072 調査派遣
「いやぁ、まさか、俺が借り出されるとはねぇ」
焼け野原となった元アニアト王都に降り立ったレヴェルは、焦げ茶色の髪をかきながら笑う。
アリスの姉であるクスハの推薦でアニアト王都の調査をバエン本国から命じられたレヴェルは、バエンの王都から出て、廃墟と化したアニアト王都に来ている。
アリス軍団の一員であるため、命令としてはアリスからの指令書として出ているが、裏を知っているレヴェルからすれば、本当は誰が糸を引いているか知っているため面倒臭く感じる。
本国へと戻ったキエナから部下を通じて情報を収集していたクスハは、元々アリス軍団の裏方として活躍していたレヴェルに注目しており、その実力に興味を持っていた。
そのため、かつての学びの宮であったアニアトで何が行われたのかを調査解明する役割を任せ、レヴェルがどういう報告をもたらすかを試しているのだ。
そのレヴェルが足を踏み入れたアニアトの王都は、もはや、廃墟である。
よほどの高温で焼かれたのか、石造りの家々は焼き尽くされ風が吹くだけでボロボロと崩れている。
王都を取り囲んでいた城壁は、外から見れば古代彫刻が掘り込まれたきれいで荘厳な外観を残しているが、裏側は黒く焼け焦げ、煤がこびりついている。
元々踏み固められたであろう土壌は、高温で熱せられ、一部はガラス状になって日の光をキラリと反射している。
「この惨状は、やはり魔法だな。しかもかなり高位の魔法だ」
トレードマークだった黒い長髪を切り、首の後ろでまとめている痩せた男、大地の精霊王と契約しているアルフレッドは周囲を見回しているレヴェルに教える。
「そうだろうなぁ。かなりの高温を発してる事を考えれば、高位な魔術師か。それとも、上位の精霊と契約を結んだか。だろうな」
アルフレッドの見解に、レヴェルも同意する。
「しかし、一人として生き残りがいないとは。ひどい話ですな」
口元に蓄えた立派なカイゼル髭を人差し指と親指で撫で付けながら、ふとましい体型の男が会話に入って来る。
「エンドワルツ様。調査は我々に任せ、あなたはアリス様の下で政務を取られては如何か?」
身なりが良く明らかに身分が違うであろう中年の小ぶり取りの男に向って、レヴェルは苦笑交じりに声をかける。
「いえいえ。私の事は、エルズとお呼びください。レヴェル殿。
元伯爵とは言え、今は身分もありませんし、同じアリス様に御仕える身。
そこに区別はございませんよ」
サラスの提案によって、キエナから交代し、新たにアリスのお目付けとしてやって来た元バエンの貴族エルズ・エンドワルツは、髭をいじりながら答える。
アニアト西側を取り仕切る事になったアリスへの援護として、サラスの発案で、単なる側付きであったキエナと交代で、政務に詳しく、法律にも明るいエルズが新たに配置される事となった。
少し丸みを帯びた腹と愛嬌のある顔立ちに、立派なカイゼル髭とちぐはぐな印象を受け、どこか滑稽に見えるいでたちに見えるエルズだが、その外見に似合わず、頭の切れる。
アリスからすれば、祖父。現王サラディーナからすれば父である元レオン王が王権政を徹底するために貴族制を廃止した際、真っ先に貴族籍を返上し、他の貴族をけん制したのが彼なのだ。
その後、王対旧貴族との戦争の際にもその頭脳を駆使して王側の勝利に貢献し、安定的な立場を手に入れている。
今は後任の者達に籍を譲り、今は政治顧問として悠々自適な生活を送っている。
よそ者ばかりで構成されている上に、政治的な能力や上層部との繋がりを持ち合わせない武闘派集団であるアリスの軍団には、必要な人材でもある。
「それで、レヴェル殿の見解はどうですかな?」
「そうですね」
エルズの言葉に、レヴェルは王都の中央を指差す。
アリスの部下の間をあいさつ回りとして回っているエルズは、顔を合わせをしながらこちらの能力を観察しようとしている。
少なからず、お互いの能力を把握して、円滑な部隊運用をするためには必要な事ではある。
しかし、まるで面接のように感じるそれは、あまり居心地のいいものではない。
「おそらくは、地下から上がった炎が、風に煽られて吹き上がって街の城壁のせいで炉のようになったんでしょう。
それが、この高温になり、生きている者を焼き尽くしたのだろうと思いますよ」
そのため、レヴェルとしてもすれすれの合格点狙いで、それなりにエルズに認められる答えを出す必要がある。
シルフィールの報告によれば、アニアトの王都の地下には無数の地下道が張り巡らされており、その地下を利用して街の地下で炎を起こさせたようだ。
そして、地下で起こった炎の固まりは出口を求めて、地下道の中に暴れ狂い、地上に吹き上がった。
その炎をさらに煽ったのが、四方にある城門から流し込まれた暴風で、一定の方向性を持たせて流し込まれた風は、地下から吹き上がった炎を竜巻上に立ち上がらせ、製鉄の炉のように高温になり、街の人々を焼いた。
「なるほど。だから、壁の下の方が煤が多く付いていると言うわけですか」
