第三章・天の印(1)
夢を見た。
そこは何もない場所で、目の前に碧が一人立っている。白い空虚の中、彼は沈黙したまま侮蔑の眼差しで榛名を見ていた。どうして隠していた、どうして言わなかった。そう罵っていた。
途端に喉が震え、心は檻の中に閉じ込められる。焦る榛名の口からこぼれる言い訳は、まるで空を掴むようだった。違うの、そんなつもりじゃなかったの、だって歴史を狂わせたくなかったの。
取り繕うたびに自分のずるさが浮き彫りになっていく。榛名は卑怯だ。もう今更、遅いのに……。
言葉を重ねるほどにその眼は曇っていく。憎しみに似た鋭利な感情が、過たず榛名を射抜いた。
体ごと握り潰される鋭い視線に喘ぎながら、榛名は彼にはそうする権利があるのだと思った。責めて責めて責め抜いて、ぐちゃぐちゃにしてしまうことを彼は許されている。それが罰だ。この鍵を隠していた、罪の。
理解できても、その冷ややかな眼差しは不安に取り囲まれた榛名をひどく傷つけた。ぽろりと涙が出てきて、心臓が痙攣しているのではないかと思うほどに痛む。
しかし、次第に何故か胸ではなく、肋骨が痛み始めた。痛い。痛い。全身に脈打つ痛みが襲ってきて、榛名は膝を折った。息が、苦しい――
けほっ。
小さな咳とともに、榛名はゆっくりと目を開けた。
夢の中で感じた息苦しさが、現実でも続いている。一体何故と胸元を見遣ると、理由は明らかだった。帯をきつく締めすぎたのだ。
指を差し入れて、ほっと息をつく。普段なら何ということはないが、昼寝したのがまずかった。腹部が圧迫され、気分が悪くなったようだ。身体を起こすと、木製の椅子が床を引きずって耳障りな音を立てる。
気付かぬうちに寝入ってしまったお陰で、最低な夢を見てしまった。夢見が悪いというのは、驚くほど目覚めを不愉快にさせるものだ。頭に残った染みは血のように頑固で、かぶりを振っても中々落ちなかった。
(気にしているのかな……夢に見るくらい)
あるいは、碧の話を聞いたせいなのかもしれない。
――碧は王位継承者だった。今は王の身にないが、もし惟が滅べば危ない地位だろう。それを知ってから、榛名の秘密は尚のこと罪深いものになった。
同じ秘密を抱えている身でも、碧のそれとは全く違う。榛名はあんな風に潔くはなれない。――どこまでも、自分のことばかりだ。
せめてこの窮屈を解消したくて、帯を何とか緩めようと試みたものの、どちらかというと弛んだというほうが正しい。情けなく皺がよってしまい、肩を落とした。
先日、榛名にはこの国の常識というものが身についていないと、碧から指摘された。基本的な政治知識もなければ国情も知らず、身の飾り方や振る舞いも分からない。
惟では榛名の明るい茶色の髪や瞳はそう珍しくない。それなのに怪しい人間だと見顕されるのは、結局それが原因なのだ。市で散々「変わった子だ」と評された榛名にはぐうの音も出なかった。
とはいえ指南役をつけるわけにもいかないので、結局は碧に頼むことになるのだが、その碧もまた忙しい身なので、そうそう榛名にかかりきりにはなれない。碧と一緒にいられるのは朝くらいだったので、着替えついでにまずは衣服の着こなしから始めることにした。
ブーツを履くのは簡単だった。見た目通り、作りがよく似ている。碧からもすぐに合格が貰え、出だしは順調だったのだが、肝心の衣は困難を極めた。
そもそも、こんな奇妙な服を見たことのない榛名には、どこがどのように繋がっているのか、この紐は一体どのように使うものなのか、そんな初歩中の初歩が分からなかった。元々着物を着た経験すらないので、事態は子供に教えるよりも難航した。まずはどのようなつくりになっているかというところから始まり、帯や紐の種類、それぞれの名前を教わる。それからやっとのことで実際に着付けてみる練習がスタートした。しかし、拙い手つきで不恰好ながら着付けても、何が悪いのかどうもしゃんとしないのだ。嘆息しながらいびつな帯を見下ろす。くにゃりと曲がった情けない様子は、今の榛名のようだった。
