073 新しい城
「久し、ぶりね。レヴィー」
「アリス様もご健勝でなによりです」
いつものごとくアルフレッドに城を造らせ、新たな居城を手に入れ満足げな様子のアリスに、レヴェルは胸に手をあて頭を下げる。
その礼を、イスに腰掛けたままアリスは、太守らしく鷹揚にうなづいて見せる。
半分とは言え、一国を任される事になり、居城を構えたアリスは、太守らしくするように頑張っている。
その居城を造る事になったアルフレッドだが、今回は余裕を持って製作に当たったため、ぶっ倒れてはいない。
ブルームストーン城を造った時には、川を挟んだ向こう側に相手がいたため急ぐ必要があったが、今回は停戦協定も結んでおり、城を建てる場所も確保されている。
大魔法使いと言うよりは、いまや土木屋が本業と言う雰囲気のあるアルフレッドがティーエラに命じ、二週間かけて製作された力作である。
ただ、まだ調度品や設備は整っておらず、城の中は新居らしい清清しさはあるものの、殺風景である。
しかし、輝いているように見えるアリスがいると、部屋の中が明るく温かな雰囲気が生まれるから不思議だ。
見た目はかわいい人形のように見える普段のアリスと一緒にいれば、槍を振り回して敵陣の中に飛び込んで行くのが好きなどと言うのは想像に難しい。
「それ、で」
手紙のやり取りはあれど、お互いに顔を見せ合わせるのは久方ぶりの二人が挨拶をかわした後、アリスはレヴェルの後ろに目を向ける。
「ああ。こちらは、新たに私の部下になってもらった者です」
「レイラ・ディバニエストと申します」
アリスの視線を受け、右に体を寄せてからレヴェルは、後ろに控えていたレイラを前に出し、挨拶を促す。
「ふ~ん。なかなか、強そう、ね」
レヴェルと同じく胸に手をあて頭を下げたレイラを、頭からつま先まで見たアリスは、一言そう感想を漏らす。
「なるほど。さすがはアリス様。お分かりになられますか」
「商家の出と言う話ではなかったのか?」
アリスの視線を受けて、一歩後ろに下がったレイラを見ながら、当然のようにアリスのそばにいたリーヴェが質問してくる。
「いえ。一応、養女となります。私が知り合いに頼みました。
バエンでの身分が必要となりますから」
アリスの鋭い視線を受け、その迫力に押されたレイラの肩を支え、レヴェルは質問に答える。
暗殺者として影の存在であるレイラ達は、当然、バエンには戸籍が無いし、メラーノでは抹消されている。
しかし、バエンで雇い入れるためには、身元が保証されていないと無理である。
レヴェル達のように、元の国の戸籍があれば別だが、レイラ達にはそれがなかったため、すぐ雇い入れるわけには行かない。
そこでレヴェルは、知り合いのマルーラ・ディバニエストに身元保証を頼んだ。
バエン王家とも取引のあるマルーラは、古くからバエン王国に根付いている元貴族の一族でもあり、信用のある一族の出だ。
タナケダの商人達とも顔つなぎができ、ルシア教徒とも付き合いがあるレヴェルは、マルーラと手を組みバエンでの商売を拡大している。
さらにグラゾフからバエン、アニアトに続く新しい商業路を開拓中のレヴェルと手を組む事は、マルーラにも利益がある。
その利潤の分け前を盾にレヴェルは、マルーラにレイラ達の身元保証人を引き受けさせたのだ。
その引き受けてもらったメンバーの中には、当然、元暗殺者チームも含まれている。
「なる、ほど。大変な、人生ね」
「いや、そんな人材を事務員って」
大まかなレイラの略歴を聞いたアリスは感心し、リーヴェは呆れたようにため息をつく。
「他にも何人か雇い入れましたので、アリス様の御用があれば振り分けて頂いても結構です」
「それは、レヴィーに、任せるわ。よろしく、ね」
メラーノからの暗殺者達を事務員として雇い入れたと聞いても動じる事無くアリスは、その処理をレヴェルに任せる。
アリスが自ら持つよりも、レヴェルに任せて置いたほうがうまく行く。
自分がする事は責任を持つ事だけ。と、割り切っているアリスは、部下の行動にあまり制約を求めず、ほとんど丸投げ状態である。
それでも、レヴェルやリーヴェのように信頼できる部下がいるおかげで、アリスが責任を追及されるような場面はない。
だから、アリスは後ろを気にする事無く思う存分戦う事ができる。
しかし、一部隊と半国を治めるというのでは、今のままでは人員が足りない。
王都での争いに巻き込まれて領主を失った土地を併合して、バエンの直轄地とし、その領土の中心に新たなる城、アニナシャフト城を建てた。
