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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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037 アリスの部隊


「アリス様。何をお読みになっていらっしゃるのですか?」


 携帯用の固めたパンを片手に、冊子になっている書類に目を通しているアリスの姿を見て、紅茶を持ってきたキエナは思わず尋ねる。


 アリスの側に仕えるようになって六年になるが、彼女が自主的に種類に目を通す姿を始めて見た。


 従者としては、用もないのに主人に対して口を開くのは問題があるが、思わず、質問が口をついて出てきてしまうほどにキエナは驚いてしまったのだ。


「リーヴェが、用意して、くれたからね」


 本来なら、スープや何か液体に浸しながら食べる携帯用の硬パンを、物ともせずに普通にかじっているアリスは、キエナの言葉に答えると、読んでいた物をいったん脇に置く。


「見て、みる?」


「よろしいのですか?」


「あら。もちろんよ。そして、そのまま読んで、聞かせて」


「・・・アリス様」


 手間から解放されたとばかりに笑みを浮かべるアリスに、キエナは心の内でため息を付く。


 いつもと同じ黒い軍服を身に着けたアリスは、キエナの入れた紅茶を手に取り、悠然としている。


 自分で読むつもりはもはやまったくなく、アリスはキエナが音読してくれるのをまっている。


 いつもと違い、メイド服から部隊用の軍服に着替えているキエナは、しかたなく小冊子を手に取る。


 アリスやキエナは、と言うよりも、バエンの軍属は、他国のように金属鎧を着たりしない。


 サラディーナが開発した、魔力を帯びた繊維を織り込む事で、防御力が強化された戦闘服が部隊に支給されているため、金属製の重たい鎧を着る事がない。


 見た目的にはまったく普通の服と変わらないため、その効果を危ぶむ者も多かったが、普通の武器による攻撃はもとより、ある程度の魔法攻撃も防ぐ服は、あっと言う間にバエンの正式装備となり、他国とは一線を駕す装備となった。


 他国のように重い装備をつける必要がないバエン軍は、その行軍スピードも速くなり、さらに鍛え上げられた精鋭の動きは疲労度の減少と共に連携を高め、グラゾフ戦での戦闘を格段に有利に進める結果をもたらした。


 もっとも、キエナはその恩恵を自分で感じた事はない。


 戦場では、後方と前線の連絡係を務めていたため、武器を振るう機会も振るわれる機会もなかった。


 アリスにいたっては、幾十の戦闘でも、まったく手傷を負うことどころか、矢も槍の刃先もアリスに触れる事がないため、その効果を知る事もない。


「クスハ様は、シルヴィア様と協力して、グラゾフの部隊で反乱軍と戦い、アリス様は国境を行き越し、国境沿いを襲う反乱軍を叩く」


「本戦に、参加できない。それは、残念ね」


 紅茶に口付けた後、がりがりと硬パンを、まるで柔らかいクッキーを食べるかのような勢いで食べるアリスの言葉に、キエナは困った表情を浮かべる。

 

「でも、補給路が、閉ざされてしまうと、お姉様が、帰れないわね」


「そ、そうですよ。大事なお役目ですよ」


 グラゾフとバエンを結ぶ中継点にある商業都市ターエンは、古くから両国を結ぶ都市として栄えて来た。


 当然、バエン王国にある都市のため、バエン国民が多いが、グラゾフ王国からの流民も多く、グラゾフからの難民の受け皿にもなっている。


 元々グラゾフを受け入れる態勢があり、親交があるとすれば、そこに潜り込む事も容易となる。


 そこでグラゾフの民の一斉蜂起があれば、ターエンは反乱軍の手に落ち、両国を結ぶ大きな中継点が失われる事になる。


 ここターエンが落とされれば、大きな転換点とならなくても、周辺に動揺を広げる事は間違いない。

 