考えに熱中していた榛名の背後、床板が僅かに軋む。
突如影がさして、目の前に腕が生えた。
「はぁ・るな・ちゃんっ」
「ひぁああっ!」
金切り声を上げ、反射的に振り返るそこには目を丸くした影虎が立っていた。
「……あれま。驚かしちゃったかな?」
頭を掻く影虎に榛名は慌てて叫んだ。
「な、何でいるの?!」
「失礼だなぁ、榛名ちゃんに会いに来たんだよー? かぁいい女の子は忘れられないたちで」
「そうじゃなくて、今家出中なんだよね?」
昨日といい、普通に王宮内に出入りしているが、いくらなんでもまずいのではないだろうか。
懐疑的な榛名に、影虎はあくびを飲み込んだような気だるい声を出した。
「言ったでしょー、見てみぬふりだって。とっ捕まえてでも連れ戻したいってんなら、すぐそこにいるわけだしいつでも出来るでしょ。しないってことはそういうこと。俺はなかったことになってんの」
「なかったことって」
「別に籍が抹消されたわけじゃないよ。でも、聞いたんでしょ? この目のこと、碧から」
榛名が頷くと、影虎は愉快そうに声を高くした。
「王に相応しい碧の瞳が盗賊の親玉になったなんて、親父にとったら恥でしかないんだよ。だから無視してんの。宰相閣下が無視しているものを臣下が無視しないわけにはいかないから、みんな揃って押し黙ってるってわけ。まあ俺には都合いいなーってくらいでどうでもいいんだけど。こんな色くらいで俺の人生勝手に決められても困っちゃうしぃ」
影虎は榛名の向かいにある小さな椅子を寄せて、目の前に座る。じいっと見つめられて戸惑うが、にこっとお日様のように微笑まれると、思わず榛名の口も緩んでしまった。どうも彼の笑顔はあまりにあけっぴろげで、こちらもつい警戒を解いてしまう。
「ねね。榛名ちゃん」
影虎は椅子ごと器用にずずいと近寄ってくる。
「耳貸して」
「え」
耳朶に柔らかい吐息が触れた。ぞくりと背筋に電流が走る。
が、次に聞こえたのは影虎の声ではなく鈍い打撃音だった。がいん、と沈み込むような音とともに、影虎が「あいた」と声をあげる。頭をさすりながら、犯人がいる背後を見上げた。
「いったいなぁー」
「何をしているんだ、この変態」
碧がひくひくと顔を引きつらせていた。その手には盆がある。どうやらちょうど榛名に昼食を届けに来たところらしい。
「もー変態ってねぇ、何もしてませんよ? 指の一本も触れていませんよ? 平和的にお話してただけでしょうが、やだねぇすぐにそういう考えしちゃってさー。むっつりスケベはこれだから困るわー」
「煩いっ! ここは俺の部屋だとっとと出て行けこの馬鹿!」
「まったくー、今は榛名ちゃんの部屋でもあるわけでしょー。そういう自己中心の考えはどうかと思うなぁ。俺のものは俺のもの、お前のものも俺のものってか? 偉そうに命令しちゃって何様だってんですかねぇ、あー榛名ちゃん可哀相、こんな自分勝手極まりない男のそばにいなきゃいけないなんて」
「黙れ。お前には関係ない」
「あらら、んなこと言いながら仲良さそうじゃないですか? さては碧がいやらしーいことしたかったんでしょー。もう嫌だなー、堅物っぽい奴のほうがよっぽど怖いわぁ。そんなんだと翠さんにも嫌われるぞー」
「翠は関係ないだろうがこのド阿呆!」
つらつらとよく口上が出てくるものだと、榛名は二人のやり取りにある意味感動を覚えた。烈火のごとく怒り狂う碧とそれに油と薪を大量投下する影虎のやりとりは、愉快というより唖然とするしかなかった。
見つめる視線に気がついたのか、影虎はこちらを振り返って、最上級の笑顔をこれでもかと振りまく。
「なになにぃ、可愛い女の子にそんなじいっと見られちゃったら俺困っちゃうなぁ」