戦争の城と言うよりも、政務を取る城という趣があるアニナシャフトの城は優美である。
白を基調とした城は、白鳥が大きく翼を広げたように優雅であり、小高い丘を作り上げてその上に収まる城はアニアト一の穀倉地帯カルザス平野を一望でき、また遠くからでも人目につく。
ただ、優美で荘厳で、それでいて小さく無駄なくまとめられている城は、ほとんどがスカスカだ。
人もいなければ、物もない。
レヴェルが優秀だと目をつけ、人を集めて来てくれるなら、アリスとしては願ったりかなったりだ。
「まさかとは思うが」
銀縁のメガネをくいと指で押し上げながら、リーヴェはレヴェルを睨む。
「その娘がかわいいから、部下にしたというわけではあるまいな?」
「まさか、レイラの容姿は関係ありませんよ。私が認めたのは、彼女の忍耐力、そして、状況に屈指しない精神性です」
自分よりも小柄なレイラの頭を撫でながら、レヴェルは険の強い目で見てくるリーヴェに笑顔で答える。
「いい、じゃない。リーヴェ。レヴィーは、そんな考え、は、持たない、わよ」
「は、はぁ」
リーヴェとしては思うところが無いわけではないが、主であるアリスにたしなめられれば、それ以上攻めるわけには行かない。
「そう言えば、アリス様。会わせたいお方が」
「うん?誰、かしら?」
不承不承頷いたリーヴェを笑顔でなだめながら、レヴェルはアリスに向って笑みを受ける。
レヴェルの態度に首をひねったアリスだったが、鼻腔をくすぐるミートパイの臭いに、思わず席から立ち上がる。
「マリーねッ!?」
「さすがですね。アリス様。臭いだけでわかるとは」
アリスが立ち上がると同時にドアが開き、配膳車を押して入って来たマリーが入って来る。
「姫様。お久しぶりにございます」
「マリーも元気そうで何よりだわ。またマリーのミートパイが食べられるなんて。
お姉様方に恨まれてしまうわね」
配膳者の傍らで、静かにそれでいて儀礼に乗っ取った瀟洒な礼をして見せたマリーの手を取り、アリスは満面の笑みで感情を爆発させたように喜びをあらわにする。
子煩悩で、子供達に甘々なサラディーナに代わって、その娘達を厳しく教育したのは、マリーである。
王宮の奥向きの仕事を任されていたマリーは、自由奔放で個性的な四姉妹の教育係を買って出て、礼法から一般的な常識まで教え込んだ。
本来の教育係もいたのだが、手に余る姉妹達の相手をするに手を焼き、とても教育するなどと言うレベルではなかった。
その内、見かねたマリーが、教育係の役割をこなすようになり、厳しいながらも温かみのあるマリーの教育は四姉妹から絶大な信頼を得るに至った。
何より、四姉妹の心を掴んだのは、マリーの料理だ。
ほめる事や、祝い事があれば、マリーが自ら料理を振舞ってくれ、四姉妹はその料理のとりことなり、教育係に最も反抗的であったイクスラすら手なづけて見せた。
四姉妹の母の味と言えば、本来の母を差し置いて、マリーの料理をさすほどである。
もちろん、サラディーナも料理を作る事はあったが、化学合成や錬金術とは違い、料理は不得手で、我慢強いサラスですら、一口で拒否を告げるほどであったため、そのひどさが分かる。
だから、マリーが引退すると言う時には、姉妹全員が悲しみ、盛大に送り出した。
もうマリーの料理は食べられないと考えていただけに、マリーの姿を見たアリスは狂喜乱舞したのだ。
「マシューズさんには、これからも我々と共に行動し、新人を鍛えてもらいながら、城の奥の事を受け持ってもらいますので」
「うんうん。素晴らしいわ。レヴィー。貴方のおかげね」
普段のゆったりした口調を取る事も無く、素の口調で話す喜色満面のアリスに、レヴェルは頭を下げる。
マリーを復帰させれば、アリスを喜ばせる事ができる事は、当然、分かっていた。
他の姉妹の妨害に合う可能性もなくはなかったが、根回しのおかげかうまくしのげ、今日と言う日を迎えられた。
アリスの満足そうな笑顔が見られれば、部下としてもいい仕事が出来たと胸をはれる。
そのおかげで次女のクスハに目をつけられる事になりはしたが、特に問題はないだろうとレヴェルは考えている。
部下が自分の主人を喜ばせるために努力するのは、当然の事である。
「さぁさぁ、姫様。お席にお着きください」
「そうね。久しぶりだわ。わくわくするわね」
ニコニコと笑うマリーとアリスの姿を見て、満足げな笑みを浮かべるとレヴェルは、レイラとリーヴェを促して部屋を後にした。




