子窓の向こうには、冴え渡るような星空が広がっていた。乳白の帯は空を分かち、絞り染めのようである。

「……惟は呪われている」

 低く囁く声は、悲痛な響きを持っていた。硝子に映る宰相に、透は問いかけた。

「この国を手に入れて、どうなさるおつもりですか」

 ふふ、と小さく宰相は笑った。惟を見晴るかしながら、星影の映りこむ硝子に禍々しい笑みが反射する。爪を立てると、ぎしと耳障りな音を立てた。

「私はね、復讐したいのだよ。惟というこの国に」


 この時より大国惟は静かに、崩壊に向けて歩み始めたのだった。




*



 榛名は鳥の声を聞いてぱちりと目を開けた。

 起き上がると、空はまだ薄藍だ。昨晩床についたのはいつもより遅かったのだが、眠りが浅かったのかはっきりと目が覚めてしまった。碧はもう起きているだろうかと衝立の向こうの空気を探ってみるが、相変わらず全くの無音だった。

 仕方なく乱れた夜着を整え、寝具も静かにまとめる。告白を受け入れてくれたことで胸のつかえは随分すっきりとしたのだが、今日は王に謁見することになっている。どうもそれが緊張の種らしい。自分で言い出したのに、と榛名は嘆息した。

 オウサマなんて榛名の国にはいなかったし、どういう人なのか想像もつかない。何か失礼なことをしてしまうのではといちいち心配なのは、同行するのが碧だからなのかもしれない。碧のことだから、影虎のようにさり気なくフォローしてくれる気遣いはないだろう。どうしたものか。

 音が響かないようにそっと箪笥を開けて、どの服を着れば相応しいのかと考えていると、いきなり声がかかった。

「……早いな」

「わっ!」

 飛び上がって振り返ると、しらけた顔をした碧が衝立のそばに立っていた。いつの間にか起きたのだろうと目を丸くする榛名を見て、「今起きた」と碧は小さく欠伸した。寝ているときは髪を下ろしているようで、適当に手で梳きながら結っている。

「あ、そうだ碧。あのね、服ってどういうのがいいのかな? 王様に会うんだからちゃんとした格好がいいと思うんだけど」

 少し身を乗り出すと、碧は眠たげな目を向けた。

「ああ……」

 ずいと横に並んで、思わず榛名は身を引いた。しかし碧は範疇になく、目当ての洋服を引っ張り出すとさっと手渡した。緑青の地に山吹色の蝶が鮮やかに踊る、華やかな品だ。

「これがいい」

「これって高いの?」

「値はどれも似たようなものだ。だが色目も柄もちょうどいい。緑青は翠王陛下を示す色だし、蝶は縁起のいいものだからな」

「緑青が翠王陛下の色? 名前が翠だから?」

「惟ではそれぞれ国王ごとに色が定められている。先王は常盤、その前は蘇芳だった」

 榛名が感心していると、碧は

「言っておくが、その服はお前にはかなり難しいからな」

 と忠告してきた。慌てて広げてみると、確かに飾りが多い。花を模った紐飾りや、玉を連ねた装飾、飾り帯もついている。正式な服だから当然なのだが、これはどう考えてもまだまだ初心者の榛名には手に負えなかった。青くなっていると、碧がぷっと噴き出した。

「……先に着替えてくる」

 ひらひら手を振って踵を返す。からかわれていることに気付いて、榛名は声を上げた。

「碧! もう!!」

 衝立の向こうに引っ込んでもまだくすくす笑い声が聞こえて、榛名はふくれて寝台にどすんと腰を落とした。

 もう、もう、もう、もう、と一人反芻しているうちに、着替えを終えた碧が姿を見せた。

 先程は錆浅葱の簡素な服を着ていたのだが、その上から同じく錆色を帯びた深い藍の衣を纏っている。裾には彼岸花の刺繍がよく映えて、色味をぐっと落ち着かせた灰桜と葡萄鼠の飾り帯を下げると一気に高貴さが増した。今日は珍しく耳飾をつけていて、全体に質素な色合いの中、刺繍と揃いの赤が際立っている。

