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和の部屋に着いた春明は荷物を下ろすと、額の汗を拭って玄関に座り込んだ。
「ふぅ、汗かいちゃったよ」
同じく荷物を運んでいた、檸檬も薄らと汗をかいていた。
「…暑い」
和が部屋の奥から二人に声をかける。
「春明くん、檸檬ちゃん、あともうちょっとだよ。冷蔵庫まで運んでね」
「うへぇ、もうちょっと頑張るか」
檸檬は春明に頷く。
檸檬と春明は荷物を持ち上げて部屋の中に入っていった。
「あ、涼しい」と春明は前髪をなびかせながら言った。
「エアコンつけたんだよ。ほらほらこっち持ってきて」
和がキッチンから手を振っている。
キッチンに居る汐織は、既にエプロンを着けて腕まくりしている。
意気込んだ表情で、調理道具を並べている。
それを見て春明が意外だ、という顔になっている。
「汐織って料理するんだっけ」
汐織は準備をしながら春明に答える。
「失礼ね…人並みにはやるわよ。堂島さんは料理とかする?」
檸檬は荷物を冷蔵庫の前に置くと、汐織に向き直って答えた。
「…私は…できない」と少し落ち込んだように言った。
汐織は一瞬だけ、しまった、という表情になってから乾いた笑いで場を濁した。
和が食材を冷蔵庫に入れながら話し始める。
「ん~それじゃ、檸檬ちゃんと春明くんはゲームでもしててね」
と、和は、リビングのテレビを指しながら言った。
春明は、檸檬と顔を見合わせた。
春明と檸檬はテレビの前に座って、TVゲームのコントローラーを握っている。
キッチンからは和と汐織の楽しそうな話し声と、とんとんと調理している音が聞こえる。
春明は戸惑いながら檸檬に話しかける。
「俺、普段ゲームしないからなぁ。堂島さん、適当にソフト選んでいいよ」
檸檬は春明の言葉を聞くと、少し考えてから一本のソフトを選んでセットした。
「…これ、格闘ゲームかな?」
檸檬はTV画面を見たまま操作しつつ、春明の質問に答える。
「そう…、このゲームは今月発売したばかりのゲーム。巷でも傑作と言われている…」
饒舌になった檸檬に、春明が意外だという顔で聞いた。
「へぇ、堂島さんてゲーム好きだったりする?」
檸檬は相変わらずTV画面を見たまま答えた。
「…キャラ、選んで」
「あ、わかった」
春明は一番無難そうな主人公ぽいキャラクターを選ぶ。
檸檬は、いかにも玄人が使いそうな、老人のキャラクターを選んだ。
「それじゃ…始めよう」
檸檬は、キッと表情を鋭くする。
春明は、初めて見る檸檬の表情をまじまじと見詰めた。
「…もう、始まるよ」と檸檬は春明の視線に気づいて言った。
「あ、あぁ。ごめん」
「…手加減、しないから」と檸檬はにやりと笑った。
二人はTV画面に集中した。
「あ~、駄目だ。堂島さん強すぎるよ」
二人は何度も戦ったが、春明は一回も檸檬に勝つことはできなかった。
檸檬は、得意げにふふんと笑った。
「…仕方ない。君はまだ始めたばかりだから」
「堂島さんて、本当に格闘ゲームが好きなんだね」
檸檬は指を振りながら答える。
「違う…格闘ゲームだけじゃない。ゲーム自体が好き…」
「へぇ、やっぱり意外だよ。堂島さんって弟とかいる?」
「いる…ゲームが好きなのは弟の影響かもしれない。いつもゲームに付き合っているから…」
二人はコントローラーを置いて話し始める。
「そっかぁ、家も弟が二人いるんだけど、いつもゲームが欲しい欲しいって言って騒いでるんだよ」
「うちの弟も、新しいゲームが出ると欲しがって、泣き喚いて大変」
二人は、共通の話題を見つけて、互いに饒舌になる。
「二人ともまだ小学校低学年なんだけど、手間がかかってしょうがないよ」
「うちの弟もまだ小学生…いつも駆け回って手に負えない…」
「わかるよ、どこからあんなエネルギーが湧いてくるんだろうね」
二人は互いに苦笑いになった。
「俺んち、他に妹二人いてさ、まだまだ手がかかる年でさ」
「…それは大変、だと思う」
「どんなに手がかかっても、たまに憎らしくなっても、やっぱり可愛いもんだよね」
「…うん、喧嘩もするけど…やっぱり可愛い」
ふと台所から、和が背伸びをしながら、二人に話しかける。
和は頭に三角巾、エプロンをして、片手には菜箸を持っている。
「春明くん、檸檬ちゃん、ごめんね、夕飯の準備今のうちに終わらせて置きたくて…まだ時間かかりそうなんだよぉ」
和の横にいる汐織は、調理に集中している。
春明は和に振り向いて答える。
「あぁ、気にしないでいいよ、楽しみにしてるから」
檸檬も春明と同じ思いで、和に頷く。
「ほんとごめんねぇ、その分ごちそうにするからねぇ」
そういうと、和は汐織とぼそぼそと話しながら、手を忙しそうに動かし始めた。
春明と汐織はまた、TVに向き直る。
「このゲームも飽きてきたね…どうしよっか」
と春明はゲームの電源を落としながら言った。
「…他のゲーム、する?」と檸檬がゲームソフトの入ったかごを持ちながら言った。
「いや、ちょっと目が疲れたからゲームはいいかな…」
春明は目をぐりぐりと揉みながら答えた。
檸檬はゲームを片付けはじめた。
二人は手持無沙汰になって、あらぬ方向を見ながらそわそわとし始めた。
気まずい空気が二人の間に満ちた。
キッチンから聞こえる包丁の音が、やたら大きく聞こえる。
春明は、汐織に渡されたノートを思い出していた。
そのノートに書いてあった《ロマンチックなシチュエーション》。
――夕方の土手での散歩。
今がそのチャンスなのではないだろうか、春明は思った。
しばらくしてから春明が口を開いた。
「堂島さん、あのさ、ちょっと散歩でも行ってこない?」
檸檬は一瞬、驚いたような顔で春明を見つめた。
それから、こくこくと固い動きで頷きながら、
「…行く」と短く答えた。
春明はほっとして太く息を吐く。
それから、立ち上がってキッチンんに向かって叫ぶ。
「和、汐織、ちょっと堂島さんと散歩にいってくるけど、いいかな?」
和と汐織がキッチンからぐいと首を伸ばした。
「いいよぉ、まだ時間かかりそうだし、行ってきなよぉ」
和は、頬にクリームをつけながらにこにこと言った。
汐織は、ちらりと二人を見たあと、またすぐに調理に集中し始めた。
「それじゃ、その辺ぐるっと回ってくるだけだから。すぐに戻ってくると思う」
二人は靴を履いて、和の部屋を後にした。




