036 魔法使い
「アルフレッド殿。頑張らないと手に入りませんよ」
「分かってるわ。だまっとれ」
地を這うほどに長い黒髪が印象的な妙齢な女性、大地の精霊王ティーエラに向かい合っている、黒い長髪をした痩身長躯の男、アルフレッドに、レヴェルはその背中越しにあおる。
アルフレッドと呼ばれた男は、そのあおりに答えるかのように右手に雷を生み出し、地の壁を作って防ぐ精霊王にぶつける。
「彼、大丈夫なの?」
「腕は良さそうだよ」
勝手に屋外に設置されているテーブルとイスを拝借してお茶をしながら、レヴェルとティアは話し合う。
「ティアから見てどうだい?アルフレッド殿は?」
「悪くはないと思うわ。魔力の波長はティーエラとは相性が良さそうだし」
「見込みどおりで、ありがたいね」
緑色のドレスに身を包み、優雅に土の障壁を張り続ける精霊王ティーエラに向って、魔法攻撃を繰り返しているアルフレッド。
それをを見て、そう評価するティアに、アルフレッドの実力に納得している様子のレヴェルは、満足そうに頷く。
「ティーエラの防御相手に、魔法攻撃して通じると思っているのかしら?」
「わからないよ。一念、岩をも通す。場合もある」
炎、水、土、風、さらに複合的な雷、氷などの魔法を中級以上の精霊の力を借りてティーエラを攻撃し続けているアルフレッドの背中を見ながら、レヴェルはその多彩さに噂以上の実力を見る。
「教えてくれたシルフィールには、感謝だな」
「そうでしょう?私、お役に立ちますのよ」
「シルフィール。貴方。自由ね」
「私。誰とも契約していませんから」
レヴェルの言葉に応じるようにして姿を現したシルフィールを、ティアが苦笑しながら迎える。
そんなティアにほほを膨らませて見せると、シルフィールは勝手にイスを引き寄せ、レヴェルとティアの間に腰を下ろす。
「それで、ティーエラさんは何をされているのです?」
「ああ。ティーエラの張る障壁をアルフレッド殿が突き破れば、アルフレッド殿とティーエラがめでたく契約となる運びなんだよ」
「相変わらず、ティーエラさんらしい優しい条件ですのね」
シルフィールの質問に簡潔に答えると、レヴェルは相手の返しに思わず笑ってしまう。
精霊王の張る障壁を破るなど、並大抵の魔法使いではできる事ではない。
それを簡単と評してしまう、シルフィールに思わず笑ってしまったのだ。
確かに、気難しいシルフィールは己が気に入らないと条件も出さない。
それを考えれば、誰にでも公平に条件を出してくれるティーエラは優しいのかも知れない。
「しかし、噂に違わない実力者だな。アルフレッド殿は」
会話を弾ませている二人を横目に見ながら、ティーエラとアルフレッドの戦いをレヴェルは見守る。
バエン王国の中央にある深い森の中で、そこで生活をしている者達でも近づかない奥の奥の森を切り開き、アルフレッドは古代王国の魔道書を研究していた。
古代の深遠に触れ、精霊の王達と交信すると言う目標を掲げていたアルフレッドは、初めは尋ねて来たレヴェルと会う事を拒否して閉じ篭っていた。
しかし、レヴェルから精霊王達を紹介してもらえると言う話を聞き、態度を軟化。
レヴェルの部屋の中のように本が山積みになっている小屋の中で顔を会わせた二人は、お互いの知識を交換し合い、意気投合。
そこで、大地の精霊王に特に興味を持っていると言うアルフレッドに、レヴェルがティアを介してティーエラを紹介する流れになった。
自分の研究だけで中級の精霊達と交信できるようになった実力者だけあって、ティーエラに契約の前提条件になっている試験をしてもらえる事になり、アルフレッドが挑む事になった。
「さぁて、うまく行きますかね」
自分よりは二十年が離れ、青年と言うよりは中年の域に達しかかっているアルフレッドの背中を見ながら、レヴェルは考える。
黒髪を伸ばし放題、髭も伸ばし放題のアルフレッドは、食べる物もそこそこに生活していたせいで、体はひどく痩せている。
風が吹けば飛んで行きそうな、まさに隠者らしい外見をしているが、髪の隙間から見える目はギラギラと眼光鋭く輝いている。
貪欲な知識欲があふれ出しているような男は、期待が持てる。
人に必要なのは、向学心と向上心だ。
アルフレッドは、それが見た目で分かるほど溢れているし、口は悪いが、性格も人格破綻者というほどひどいものでもない。
おそらく、アリスも気に入るだろう。
「でも、あの方、魔法の扱いは素晴らしいですね」
「魔力の量もなかなかよね。それに、一念もすごそうだわ」
「ほう?」
レヴェルの用意した紅茶を手に取りながらのシルフィールの言葉に、ティアも同意する。
そのティアの言葉尻に、レヴェルが反応する。
「いくつも魔法を使いながら、細かいコントロールをするのはすごいってことよ」
「なるほど」
ティアの説明に、レヴェルが頷いた瞬間、ティーエラの目の前の空間が爆発した。
「いくつもの魔法を使って、ティーエラの目を引いて、その死角から別の魔法を使って障壁に穴を開ける。
なかなかのアイディアね」
「うまくやれたみたいで何よりだ」
「でも、体力も魔力も尽きたみたいですわよ」
ある程度力加減はされていたとは言え、精霊王ティーエラの張った障壁の隙を突き、見事に試験をクリアしたアルフレッドだったが、力尽きたのか、物も言わずに地面の上に倒れ伏す。
「大丈夫ですか?アルフレッド殿?」
内容は心配しているが、どちらかと言うと心配している感情より面白がっている感情が先立っている口調で、レヴェルは地面に倒れているアルフレッドに話しかける。
「や、やってやったぞ。み、みたか、レヴェル」
「ええ。見ましたとも。大したものですよ。アルフレッド殿」
地面にうつ伏せに倒れたまま、顔だけを隣に座るレヴェルに向けて、らんらんと輝く目を向け、アルフレッドは拳を握ってみせる。
「無事にティーエラとの契約ができますよ。約束どおり、私にも協力してもらいたいですね」
穏やかな微笑みを浮かべながら無言で頷くティーエラに頷き返し、試験は合格した事を伝えたレヴェルは、倒れたままのアルフレッドに、最初の取り決めどおりに協力してもらいたい旨を告げる。
「わ、わかってるわい。だが、そ、その前に」
「その前に?」
精も根も尽き果てた様子のアルフレッドが何を言いたいのかわからなかったレヴェルは、首を傾げるが、顔を近づけて次の言葉を促す。
「は、腹がぁ、減ったぁ」
「面白い方ですわね」
そこで全精力を使い果たしたのか、意識を失い、白目をむいて地面に倒れ伏したアルフレッドを見て、近づいて来ていたシルフィールが笑う。
「これはまた、面倒のみがいがある相手ね」
「まぁ、真面目な子が多いアリス様の部下には、いいアクセントになるだろうさ」
同じく近づいて来ていたティアの言葉に、レヴェルは笑って見せる。
「ティーエラも、これからもよろしく頼む」
ティアが魔法でアルフレッドを浮かせて小屋の中に投げ入れるのを見ながら、レヴェルはいつも通りニコニコしているティーエラに握手を求める。
「ご協力させて頂きますね」
そのレヴェルの手を両手でとると、ティーエラは穏やかに頷いて見せた。