 榛名は感嘆の声を上げた。元々碧は暗い色合いの服が多いのだが、こうして着飾った姿は初めて見た。

「碧かっこいいね!」

 手を叩いて素直に褒めると、碧は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……お前な」

 そこでやっと榛名は思い出した。碧たちにとって女性が感情を素直に口にするのは恥ずかしいことなのだった。口を噤みかけたが、つい唇が動いてしまう。

「あ、でも碧本当に似合ってるよ。碧、赤も合うと思う。明るい色も着てみたらいいのに」

「影虎みたいな色は軽薄に見えるだろう」

 派手な組み合わせは性に合わないのか、碧は不快そうだった。

 確かに装飾品すら控えめにしか着けない碧と比べるといささか軽薄に見えるかもしれないが、影虎はどちらかといえば、どうしても目を引く明るい金髪に合わせるために暗めの色の服を着る。それに重ねる帯や装飾がとにかく派手なのだ。それでも不思議とバランスが取れていて本人のセンスのよさが窺えるのだが、それが碧には虫唾が走るほど不愉快らしい。

「一度着てみたらいいのに、影虎みたいなの」

「誰が」

 一蹴すると榛名の手の中の服を受け取って、真っ直ぐ立つように指示する。練習を始めてしばらく、お互いにこの作業に慣れてしまい、着付けは手早く終わった。

 袂を持ち上げて全体を確かめるが、普段より装飾品がかなり増えているので動きにくい。

「大丈夫かな。変じゃない?」

 碧はしげしげと見つめながら、ふむと呟いた。

「そうしていると惟の人間に見える」

「ほんと?」

「ああ。話さなければ」

「えぇ?! わ、わたしそんなに変?」

 驚いてあたふたする榛名を眺める、碧の目が笑っている。気が付いてかあっと頬を赤くした。

「またからかったでしょ」

「いや。お前は実際変わっているからな」

 くつくつと喉を鳴らしている碧に榛名は膨れっ面だった。

「……碧、今日は意地悪だ」

「そんなことはない」

 真面目ぶった背中がまだ笑っている。しばらく拗ねていたが、碧の無邪気な顔を見ると自分もつい笑ってしまった。何にせよ、碧がこうして変わらずに笑っていてくれて、背負って来た荷からようやっと解放されたような気がした。




 碧は道すがら、宮中の説明をしてくれた。影虎の軟禁という衝撃的な言葉に何か感じるところがあったのかもしれない。もっとも、榛名にそんな意識はなかったのだが。

 この宮殿は正門から長方形が三つ並んでいる。左右は居住区で、左側は主に王に味方する人間の住まいになり、軍部がその主だった面子だ。反対に右側は宰相派で、貴族や御家方縁の人間が多い。碧の住まいは当然西にある左側で、奥に行くほど位が高くより王に近い身分となっている。

 中央は居住区ではなく、政務に関する場所だ。こちらの長方形は上下二つに分かれていて、手前には下官の仕事場があり、中には食堂や倉庫といったものまで含まれている。奥は王の執務室と、その背後に寝殿があり、それを覆うように後宮が据えられている。これら王の立ち入る場所をまとめて清殿(せいでん)と呼ぶ。後宮は凹んだ形のため、居住区からも回廊は繋がっているが、王の寝殿には後宮か執務室からしか入れないようになっている。

 今、王は体調を崩しているため執務室には御家方やその他文官しかいない。

 碧の部屋から執務室を抜けると遠回りになる上、不要に目立つので、後宮へ渡りそこから寝殿へ入ることになった。

 とはいえ歩く距離は相当なもので、碧の足取りは迷いなかったが、榛名にはどうやってここまで来たのかさっぱりだった。この宮殿は殆どが回廊で繋がっているため、風景がとてもよく似ていて、目印になるような特徴がない。

 それで道が突然開けてやっと、榛名は目的の場所へたどり着いたのだと知った。後宮から王の寝殿へ繋がる回廊は一つきり。建物が分かれているので、見るだけでそれと分かる。長い回廊の向こう、その先に王がいるのだ。思わず神妙な顔になる。

「……そう力むな」

 頭上から苦笑が漏れて、榛名は少し肩の力を抜いた。

 回廊を突き当たると、すぐさま女官二人が立ち塞がった。見ると、その背後には男の官も二人詰めている。

 女は目元に朱を入れていて、その鋭さで榛名を一瞬睨むと、恭しく膝を折った。

「殿下、剣をお預かりいたしまする」

 碧は腰の刀を渡す。既に話を通していたのか、さしたる確認もないままに彼女たちは下がっていった。

 こんなに無用心でいいのだろうかと思ったが、隣には正門と同じような詰所があった。恐らくその中にもっと多くの人が詰めているのだろうが、それでも王の寝殿のわりに人が少ないのは、後宮が無人であるせいなのだろう。

