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翌日、朝。
春明が校門前にくると、ちょうど汐織と出くわした。
二人は一瞬視線を交わした後、お互いにぷいっとそっぽを向いた。
二人は、意識して距離を離しつつ、玄関まで行く。
うち履きに履き替えて、教室へ向かう。
しかし、教室がいっしょなだけに、また顔を合わす。
そしてまた顔を反らす。また距離を取る。
二人はそんなことを繰り返して、教室へ向かっていった。
昼休みの教室、汐織と和は机を合わせて昼食を取っていた。
春明は昼休みが始まってすぐ、教室を出て行った。
檸檬もいつものように、ふらふらとどこかへと向かった。
和は購買で買ってきたパンを食べつつ、汐織に話しかける。
「まだ春明くんと喧嘩中?」
和は苦笑いしつつ言った。
汐織は箸を動かしつつ和に答える。
「だから喧嘩じゃないって言ってるのに」
「だっていつもなら、二人して校庭隅のベンチに行って何かしてるもん」
汐織は面倒くさそうに答える。
「だから、あいつが私の考えた練習をやろうとしないから…」
和が体を乗り出して汐織のたずねる。
「春明くんが拒否した練習ってどんなのだったの?」
汐織は箸を置いてから話を始める。
「そうね、和にだったら話してもいいかもね…」
「うん、人に話すときっとスッキリするよ」
「まず、台詞に感情を込めるために大げさな身振りをするように言ったの。いつも感情を込めないで棒読みしていたから。表情もいつものぺぇってしたから、もっと表情筋を使うように、とも言ったわ」
和は黙って頷きながら聞いている。
「そういう練習もきっと恋人づくりに役立つだろうと思って言ったんだけど…」
檸檬は思い出してつけ加える。
「あと冗談半分で、演劇部に入ればって言ったわね」
和は珍しく真面目な表情で、和の話を聞いていた。
「うんうん、なるほど…」
和は腕を組んで、少しの間考え込んでから口を開いた。
「やっぱり汐織ちゃんにも悪いところがあったかもねぇ」
「そうかしら」
「春明くんが、嫌だな、って思う言葉があったのかもね」
「そ、そんなことないと思うけど」
汐織は少しだけ、言い過ぎたかもしれない、と思い始めた。
「それに部活に無理やり入れさせよとするのは流石にやり過ぎだとおもうなぁ」
「だからあれは半分冗談というか、意気込みというか…」
「春明くんは本気だと受け取ったのかもねぇ」
汐織は段々と自分に自信が無くってきた。
「そう…なのかもしれないわね」
和はじっと汐織の目を見ながら言う。
「汐織ちゃんの熱意はわかるよ。でももう少し春明くんの気持ちを考えてあげてもいいんじゃないかな?」
和の言葉を聞いて汐織はだまりこむ。
「だからね、仲直りしよ?和もまた皆で遊びたいし」
汐織は
「そりゃあ私だって、皆仲がいい方がいいけど…」
「じゃあ今度、春明くんに謝ろっか」
「私から謝るの?」
「順番なんて気にしないでさ」
「いやよ。私から先に謝ったら、今後の主導権があいつに回るじゃない」
汐織は意地になってしまっている。
和は困ってしまって、苦笑いしつつ汐織をなだめた。
同じく昼休み、春明はいつものベンチに横になっていた。
いつものように、うとうとしながら青空を見つめている。
――やっぱり汐織は来ないか。
春明はそう呟くと体を横に向ける。
すると、春明の視界に人影が写る。
春明は、それに気が付くとバッと体を起こす。
「汐…」
言いかけて春明は口を噤んだ。
「…春明くん、寝てた?」
檸檬が春明をのぞき込んで言った。
春明は慌てて体を正して、寝ぐせを直す。
「あ、堂島さんだったんだ。ごめんごめん寝てないよ」
「…座っても、いいかな」
「も、もちろんだよ」
そう言うと春明は席を詰めた。
檸檬はベンチに座ると、春明の方を向いて話し始めた。
「…今日は、汐織さんと一緒じゃないんだ」
春明はぎくりとして、檸檬の顔を見ずに答える。
「そ、そうだね、あいつも何かと忙しいみたいだし」
檸檬はそれ以上聞かずに、黙って景色を眺めている。
少しの間のあと、檸檬が口を開いた。
「春明くん、汐織さんと…うまくいってないの…?」
檸檬の直球な質問に、春明はたじろぐ。
「……えぇと」
「正直に…言って欲しい。私にできることなら協力する」
春明は少し腕を組んで考えたあと答えた。
「そうだね、喧嘩してる…のかな」
「やっぱり…。私も和も、二人に早く仲直りして欲しいと思ってる」
「そりゃあ俺だって…このままは嫌だけど…」
春明は口ごもる。
檸檬が体を乗り出してたずねる。
「原因はなんだったの?」
「それは…あいつが、俺の感情を無視して…」
「もっと具体的に、全部言った方が楽になると思う…」
春明は少し考えてから頷く。
「あいつの指示が段々とエスカレートしていって、それに俺の表情筋がどうだの目が死んでるだの言って、それが頭にきて…」
檸檬は黙って、春明の次の言葉を待っている。
「それに、極めつけに演劇部に入れだのって…」
檸檬は少しの間、考えてから答える。
「…確かにそれは汐織さんが、やり過ぎたかもしれない」
「でしょ?だから俺から謝っても、あいつが方針を変えなきゃ意味がない。だからと言って、俺が正直に話しても聞くとは思えない。だからどうしたらいいか…」
春明は一通り話し終えて、一息つく。
「…春明くん、話してくれてありがとう」
春明は頭をぽりぽりと掻きながら言う。
「人に話したらなんか楽になったよ。それに感情の整理もできたみたいだ」
「私に出来ることがあったら言って欲しい。協力するから」
「それに」と檸檬が続けて、
「また四人で遊びたいから…」と少し暗い調子で言った。
春明は檸檬の気持ちを察して、
「そうだね、このままじゃいけないよね」と俯きながら言った。
二人の間に沈黙がおとずれる。
しばらくしてから檸檬が沈黙を破って口を開く。
「…私から汐織さんに伝えようか…?」
春明は慌てて首を左右に振る。
「いや、そんなことしたらきっと汐織は、逆上するというか意固地になるというか。とにかく悪化すると思う…」
「…ごめんなさい」
「いや、気持ちは嬉しいよありがとう」
二人の間にまた沈黙がおとずれる。
ふと春明が空を見上げなら口を開く。
「どうしたもんかねぇ…」
檸檬も同じように青空を見上げた。