「……一度その口縫ってやろうか? 影虎」
「男の嫉妬は見苦しいよー碧」
「誰が何と言ったお前は頭に風穴でも空いてるんじゃないのか」
「碧は心臓に風穴空いてそうだよね。この冷徹人間」
「このお気楽能天気馬鹿が!」
いきり立つ碧に、榛名は溜め息をついた。二人が集まるとこの流れは止まらないようだ。俯瞰して見ながら、どうしたものかと考えていると、突然横からがっしりと抱きつかれ――突き飛ばされるというほうが近いくらい乱暴だったが――榛名は置物のように固まった。
「ああっ榛名ちゃんかーわいー! 可哀相にー、もうこんな頑固者粗忽者のとこじゃなくて俺のとこにおいでー!」
「影虎っ!!」
どうやら争いが飛び火したらしい。榛名は呆けたまま、ああ睫毛まで金色なんだぁと場違いなことを思う。こんな大型犬が近所にいたような気がする。そう、ゴールデンレトリーバーだ。あれによく似ている。
ぼうっとしている榛名の頭を撫でながら、まるで舞台のようなもったいぶった喋り方で影虎は続ける。
「初々しくって可愛いよねぇ榛名ちゃん。俺の周りにはあんまいない感じだわぁー。ほんと碧ってばどこでかどわしたわけ? 普段真面目くさった奴って怖いねぇーああ思い出すわぁ走馬灯のように瞼に蘇る、今まで碧に付きまとい続けた女の数々! そして全員が見事に玉砕したねえ!」
「いいから離れろ!」
ぶんぶんと左右から引っ張られ、榛名は段々具合が悪くなってきた。目を回し始めているのに気付かず、離れろいやだ離れろと、耳元で叫んでいる。
「……や、め」
か細い声で訴えかけようとすると、とうとうくらりと意識が遠のき、頭がかくんと折れた。
影虎が慌ててやっと榛名を解放してくれる。
「あーごめん榛名ちゃん!!」
「お前のせいだ」
「何いってんの碧のせいでしょ」
「お前のせいだ!」
怒声の中、榛名はか細い声で呻く。
「……お、ねがいだから……」
――もう喧嘩しないで。吐き気を堪えながら、切実に嘆願した。
「……ごちそうさまでした」
榛名は手をぱちんと合わせて礼をした。隣に座っている碧も食事を終え、同じように手を合わせる。この作法は惟でも変わらないらしい。
流石に眩暈を起こさせてしまうと申し訳なくなったのか、二人とも気持ちをおさめて榛名を解放し、喧々と争うのを控えた。静かになって体調は間もなく回復し、昼食の時間となったのだが、食事は榛名一人分しかない。何やかんやと影虎がごねて、追加で二人分用意した時には食事はすっかり冷め切っていた。
「久々こっちのご飯食べたー。やっぱうまいわ。ごちそうさま」
影虎が器を次々片付けながら言う。小さな机に三人の盆は収まらなかったので、榛名も片づけに協力したが、碧は不機嫌そうに睨んでいた。影虎と食事をともにすることになったのが気に入らないらしい。
「食事が済んだのならとっとと帰れ。邪魔だ」
「何それー。俺碧にも話があったのに」
「もう嫌というほど話した。帰れ」
「俺の用件は済んでないのー。ねぇ碧、俺考えたんだけど。俺を榛名ちゃんの護衛に任命してくんない?」
「はあ?」「え?」
声が重なって、思わず目を見合わせる。
何のことかさっぱりといった二人を気にも留めず、影虎は難しい顔で腕組みをする。
「んーとさ。碧、今すんごい忙しいんでしょ? 正直なところ榛名ちゃんだけにかかりきりになれないみたいだし、俺がいたほうが何かと都合がいいんじゃないかなーって。こないだ話してて思ったんだけど、榛名ちゃん色々知らないみたいだし心配でさあ。勿論俺も毎日は無理だけど、出来る限り、って話」
「……何を企んでる」
眼光鋭く睨みつける碧に、影虎は肩を揺らした。
「なーんも。俺は単純に可愛い女の子は放っておけないってだけだよ。企んでるのは碧でしょ?」
ぴりっとした空気が漂う。碧の機嫌が段々悪くなっていくのを肌で感じ、冷や汗がまた滲む。影虎にいつものからかい口調は一切なかった。