 碧が歩き出したので榛名も慌ててその背を追うと、いきなり門前に立ち塞がっていた男の官が進み出てきた。手にした薙刀の切っ先は榛名に向けられている。

「殿下、申し訳ありませぬが、ここより先、余人をお通しするわけには参りませぬ」

「差し出がましい口を出すな。既に許可は得ている。こいつは陛下の客人だ」

「では、今確かめて参ります」

「……何度言ったら分かる。ただでさえ陛下は体調が優れないのだ。つまらぬことで煩わせるな」

 二人は榛名をきつく睨みつけていたが、碧の苛立ちが募っていくのを察し、不承不承ながら頭を下げると黙して退いた。だが、憮然とした様子は無表情を装った中でも充分に感じ取れる。その不服げな顔に碧は舌打ちすると、顎で促した。

「榛名、行くぞ」

「あ、はいっ」

 ちくちくと刺さる視線の中を通り過ぎて、碧は突然門扉の前で立ち止まった。

 訝っていると、碧は静かに告げた。

「一つ言っておく」

「……うん」

「俺は歴史なんてものは、いい加減だと思っている」

 榛名が目を見張る。碧は苦笑交じりに言った。

「お前を信用していないわけではない。歴史に書かれている紙の上だけでの真実が全てではないということだ。隠蔽されていることなど、知らぬだけで山のようにある。何が歴史に残されたのか、それは分からない。だが……影虎の言う通りだ。真実を知れば後にはもう引き返せない。今ここが分水嶺だ」

 碧は少し目を伏せる。その顔に浮かぶのは躊躇いの色だった。

「俺は今までお前に選択の余地を与えてはやれなかった。そしてこれからも多くは望めない。……これが最初で最後になるのかもしれない」

 榛名は右手をぎゅっと握り締めた。

「……碧」

 ――随分、遠くまでやって来た。少し前までの自分は本当に平凡な、一介の中学生で、中身は今もそのまま変わらない。碧の苦しみも、影虎に圧し掛かっていた重責も、知ってはいても本当には理解しきれていないだろう。けれど、そんな自分を歯痒く思うほどに、榛名は碧を知りたかった。

 扉を開く不安はない。隣に碧がいてくれる。

「行こう」

 はっきりとそう言うと、碧は口に笑みを上らせ、首肯して扉に手をかけた。黒塗りの扉から糸の細さで淡い光がこぼれる。

 眩く思えたのは一瞬のことだった。目が慣れて初めに視界に飛び込んできたのは、黒塗りの凝った造りだった。全面に格子戸が嵌め込まれていて、障子紙が淡い光を伝えている。

 中央には大きな寝台が据え付けられていて、天井から紗幕が下がっていた。どくんと胸が跳ねる音がする。薄布の向こう、かの王がいる。

 その時、風が吹いて天幕の裾を舞い上げた。焚き染めた香の匂いが広がると同時に、ゆっくりと影が首をもたげる。幕間から覗くのは長い翠の黒髪。すべらかな額にかかっていた髪がこぼれて、はじめて榛名と視線を交わらせた。伏せられた長い睫毛の奥にあるのは碧と同じ、深海を思わせる揺らめく碧色。

 その顔は碧と瓜二つだった。まるで鏡に映った幻影のように、全く同じ。たった一つの違いを除いて――


 榛名の頭は困惑で錯綜していた。どう考えても目の前の人物は、翠王ではない。しかし状況は、何よりもその双眸は間違いなく王だと指し示している。だが、それはあってはならない禁忌のはずだった。

 驚愕する榛名に、碧は断言した。

「あれが、翠だ」

 体が、震える。

 ――嘘だ。そんなこと――あるはずがない。

 王はゆるりと桜桃色の小さな唇を開いた。

「碧……」

 細く歌を奏でるような、澄み切った柔らかな声。榛名は縫いとめられたように動けなくなった。

 目の前の少女は、甘くそっと微笑んだ。

「どなた?」


 こうして遂に扉は開かれ、全ては明かされたのである。

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