 レヴェルとリーヴェの打ち合わせでは、とりあえず、ターエンの街を通り過ぎたように見せ、サウスマギア、ホルストが兵を率いて街の中に潜伏。


 アリスはエマとカロッサを率いて、兵が減った事を気付かせないように街から出て行き、騒動が起きれば取って返す。


 そういう作戦になっている。


「うふふ。楽しみね」


 キエナから読み上げられた話を聞くと、アリスは可愛らしい笑みを浮かべる。


 年相応より、幼く、可愛らしく見えるアリスの笑顔だが

、キエナはこの笑顔が苦手だ。


 見た目は可愛らしく愛らしい人形のように見えるアリスだが、その外見とは裏腹に、暗い闇の中にいるような恐怖を感じさせ、呼吸する事すらままならない圧迫感を与えてくる時がある。


 その可愛らしい笑みからは、同時に、凶暴な猛獣が放つ威圧感をキエナは感じるのだ。  


 だから、キエナには、新しくアリスの部下になった者達が、アリスに普通に接している事が理解できない。


 キエナはサラディーナからの命令でここにいるが、それがなく、転属願が出せるのであれば、他の部隊に移りたいと考えている。


 しかし、新たに来た者達は、まったくアリスに畏怖される気配もなく、普通に部下としてアリスの指示で嬉々として動いている。


 まして、キエナが一人、アリスに仕えている時など意見する事もはばかれたが、リーヴェ、レヴェルを筆頭に、新しく来た者達は、アリスに堂々と意見をするし、間違いを指摘されれば、アリスもそれを受け入れる。


 キエナも全員がいる時には意見が言えるが、一人の時にはどうしても気後れしてしまう。


 アリス様の恐ろしさを知らないせいかも知れない。


 と、キエナも考えた事があった。


 バエン王国の者で、アリスを恐れない者はいない。


 数万の軍勢に別け入って、相手の大将の首を取って来るという人外の戦闘力を考えれば、恐れないわけがない。


 女王サラディーナは、娘可愛さで護らなければならないと考えているようだが、周りからすれば、何に対して護る必要があるのかわからない存在だ。


 アリスは単独行動を好むし、動くのに他人に許可を求めるタイプでもない。


 だから、その自由な行動を恐れられるし、行動に付いていけずに困り果て、結局、アリスに仕えるバエンの者が、何とか付いていけるキエナしかいなくなる。

 

 だが、プレタダから来たサウスマギアは、アリスに平気で勝負を挑むし、ホルストもリーヴェもアリスに小言を言うし、エマも兵の指揮に関しては便宜を図るように要望を上げてくる。


 レヴェルにいたっては、まるで父か兄かのように頼りにされ、それに苦笑いを浮かべながらも答えている。

 

 今までは、アリスは触れず騒がずで対応してきたバエン王国の者からすれば、他国の者達とのアリスに対する温度差で戸惑ってしまう。


「エマーリアは優秀だな。すばらしい統率力だ」


「そうでしょう。私の部下は優秀なのよ」


「いや、今はアリス様の部下であって、お前の部下ではないぞ?」


「そうだったわ。元部下ね」


 アリスとの距離感にキエナが悩んでいると、リーヴェとサウスマギアの二人が入って来る。


「アリス様。いつでも暴れられますよ。準備は万端です」


「エマーリアのおかげで、兵との意思の疎通も完璧です。足を引っ張られる事もないでしょう」


 鎧がないと不安なのか、バエンの軍装の上に、籠手や足甲を付け、胸当てをつけているサウスマギアの言葉に続けるように、報告書を手にしたリーヴェも頷く。


「そう。それは、よかったわ。二人供、頼りにしてるわ」


 胸を張るサウスマギアと、頭を下げるリーヴェに頷いて見せると、アリスは笑みを見せる。


 そんな主従の関係を見て、一人蚊帳の外にいるキエナはあまり感情の動かない顔の下で、複雑な表情を浮かべた。


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