「俺が不自然さに気付かないと思った? ね、碧。何考えているわけ? お前が人助けのためだけに動く人間じゃないことくらい分かってるんだけど」
「……ああ、確かに。だがそれを言うならお前もそういう人種だろう」
厳しい声に影虎は皮肉っぽく口の端を吊り上げた。
「んん? 俺は男に冷たいの。女の子には優しい主義よ? ――だからお前には優しくないだろう?」
嫣然と称えられた微笑みは、毒を孕んでいた。
碧は言葉を呑んで、諦めたように溜め息をつく。
「今更……関わる気もなかったのはそっちだろう。何故今更俺のやることに干渉する」
「やだなぁ。言ったでしょ? 俺は別に碧たちを遠ざけたわけじゃないって。心配してたよ、幼馴染としては」
「どうだか」
「ほんとだって。でも俺にはわかんないんだよね。碧、分かってるよね? 今どういう状況なのか。俺は榛名ちゃん可愛いと思っているし、榛名ちゃんを庇護していることを非難する気はないよ。むしろ碧がいっぱしに女の子を守ってあげようとしていることに関しては褒めてあげたいくらいだけど、俺が知っている碧は自分の主義に反することは絶対しなかった。だからわかんないの」
「これが主義に反すると?」
「俺の知るお前は、全部翠のためになるかならないかで判断する人間だよ」
碧は否定しなかった。影虎を弱々しく睨みつけると、苦しげに呻いた。
「……お前は……本当に」
つんとそっぽを向いてしまったので、影虎はまったく、と呟きながら榛名に視線を送った。
榛名は疲れた碧の横顔を見ながら、不思議に思っていた。
本当に、どうして碧は榛名を守ってやると言ってくれたのだろうか。哀れみや罪悪感があったにせよ、榛名には碧がただ翠のために利用しようとしたのだとは思えなかった。ならば、何が碧の心を決定付けたのだろう。
きゅっと手を握りこむと、影虎の前に進み出た。
「影虎」
「ん?」
影虎が首を傾げる。うまく伝わるか不安に思いながら、榛名は言った。
「あのね。……わたし、色々考えて決めたんだ。碧がどういう人なのか、付き合いが短いわたしは全部知っているわけじゃないけど、それでも信じてみたいって。どんな理由でも、碧が助けてくれたのは本当だったから」
目を丸くする影虎が、ちらりと榛名の後ろの碧に視線を送る。榛名も振り返るが、碧は煩わしそうにこちらを半眼で睨みつけるだけだった。
「……いいの? あんなんで」
「あんなんって……」
榛名が少し笑うと、影虎もいつもの朗らかさを取り戻した。
「じゃあやっぱ、俺がそばにいてあげないとだめだねぇ。榛名ちゃんのこと心配だもん。碧が意地悪して泣かしたりしないか」
「まさか。子供じゃあるまいに」
「そういうこと言う前に、自分の口の悪さ何とかしてねー碧」
少し身を起こして、碧は眉根を寄せた。
「……影虎。お前本気なのか?」
「うん、本気だよ? 駄目なの? 碧が付きっ切りで一緒にいてあげるってんなら俺も口出ししないけどさー、こんなとこでほっといて、何かあってもしんないよ?」
「榛名はそれでいいのか」
急に水を向けられて、まごつきながらも榛名は頷いた。影虎が頼もしい存在であることは確かだし、碧がいない間に色々と教えてくれるなら、ずっとはやくこの国に順応できることは間違いないのだ。今は何より碧の迷惑にならない程度の知識を身につけたいというのが榛名の願いであり急務だった。
碧が呆れたように息を吐いた。
「それならこいつにお前の身の上を言う必要があるということは分かっていないんだろうな」
「え? あ」
つまり、未来から来たと。
そういえば、影虎には既にかなり怪しまれている。接する機会が増えれば何の説明もないままとはいかないだろう。
しばらく悩んだが、唸りながら尋ねた。
「……えぇと。言っちゃ駄目?」