「おそらくは」
城壁にこびりつく黒い煤の色が、下から上部に向って薄くなっている事に気付いていただろうエルズの言葉に、レヴェルも頷いて返す。
答えとしては、エルズに認められる程度の得点は上げられたようだ。
正解を知っているかと言って、別に馬鹿正直に答えて、高い評価を得る必要はない。
「しかし、レヴェルよ。これはとてもじゃないが、一人じゃできることじゃないぞ」
「そうでしょうねぇ。だから、おそらく、複数の魔法使いがいたのか。それとも、高位の精霊と複数契約しているのか」
魔法使いであるため、王都全体を焼き尽くすと言う魔法の使い方に驚愕している様子のアルフレッドの言葉に、レヴェルは考えを巡らせているかのように言葉を濁す。
ティアや、風の精霊達を従えるシルフィールの報告を総合すれば、誰がやったかは容易に分かる。
火をつけたのは、コストア王国の魔族ヴィアラ。
ただ、それを利用したのは、セルシス。
魔道具を得たセルシスは、高位の精霊と同化し、炎の海の中を乗り切った。
アニアトの貴族達からなる神秘会のメンバーをバクスターに殺させた後、地下に蓄えられていた魔道具や美術品などを運び出させたヴィアラは、そこでバクスター達を皆殺しにし、火をつけた。
大量に流し込まれた“燃える砂”と呼ばれる魔道具を利用した計画は、地下から大量の炎を生み出した。
しかし、その炎をさらに燃え上がらせ、方向性を持たせて王都を灰塵と化させたのは、魔道具を操って魔人と化していたセルシスだ。
自分が死んだ事にするためにセルシスは、ヴィアラの計画を利用し、何もかも焼き尽くす事で自分の身を隠す事に成功したのだ。
「コストア側が発表したとおり、セルシスという男の暴走だと?」
「そうだとしても一人では無理ですよ。コストア側の発表を鵜呑みには出来ません」
楽しそうに尋ねて来るエルズの言葉に、レヴェルは首を振って答える。
ある意味、セルシスとコストア側の共犯だが、普通に考えれば、そんな考えは出てこない。
だから、レヴェルとしては、コストア側の反抗を臭わせながら、話をまとめようとする。
コストア側の発表では、
アニアトの王都が業火に包まれ焼け落ちた後、コストア側はセルシスという元宰相だった男が、それを恨み、魔道具を手に入れてアニアト側の貴族と共に、反乱を起こそうとした。
それを討伐するために派遣されたバクスター達がセルシスを追い詰めるも、アニアトの貴族達から渡された魔道具の暴走により、王都が焼け落ちると言う残念な結果となった。
と、コストア側は生き残りの証言を用いたと言う結果報告と、セルシスの暴走を止められなかった謝罪の言葉を届けて来た。
レヴェルとしては真相を知っているため、吹き出しそうになるが、そういう答えの方が、一応の納得は得られるだろう。
「少なくとも、城門から風を送るだけでも四人の術者がいる。
地下道がどうなっているか分からないが、おそらくそれ以上の術者がいる事になるな」
「つまり?」
「コストアの力は侮れないという事だな」
コストアの発表が正しいならそうなる。
エルズにレヴェルが答える代わりに、コストアの発表を下地にした答えをアルフレッドが出す。
「レヴェルさん」
「どうだった?」
アルフレッドの答えにレヴェルが頷いていると、地下道から顔を出した赤い髪の少女が声をかけて来る。
「とてつもなく広い地下道です。ところどころ石壁で区切られていますが、おそらくこの街全体に広がっているかと」
「そうか。ありがとう。レイラ。切り上げよう」
地下道の中から首から上だけを出した少女、レイラの言葉を聞くと、レヴェルは笑みを浮かべて、その労をねぎらう。
自分の体を取り戻した後、レヴェルの元で事務官の仕事に付く事になったレイラは、メラーノから共に来た元暗殺者と共に学んでいる。
今までそんな仕事をした事がなく、戸惑うレイラ達を自分の仕事をしながら教え鍛え上げながらレヴェルは、懇切丁寧に面倒を見てきた。
レヴェルとしては、まったくそんなつもりはなかったのだが、今まで虐げられ、怒りを煽られるだけだったレイラ達は、面倒見が良く、甲斐甲斐しく手取り足取り仕事のノウハウを教えてくれるレヴェルに懐いている。
今回も本来は連れて来るつもりは無く、レイラ達には事務仕事をしてもらうつもりだったのだが、探索仕事なら十分に役立てると考えたレイラの発言に押され、地下道の探索を任せたのだ。
「よし。アルフレッド。ある程度目処が付いたら切り上げよう」
穴の中から出るレイラに手を貸して引き上げると、レヴェルは地下道を覗き込んだ後、周りの魔力を測っているアルフレッドに声をかけ、早々に引き上げる事に決める。
レヴェルとしては、クスハの評価もエルズの評価も関係ない。
アリスに任された仕事が優先である。
ここにいてもこれ以上の判断ができない以上、灰塵と化したアニアト王都に用はない。
そう決めたレヴェルは、それなりに調べた後、過去の栄光がすべて失われたアニアトの王都を後にした。




