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夕方、橙色に明々とした空に夕日が浮かぶ。暖かい日差しと、涼しい夕風が二人を撫でる。
ショッピングモールから少し離れれば、風景は一変する。
四方を田んぼに囲まれ、その間を舗装された農道と用水路が這うようにめぐっている。
道には、律儀にヘルメットを被って自転車に乗っている部活帰りの中学生や、とことことゆっくり走る軽トラがある。
二人は、てくてくと黙って並んで歩いていた。
檸檬の長い髪の毛が、草の香りのする風になびく。
春明は檸檬の横顔をちらちらと、うかがっている。
「あのさ」と春明が沈黙を破った。
「正直に言うと俺、堂島さんと話す前は、ずっと怖い不良だと思ってたんだ」
檸檬は、前を向いたまま黙って春明の話を聞いている。
「でもさ、実際に話してみたり和とのやり取りを見てさ、やさしい普通の人なんだねって…」
檸檬は相変わらず黙ったままでいる。
春明はその檸檬の様子を見て慌てる。
「ご、ごめん怒った?」
檸檬は、左右に首を振って暗い調子で言った。。
「…別に。勘違いされるのは…慣れてる」
檸檬はぼそぼそと呟く。
「…いつもの事、だから…」
春明には檸檬の表情が少し悲しそうに見えた。
「でも」と檸檬が続けて、
「…君は、私に自然に接してくれて…嬉しかった…」
檸檬は頬を赤らめて言った。
春明は、そんな檸檬の様子を見て、耳まで顔を赤くした。
春明は慌てて話題を変えた。
「堂島さんて、スポーツとか得意そうだけど、何かやってたの?」
春明の質問を聞くと檸檬の表情はまた暗くなった。
「…スポーツは苦手…」
「あ、ごめん…」と春明は頭を掻いて黙った。
再び、二人の間に静寂が訪れる。
二人は黙ったまま農道を歩く。檸檬は俯いて、春明は夕空を見上げながら。
二人の影は、暮れかかった夕陽に照らされて長く長く伸びていた。
春明と檸檬が、和のマンションに戻った時には、夕食の準備が既に終わっていて、和と汐織はリビングで茶菓子を片手にお茶をしていた。
リビングに入った和が二人に振り向く。
「もう準備は終わったんだよ。だからね、四人で何しようかって汐織ちゃんと話し合っていたんだよ」
和はにこにこと二人を見上げながら言った。
今度は汐織が答える。
「夕飯までの間にね、映画でも見ようかって話もあるの。どうかしら」
春明と檸檬はリビングに腰を下ろした。
「俺は、映画鑑賞でいいと思うよ」
和がキッチンから二人のお茶を持ってきてテーブルに置く。
「檸檬ちゃんは、映画でいいかな?」
檸檬は和の質問に、黙って頷いて同意する。
「よし、じゃあ映画に決定!お菓子とジュース持ってくるね」
和はぴょんと立ち上がって、キッチンにお菓子を取りに行く。
「映画はね、和ちゃんおすすめの古い洋画らしいわよ」と汐織が説明する。
「へぇ、なんか難しそうだね。俺、普段映画見ないからなぁ。途中で寝ないようにしないと」
「…和のチョイスは、間違いない…大丈夫」
三人がそんな話をしていると和が、キッチンからお菓子を抱えて戻ってくる。
「よし!じゃあ、電気を消して…さぁみんなで観よう」
和はカーテンを閉めて、電気を消した。
四人は暗い部屋の中で光っている、TV画面に集中した。
和が部屋の電気を点ける。外はもう暗く、空には月が見えていた。
春明が目一杯両腕を伸ばしながら、話し始める。
「いやぁ、感動したよ。普段映画をみないでも内容がわかったし」
和は揚々として答える。
「でしょお。この監督の作品の中でも一番のお気に入りなんだよ」
汐織が背筋を伸ばしてから話し始める。
「白黒なのがまたよかったわ。演出も全然古く感じなくて。やっぱり昔の作品には惹きつける何かがあるわね…」
ふと気になって春明は檸檬の方を見る。
檸檬は瞳を潤ませて、じっと虚空を見つめている。
「さて」と言って和は立ち上がる。
「それじゃあ、夕ご飯にしよっか」
「そうだね、俺もうお腹空いちゃって」
汐織がじっとりとした目線で春明を見ながら言う。
「でしょうね。映画の後半、あなたお腹がやかましかったからね」
「いやぁごめん。でもこればっかりは抑えようがなくて…」
と言う春明からまたぐぅと腹が鳴る音が聞こえた。
四人は声を上げて笑った。
テーブルの上に所狭しと食事が並んでいる。
サラダにスープ、副菜主菜が数種類、びっちりとテーブルを埋めている。
「すごい量だね、ごちそうだ」と春明が正直に言った。
「でしょ、汐織ちゃんと一緒に頑張ったんだから」
「それじゃ」と和が続ける。
「皆一緒に食べようね」
いただきます、と四人手を合わせて言った。
春明はマグカップに満ちている、野菜がたっぷり入ったスープを啜った。
「あ、この野菜スープ美味しい。俺の好みだ」
和が目を輝かせてそれに答える。
「それね、和の特製スープなんだよ。嬉しいなぁ」
「そっか、和って料理も得意なんだね、驚いたよ」
「えへへ、褒められちゃった」
和は頬を赤くして照れた。
春明は次に、鶏肉の炒め物に箸を伸ばす。
汐織が身を乗り出して、春明を凝視する。
春明は、一口、また一口とどんどん食べていく。
「これ、ご飯が進むね。味付けも好みだし、おいしいよ」
和がにやにやとしながら答える。
「それね、汐織ちゃんが作ったんだよ。ね?」
和が汐織を肘てちょいちょいとつつく。
汐織は頬を赤くして、つんけんと話す。
「ま、まぁ当然よね、料理の本読んできたんだからね」
「そっか、流石汐織だな。読書家だな」
汐織はすまし顔で食事を続けている。
春明と和は顔を見合わせて苦笑いする。
檸檬が別のおかずを食べて、口を押えて涙になる。
和が慌てて檸檬のそばに寄る。
「檸檬ちゃん、どうしたの?」
檸檬は涙目のまま、和に振り向く。
「か、辛いぃぃ…」
そういって檸檬はごほごほとむせた。
和は檸檬の取り皿にのっている食べかけのから揚げに気付く。
「あぁ、このから揚げは和特製のスパイシーから揚げなんだよ。ごめんね、先に言っておくべきだったね…」
檸檬は、汐織が持ってきた水を、ごくごくとかぶりつくように飲んで、一息つく。
舌を出して、ひーひーと喘ぐ檸檬は見た春明は、
「いやぁ、でもあんな堂島さん、初めて見たよ。貴重だね」
汐織もにやにやと頬を上げながら続いて話す。
「ホントにね、ちょっと可愛かったかも」
「和も、初めて見たかもぉ」
笑い合う三人を、見て檸檬は、
「…笑いごとじゃ…ないぞ」
と半笑いで、両手を上げ怒るジェスチャーをした。
再び部屋の中に笑い声が満ちた。