初対面の時榛名は隠しておいたが、信じてもらえないだろうという懸念以外に大きな問題があると思ったわけではない。碧が口に出さないものを勝手にぺらぺら話すのはまずいだろうという判断だったのだ。誰彼構わず公言するつもりはないが、碧も口では色々と言うものの、影虎のことは信頼している様子だし、榛名自身も悪いようにはしないだろうと思っているのだから、躊躇する理由はない。
「お前のことだ。お前が決めればいい」
それを聞いて、榛名は小さく首肯すると影虎に向き合った。
「……あのね、影虎。多分、信じてもらえないと思うんだけど」
「ん? なーに」
「……わたしね。未来から来たんだ」
「……へ?」
影虎の笑顔が固まった。榛名は慌てて弁明する。
「う、嘘じゃないよ。……あの、でも、わたし歴史とか詳しくないから何にも知らないんだけど」
影虎はどうしたらいいのか分からないのか、困ったように眉を下げた。確認するような目に、碧は顎を引く。
「俺が請け負う。こいつはこの国ではあり得ない文明のものを持っていた。出会ったときは見たこともないような変な格好をしていたしな」
「……何それ、そういうこと?」
きつく睨みつける影虎に、碧は大きく嘆息した。
「……言っておくが、最初は知らなかった。変な奴だとは思っていたが」
「ほんとに?」
「ああ。……それよりお前、どうしてそこまで拘るんだ。お前の言うことをそのまま返すが、お前こそ榛名がどうなるか心配するような奴だったか?」
「心配に決まってんじゃん。知らない国に来て、知らないうちに碧に食べられちゃったら可哀相だし」
「は」
碧の額に青筋が浮かんだ。
「……誰が何だって」
「じょーだんじゃん、じょ・う・だ・ん。ほらすぐ剣を出そうとしてー、余裕のない男は嫌われるよ。あ、それともちょっと心当たりあったわけ?」
「誰が! 何だって!?」
「すぐに喧嘩しなーーーーーい!」
榛名は何度目か分からない仲裁に入った。碧が物凄い剣幕で舌打ちする。
(だから何で仲良く穏便に話せないのかな……)
それぞれと話しているときは、二人ともここまで扱いにくくはないのだが、合わさると碧は普段より更に怒りっぽくなり、影虎は揶揄が達者になる。ぼうっとしていれば口を挟む隙もないのだが、時折榛名が割り入らないとヒートアップするばかりなのだから呆れる。
「どうして二人はすぐ喧嘩するの」
「「気が合わない」」
綺麗に声が重なって、碧が渋面を作る。
影虎はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「ま、仕方ないよねぇ。性格違いすぎるもん、俺たち」
「お前のせいだろう」
これだよ、と影虎は首を振った。
「譲歩する気がないんだよ碧にはさあ」
「……自分の身をよく振り返ってから言うんだなそういうことは。敢えて人を怒らせるようなことを言うのはどっちだ」
「ええ? んなことしてませんよ?」
「どこがだ?」
「二人とも」榛名は目をぎゅっと寄せて唸った。「いい加減にしなさい」
つかの間しんと静まり返る。
一見大人しい彼女を怒らせると、たちまち年下の少女に激を飛ばされる男二人というとても情けない状況になると知っている彼らは、顔を逸らして喧嘩を避けた。
「……まあとにかく、堅物のお許しが出たみたいだから、榛名ちゃん」
影虎は仰々しく一歩前に進み出て、榛名の前で膝をついた。先日の碧と同じ、まるで物語の騎士のような体勢。ゆっくり手を取って、真摯に榛名を見上げる。目が合うと花咲くその顔は、金髪碧眼の容姿もあいまって本当に王子様のようだった。
「今から俺が正式に、君を守るから。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
これが正式な礼とは言え気恥ずかしく、頬を赤く染めながら榛名は頭を下げた。
数秒後、苛立った碧が影虎を蹴飛ばしたため、ほんの短い間のことだったが。




